04-08 旅行4日目
そして迎えた、旅行4日目の朝。
この日は出発前に、全員に念押しの通達があった。
「今日は昼前に国境に着きます。手前で昼食を摂り、その後国境を越えます」
昼食中に必要な手続きを行う、ということだった。
国境手前までの所要時間はおよそ3時間とのこと。
「だいたい15キル、ってところか」
ゴローは距離を概算してみた。
午前8時出発、途中で30分の休憩を挟むと午前11時半に国境着、となる。
国境手前の休憩所で昼食、午後12時半に出発して国境通過。
「で、今日の泊まりがファリサ村だっけ」
「はい、そうなのです」
というように、ゴローは1日の行程を確認した。
ゴトゴトと馬車は進んでいく。
今日も名付けて『人間エアコン』……『除湿』と『冷却』の組み合わせは快調で、馬車の中は居心地がいい。
むしろ中休みで外に出ると蒸し暑さに思わず顔を顰めてしまうティルダなのである。
* * *
そして午前11時半、予定どおりに国境手前の休憩所に到着した。
「おお」
馬車を降りると、目の前に石造りの砦が。
がっしりとした重厚な作りに見える。
「凄いな……」
「だろう?」
ゴローの呟きを、近づいてきたモーガンが聞きつけ、少し自慢げに頷いた。
「100年くらい掛けて築いた砦なんだぞ」
「へえ……でも、ジャンガル王国って友好国ですよね? どうしてこんな物々しい砦を?」
「ああ、それは簡単だ。50年くらい前までは戦争……じゃなくて……そう、敵対していたからな」
「あ、そうだったんですか」
「それというのも『プルス教』のせいなんだがな」
話に加わったのはローザンヌ王女。
「あ、殿下」
気が付いたゴローは一歩下がり、会釈をした。
だがローザンヌ王女はそれが気に入らなかったようで顔を顰める。
「おいおいゴロー、殿下はやめてくれと前に言わなかったか? それにそんなよそよそしい態度はやめてくれ」
しかしモーガンはそんなローザンヌ王女を窘めた。
「姫様、それはちょっと無理ですよ。……まあ、国境を越えるまでの辛抱です」
後半はローザンヌ王女だけに聞こえるくらいの小声でだったが、ゴローの耳には聞こえてしまった。
「うむ、それもそうか。……で……ああ、『プルス教』の話だったな」
プルス教はヒューマン至上主義の宗教であり、ヒューマンが至上の人間であると公言してはばからない、とローザンヌ王女は苦々しげに説明した。
「だが、現実はどうだ。ドワーフ族に工芸品を依存し、獣人からは木材やさまざまな産物を購入している。エルフからは魔法技術などを……。つまり、互いに助け合い、補い合っていくのがよりよい、住みよい世界を作るのに不可欠なんだと私は思うのだ」
熱っぽく語るローザンヌ王女。ゴローもその考えには賛成だった。
「はい、殿下、そう思いますよ」
「おお、ゴローも同意してくれるか。そう、だからこそ、私は今回の使節に参加しているのだ」
「伝説の技術者『ダングローブ』殿は、ヒューマン、エルフ、ドワーフの血を引いていたと聞いていますからね」
「え!?」
姉を捜しにやってきたクリフォード王子が意外な名前を口にしたので、思わずゴローは声を上げてしまった。
「ゴロー殿もお聞き及びですか? ダングローブの名を」
「え、ええ。聞いたことがあるのは確かです」
辛うじて嘘はついていない、というレベルであるが、クリフォード王子もローザンヌ王女も、まさかゴローとサナが、その『ダングローブ』……すなわちリリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロスによって作り出された人造生命であるとは夢にも思わなかった。
「伝説の偉人ですよね。残念ながら獣人の血は引いていなかったようですが、人間同士がわかりあえるものだということをその身で体現している方です!」
「そ、そうですね」
本人をよく知っているだけに、ギャップに苦笑するゴロー。
(あ、でも、自分ではそれと意識せずに、結果的に各種族の橋渡しをしているという見方もあるな……)
それはそれで凄いことだ、とゴローは思った。
(でもやっぱり、私生活を知っていると、そこまでの人とは……)
ゴローから見たら『ハカセ』は偉人というより、もっと身近で温かな存在だったのである。
* * *
そして、諸手続が終わった、午後12時半。予定どおりに一行は出発した。
「おお」
砦に駐屯している兵の大半が『栄誉礼』を行い、一行を……というよりローザンヌ王女とクリフォード王子を見送っていたのである。
しずしずと砦の門をくぐっていく。周囲は石造りのトンネルのようであった。
「こんな感じで向こうまで続いているのか……」
思わず声に出して感心するゴロー。
どうやらルーペス王国の砦とジャンガル王国の砦は、トンネル状の通路で繋がっているようだ、とゴローは判断した。
「ようこそ、ジャンガル王国へ!」
「姫様、お帰りなさい!」
ジャンガル王国側に出ると、大歓声が一行を出迎えた。
砦で働く大半の獣人兵だけでなく、近郊からやって来た民間人も大勢いるようだ。
「ルーペス王国の皆さん、ようこそ!」
「リラータ姫様ー!」
ちなみに今更であるが、獣人たちは『王女殿下』と呼ばず、『姫様』と呼ぶのが好きらしい。
それでゴローたちもリラータ王女殿下のことを『リラータ姫』と呼ぶようになったのである。
「皆の者、ただいまなのじゃー!」
そのリラータ姫様は屋根を外した馬車から手を振って応えている。
「凄い人気だな……」
「うん」
「『猫の手』で聞いた話のとおりなのです」
ゴローたちは集まった人々の熱狂ぶりに驚いている。
「それだけ、人々から愛されているんだなあ」
「うん」
そして馬車はゆっくりと進んでいく。
「ジャンガル王国へようこそー!」
「歓迎しますよー!!」
ルーペス王国王家の馬車も歓迎されているようだな、とゴローは思った。
そして、馬車目掛けて何かが飛んできた。
すわ、歓迎したくない人民からの攻撃か、はたまた嫌がらせか! とゴローは思ったが、それも一瞬のこと。
「……花?」
赤、黄、青、紫、白、ピンク。色とりどりの花と花びらであった。
「……綺麗」
「きれいなのです!」
どうやらこれも歓迎の1つのようだ。
せっかくなので馬車の窓を開けると、むわっとした空気と共に、いい香りのする花が幾つも飛び込んできた。
亜熱帯の花らしく、皆華やかだ。
「プルメリア……? ジャスミン?」
さすがの『謎知識』も、全ての花の種類は教えてくれなかった。
名前はわからなくても、花の香りに包まれた馬車内はなんとも心地よく……。
「あー! 鬱陶しい!!」
……は、なかったようで『木の精』のフロロが昼間なのに姿を現した。もちろん身長20セルほどの省エネモードでだ。
「この花の匂い、しつこいわ」
フロロが指差したのはジャスミンに似た花。
「ゴロちん、片付けてちょうだい」
「はいはい」
「あ、お手伝いします」
『屋敷妖精』のマリーも省エネモードで現れた。
「お、助かるよ」
「私も手伝うのです」
「うん、私も」
「サナちんはいいのに。……ああもう、わかったわよ、あたしも手伝うわ!」
そういうわけで、馬車に乗っている全員で投げ込まれた花を片付けたので、2分足らずで馬車内はすっきりした。
「ああ、これでいいわ。昼間から出てきたから疲れちゃった。じゃあねー」
そう言うが早いか、フロロは姿を消す。
「マリーもありがとな。もう戻っていていいぞ」
ゴローがそう言うと、
「はい、ご主人様。それでは失礼致します」
と言ってマリーも姿を消した。
急に話し声が増えたので首を傾げつつも、職務を忠実に果たす御者がいたことを付け加えておく。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月2日(木)14:00の予定です。
20210516 修正
(誤)「今日は昼前に国境に着きます。手前で昼食をし、その後国境を越えます」
(正)「今日は昼前に国境に着きます。手前で昼食を摂り、その後国境を越えます」