04-10 旅行4日目夜その2
夕方5時頃から始まった宴会は、夜の8時を回ってもまだ続いていた。
篝火は赤々と燃え、宴は今が盛りと大賑わい。
「おおゴロー、この肉は美味いぞ」
酔っぱらったモーガンは、主にゴローに絡んでいる。
(絡み酒か……)
ローザンヌ王女とクリフォード王子の護衛であるモーガンがここまで酔うのは珍しい、とゴローは思っている。
(確かに、焼いただけではあるが、塩がいいのか……美味いな)
おそらく岩塩なんだろうとゴローは見当を付けた。
(天ぷらの時に食べた塩よりも美味かったからな……)
「……ふにゃ……もう食べられないのれす……」
そして、とうとうティルダは酔いつぶれてしまった。
「おーお、ティルダちゃんは寝ちゃってるな」
モーガンは寝転がるティルダを優しい目で見つめた。
酒に酔ったわけではないが雰囲気に酔ったというのか、ゴローはずっと聞いてみたかったことをモーガンに聞いてみることにした。
「ねえ、モーガンさん」
「うん? なんだ?」
「こんなことを聞いては失礼かもしれませんが……」
「お? なんでも聞いてくれ!」
モーガンも酒に酔っており、上機嫌でゴローに頷いて見せた。
「……それでは。……どうしてディアラさんやライナちゃんと一緒に暮らさないんですか?」
「……そういうことか」
少し真面目な顔になったモーガンは、暗い夜空を見上げながら、ゆっくりと語り出した。
「……危険に巻き込まないように、だ」
「危険に?」
「そうだ。私は……ゴローも勘付いているように『隠密騎士』の中隊長だからな」
時として命を狙われることもあるだろうし、家族を人質に取られることもあるだろうから、王都には置いておけないのだとモーガンは言った。
「だったら、奥さんはどうなんですか?」
それを言ったらモーガンの妻、マリアンはどうなのかとゴローは言った。
だが返ってきたのは意外な答えだった。
「うん? あいつは強いぞ?」
「え?」
「あいつは侯爵家の出だが、元魔導騎士隊の小隊長にまでなったんだ」
「えっ」
魔導騎士隊は魔導士つまり魔法使いだけで構成された騎士隊である。
騎士である以上、もちろん剣技や格闘技もこなす。
「おっとりした見た目に騙される奴は多いけどな」
自分も最初はそうだった、と言ってモーガンは笑った。
「そうだったんですか」
でも離れていても危険はゼロにはならないのでは、とゴローが言うと、
「それはそうだ。だがリスクは減る。それにお袋もそこそこ強いぞ」
「ええ……?」
あのディアラが、とゴローは意外に思った。
「俺の剣術は、小さい頃にお袋から習ったものだしな」
ディアラの剣の腕前は騎士見習いくらいだろう、とモーガンは言った。
「それに、こういう仕事に就いている者の家族には多少の護衛が付くものだ」
さすがに四六時中付きっきりとはいかないが、一般人の家よりは警備兵の見回りが多くなるし、いざという時の救援態勢も保証されているのだそうだ。
「それを聞いて、安心しました」
ちょっとだけ気になっていた事柄がすっきりし、ゴローはほっとした。
「気に掛けてくれてありがとうよ、ゴロー」
「いえ」
「ほらほら、そんなことよりこの肉、食べてみろって」
「は、はあ」
まだゴローはモーガンから解放されないようだった。
* * *
夜の10時を回り、賑わっていた広場も閑散としてきた。
ネアやリラータ姫、ローザンヌ王女とクリフォード王子ら王族はとうの昔に宿舎に引き上げている。
残っているのは……酔いつぶれた者ばかりだ。
ちなみにティルダも酔いつぶれて眠ったままである。
「……これじゃあ風呂も作る意味がないな……」
こんな酔いつぶれたティルダでは風呂に入れるわけにはいかないと、この夜の入浴は諦めざるを得なかったのである。
と、そんな時。
「そろそろいいかしらね」
人気がなくなった広場に現れた、『木の精』のフロロ。サナの右肩に乗っかっている。
篝火を順に巡り、
「ああ、これがいいわ」
と、ひときわ大きな篝火の前で宣言する。
「これならきっと『光の精』もいるはずよ」
「ああ、それは楽しみだ」
「マリーも出てきて」
「……はい」
フロロは『屋敷妖精』のマリーも呼び、フロロ、マリー、ゴロー、サナの4人が篝火の周りに立つ。
「擬似的に『四大』の立ち位置ね。属性は気にしなくていいわ」
と、フロロの説明。
ちなみに四大とは、『土』『水』『火』『風』のことで、魔術では重要な要素である。
日本や中国では『空』を入れて『地・水・火・風・空』を『五大』としたり、『木・火・土・金・水』を『五行』と言ったりもする。
『五輪塔』と呼ばれる石塔はこれを表し、下から『地・水・火・風・空』になっている。木製の卒塔婆もルーツは同じだ。
蛇足ながら宮本武蔵の著作と言われる『五輪の書』の『五輪』もこれで、オリンピックとは関係ない。
さらに蛇足を承知で言うと、オリンピックの『五輪』は『五大陸』を意味している。
「呼び出すのはあたし1人で十分よ」
フロロはそう言って、篝火に手をかざす。
「+@3*=w〜¥;>おA%#T$8&)?ハ<……」
そして、ゴローやサナにも聞き分けられないような言葉を唱えた。
「・・・・・・R&=¥:<h_「#・・・・・・”(『。7……」
「おっ」
篝火がひときわ明るくなったかと思うと、そのまま宙に浮き……火の玉というか光の玉というか……。
(狐火?)
……ゴローの『謎知識』ではそういうイメージの光と化した。
「……すごい、フロロ」
「うん、これは……」
「ふふん、そーでしょそーでしょ!」
サナとゴローは素直に感心し、フロロは鼻息荒く胸を反らした。
そこに、
「おい、何の用だ?」
と、野太い声が響き渡った。
「!?」
キョロキョロ辺りを見回すゴロー。
「どこ見てやがる。呼び出しておいてなんだよその態度」
どうやら野太い声は光の玉から聞こえてくるようだった。
「『光の精』、久し振りね」
「なんだ『木の精』かよ、俺を呼び出したのは。……ってか、随分小さくなってんじゃねえか?」
「今のあたしは分体だからね」
「ふうん。……そこの兄ちゃんと嬢ちゃんか、魔力の供給源は。お、『屋敷妖精』も居やがるな」
マリーは無言でぺこりとお辞儀をした。
「それで、何の用だよ?」
皆、ゴローの顔を見つめたので、代表で話せということらしい、とゴローは察する。
「ええと、光について聞きたいことがあったんだ」
「うん、それで?」
「昼間が好きじゃない妖精とか精霊とかいると思うんだけど……」
「ああ、いるな」
光の玉なので、表情も態度も見えないが、なんとなくふんぞり返っているような気がするゴローである。
それで、とりあえずは丁寧な対応をすることにした。
「……何が……つまり、どんな光が苦手なのか知りたくて」
「なんだ、そんなことか」
『光の精』は偉そうな物言いを崩さず、
「知らね」
とだけ答えたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月7日(火)14:00の予定です。
20200405 修正
(誤)『五輪塔』と呼ばれる石塔はこれを表し、下から『木・火・土・金・水』になっている。
(正)『五輪塔』と呼ばれる石塔はこれを表し、下から『地・水・火・風・空』になっている。
20200406 修正
(誤)ローザンヌ王女とクリフォード王子ら王族はとうの昔に宿舎に引き上げでいる。
(正)ローザンヌ王女とクリフォード王子ら王族はとうの昔に宿舎に引き上げている。
(誤)「昼閒が好きじゃない妖精とか精霊とかいると思うんだけど……」
(正)「昼間が好きじゃない妖精とか精霊とかいると思うんだけど……」
20200917 修正
(旧)ちなみにティルダは既に宿舎のベッドの中である。
(新)ちなみにティルダも酔いつぶれて眠ったままである。