04-15 旅行5日目夜 その3
舞台の上で、ゴローと狐獣人のルナールは対峙していた。
「ふっふっふ……逃げるんじゃねえぞ……ひっく」
やはりルナールは、ほろ酔いどころかかなり酔っているな、とゴローは見て取った。
(だけど、相手は獣人。身体能力は人族より上。なめて掛かっちゃまずい)
そう自分を戒め、ルナールの出方を窺うゴロー。
そのルナールはというと、シャドーボクシングに似た動きをし、ゴローを挑発している。
だが、その動きは…………とても遅い。
(油断させようとしているのかな? それとも套路とかいうやつかな?)
套路とは中国拳法(武術)の練習法の1つである。
日本武術の『型』に近いが、やや実践寄りである。
……と、ゴローの『謎知識』が教えてくれている。
(でもなさそうな気もするなあ)
どうやらこれが素の動きらしい。
「おらおら、掛かってこいやあ! ……ひくっ」
(……酔っぱらいの相手をまともにしたくないなあ……)
そこでゴローは念のため『強化』を自分自身に掛けた。
これは最大で身体能力と身体強度を4倍まで引き上げる魔法だが、ゴローはまだ未熟なので2.5倍がせいぜいである。
それでも元々身体能力は人族より高いゴローには十分だった。
「でゅあぁっ!」
ルナールの右拳に対して、ゴローは一歩を踏み出した。
まるでスローモーションに見えるその拳を、右半身になってかわしつつ、右手を突き出し、掌底でルナールの顎を突き上げた。
「あふん」
仰け反ったルナールはそのまま後ろへ転倒、後頭部を舞台床にしたたかに打ち付ける……前に、
「よっと」
さらに踏み込んだゴローが受け止めてやったのだった。
「……で?」
ルナールを見れば掌底の一撃で完全に気を失っていた。
なのでそっと床に横たえると、
「ゴローの勝ちじゃ!」
と、リラータ姫の宣言が響く。
「おおー!」
「いいぞー、兄ちゃん!!」
姫様の宣言ということもあって、大きな歓声と拍手が贈られたのであった。
* * *
「……ふう」
精神的に疲れたゴローは、席に戻って溜息を一つ。
「ご苦労さま、ゴロー」
サナがコップを差し出す。中にはオレンジジュースが入っていた。
「お、ありがとう」
それを受け取って飲み干すゴロー。サナが冷やしてくれていたようで、とても喉越しがよかった。
「ゴロー、なかなかやるな」
ローザンヌ王女が褒めてくれた。そしてリラータ姫も。
「うむうむ、妾たちも助けられたわけじゃからな! さすがじゃ、ゴロー」
ゴローは謙遜して
「いえ、酔っぱらい相手ですから」
と答えた。が、ローザンヌ王女はさらに言葉を続ける。
「いやいや、あの動きはなかなかのものだ。なあ、モーガン?」
「そうですな。……ゴロー、今度よかったら格闘技も教えてやろうか」
「え、あ、はい」
やたら乗り気のモーガンに、頷くしかないゴローであった。
「ゴローさん、その、ありがとうございます?」
ネアがおかしな礼を言ってきた。
「え?」
「……ルナールをほどほどに? 相手してくださって」
「ああ、うん」
それでもネアの幼馴染をノックアウトしてしまったのだから、礼を言われてもちょっと困る、とゴローは言った。
「いえ、ルナールは基本真っ直ぐなんですけど、時々思い込みで暴走するんです。だから実力はあるのに万年平兵士で」
「……ネアも苦労するのう」
隣りに座っているリラータ姫が同情するように言った。
「姫様だって幼馴染じゃないですか」
とネアが反論するも、
「それはそうじゃが、今のうちから尻に敷いておかないと駄目じゃぞ?」
と言われ、きょとんとするネア。
「なんで今からなんですか?」
『……あ、駄目だこれ』と周りの者が思った瞬間だった。
(ルナール……報われないな)
ちょっとだけ同情したゴローであった。
* * *
その夜の宴は午後9時頃には終了。
ゴローたちも宿舎に引き上げた。
「おかえり、サナちん、ゴロちん」
「お帰りなさいませ」
『木の精』のフロロと『屋敷妖精』のマリーが出迎えてくれた。
「寂しかったわ」
とフロロが言えば、
「お留守の間、異常はありませんでした」
と、マリーも報告してくれた。
「ごめんね」
サナはフロロに謝る。が……。
「あれ、フロロ、あなた、大きくなった?」
首をかしげるサナ。
そう言われてゴローもフロロをよく見てみると、最初の頃は20セルくらいだったのに、今は30セルくらいもある。
「『分体』が少し育ったからよ」
言われてみれば、鉢植えの苗が、少し大きくなっていた。
「凄いな。この苗をどこかに植えたら、フロロも増えるのか?」
ゴローが質問すると、フロロは頷いた。
「そうね。その場合、すぐに自我が芽生えて、あたしとは違う個体になるでしょうけどね」
つまり成長しすぎるとフロロではなくなってしまうということか、とゴローは納得した。
そしてついでに、
「マリーは増えたりしないのか?」
と聞いてみる。
「そうですね……」
マリーは少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「私ども『屋敷妖精』がどういうふうに増えるか、よくわかりません。でも、この……」
『分体』が宿っているレンガ片を指差し、
「レンガを建築中の家に使ったり壁に埋めたりしておけば、屋敷妖精が居つく可能性は少し増えるのではないかと思います」
「なるほどな」
『屋敷妖精』がどういう条件で生まれるのか、本人もよくわかっていないということがわかった。
「まあいいや……おや?」
ティルダが静かだと思ったら、椅子に座ったまま眠りこけている。
「ゴロー、ベッドへ運んであげて?」
「わかった」
サナの隣のベッドまで運び、薄い毛布を掛けてやるゴロー。
「……今日も風呂に入れなかったな……」
「明日は王都に着くはず。そうしたら、最低でも水浴びくらいはできる……といいね」
自信なさそうにサナが言った。
「ああそうだな。せめて水浴びだけでもしたいよな……」
ゴローとサナは人造生命なので汗で身体がベタつくということはないが、ティルダが可哀想である。
「明日はなんとしても風呂をどうにかしよう……」
と決心するゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月26日(日)14:00の予定です。
20200423 修正
(誤)そう自分を戒め、ルナールの出方を伺うゴロー。
(正)そう自分を戒め、ルナールの出方を窺うゴロー。