04-13 旅行5日目夜 その1
夕方、午後4時半には予定どおり一行は宿泊地であるキオーナ村に到着した。
「ここまで来れば、あと少し……らしいです」
事情通のティルダが説明してくれた。
「明日の夜には首都に着くはずなのです」
それはそれで楽しみだな、と思うゴローである。
キオーナ村はおよそ400戸、3000人が住んでいるという。
ゴローの感覚ではもはや村というより町なのだが……。
「ジャンガル王国では、地方自治の形態というか様式というか……そういうもので村と町を区別しているようなのです」
ティルダも政治絡みのところまでは詳しくないようだった。
「ゴロー様御一行ですね? こちらへどうぞ」
接待係だろうか、犬系の獣人がゴローたちを宿舎まで案内してくれる。
「あ、ゴローさん……」
「ネア、大丈夫か?」
途中でネアに会ったが、青い顔をして具合が悪そうであった。
「はい……あんまり大丈夫じゃないです」
「そ、そっか、お大事にな」
「ありがとうございます……」
ネアとはそれで別れたのだが、その際に、ネアのそばに付いていた護衛の兵士、その1人がゴローを睨んでいた。それに気づいたのはサナだけだった。
* * *
「こちらをお使いください」
「ありがとう」
ゴローたちが案内されたのは前日と同じようなコテージ風の宿舎であった。
どうやらジャンガル王国では木造建築が多いらしい。
木材の名産地らしいからな、と思ったゴローであった。
「わあ、ここの加工、面白いのです」
根っからの職人、ティルダは興味津々だ。
「ちょっと職人さんにお話聞いてくるのです」
珍しく積極的なティルダに、ゴローは声を掛けた。
「ああ、気をつけてな」
とりあえず、ゴローとサナはコテージに入ってみた。
この宿舎はできたばかりらしく、木の香りが残っていた。
「……この香りって……クスノキに似てるな……クスノキってなんだ?」
謎知識に教えられるが、同時に面食らうゴロー。
「ああ、この香り。これってクスよね」
ゴローが手にしていた鉢植えから、フロロが出てきた。
「うんうん、いい香り」
深呼吸するような仕草を見せている。
「……花の香りは嫌いで、木の香りはいいのか?」
先日、馬車に投げ入れられた花の香りは嫌ったくせに、とゴローが言うと、
「あたしが嫌った花って、魔物避けの花なのよ?」
「え、そうなのか?」
「……そうなの?」
ゴローの『謎知識』も、サナの『ハカセ』に学んだ知識にも、そういうものはなかった。
「ええ。……一般的じゃないから、ほとんど知らないでしょうね」
「どういうことだ?」
だがフロロは渋い顔をする。
「説明するの? 面倒だわ……」
だがサナが『教えて』と言うと、
「うーん、面倒だけどサナちんに頼まれたなら仕方ないわね」
と言って、渋々ながら説明を始めるフロロであった。
「ええとね、ずっとずっと大昔、今よりいろいろなことができる人たちがいて、その人たちが作った花なのよ」
「……え!?」
衝撃的な説明だった。
「大昔って、どのくらいだ?」
「大昔は大昔よ。……あたしも受け継いだ知識だからよくわかんない」
「受け継いだ?」
「そうよ。『木の精』は子孫が知識を受け継ぐんだから」
「へえ」
またしても新事実。『謎知識』にもなく、『ハカセ』も知らなかった事実だ。
「……楽しい」
「え?」
サナの口から漏れた呟きを、ゴローが聞きとがめた。
「どした、サナ?」
「……楽しい、と言った。……外の世界には、まだまだ私の知らないことが……ううん、ハカセも、ゴローの『謎知識』も知らないことが……たくさんあるとわかったから」
「はは、確かにそうだな。……この世の中のことなんて、どんな賢いやつだって知らないことのほうが多いと思うぞ」
「うん、そうかもしれない。だから、外の世界は楽しい」
「いまさらか?」
ゴローとのこれまでは楽しくなかったのか、と思うと、ゴローはちょっと悔しかった。
が。
「ううん、これまでもずっと、楽しかった。ただ……」
「ただ?」
「楽しいよりも美味しかった」
「ああ、そうかい」
少しむくれるゴロー。
だが、その時サナがうつむいていたせいで、その顔がいつもよりほんの少しだけ赤かったことに気づけなかったのである。
「たのもー!」
そんな時、来客があった。いや、来客といえるのかどうか、怪しいが。
「ゴローとかいうやつはいるか!」
「……俺はイルカじゃねーぞ」
少々虫の居所が悪かったゴローは、いつになくおちゃらけた返事をする。
「イルカってなんだよ!?」
「主に海に棲む哺乳動物だよ」
「わけのわかんねえこと言ってんじゃねえよ!」
やってきたのは、ジャンガル王国に入ってから付いた護衛の獣人らしかった。ゴローもなんとなくその顔に見覚えがある。
耳と尻尾の様子から、狐系の獣人と思われる。
「ゴローはお前か?」
「ああ」
「よし、決闘だ! 俺と勝負しろ!」
「……はい?」
なんでそうなるんだ、とゴローは首を傾げざるを得ない。
「ネアは渡さねえぞ!」
「だからなんでそうなる」
「うるせー! とっとと外に出ろ! そして俺と…………あぐっ!」
いきなり男が崩れ落ちたかと思ったら、背後に誰かがいた。
「何バカなこと言ってるんですか、ルナール!」
「あ、ネア」
ネアだった。
「済みませんゴローさん。ルナールが変なことを言って」
「いや、別に」
特に迷惑をかけられたわけではないので、ゴローは気にしていないとネアに告げた。
「とにかくこいつは連れて帰りますから」
「お、おい、ネア!」
「戻りますよ、ルナール」
襟首を掴んで、文字どおり引きずっていくネア。
「ちょ、ちょっと。離せ! 首! 首が絞まってるから!」
そんな2人の後ろ姿を見て、ちょっと微笑ましく思ったゴローだった。
「……帰った?」
いつの間にか姿を消していたフロロがひょっこりと顔を出した。
「……結局、なんだったの?」
サナも首を傾げている。
「ああ、ネアの知り合いのルナールとかいう奴がやってきていきなり決闘だとか言い出して……」
「完っ全に勘違いして嫉妬して暴走してるわね」
フロロがズバリと言った。
「……よく分かるな」
「そりゃあね。受け継がれた知識があれば、そのくらいは」
えっへん、と胸を反らすフロロ。
「あれ? 何かあったのです?」
そこへティルダが帰ってきた。
「いや、ちょっと来客があって、お帰り願っただけだ」
「そうなのです? あ、夕食の準備ができたから、あっちの建物に集まって欲しいそうなのです」
「わかった」
そういうわけで、ゴローたちは食堂らしきその建物へと向かったのであった。
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次回更新は4月19日(日)14:00の予定です。