00-12 オートマトン
テーブル台地の上の研究所にも季節が巡ってくる。
いつしか冬となり、うっすらと雪が積もったかと思うと、豪雪になった。
「雪……か」
ハカセ……リリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロスは、自室で独りごちていた。
「あの子たちも一人前……なのかねえ」
あの子たち、というのは言わずと知れた、56号改めゴローと、37号改めサナのことである。
「自我もしっかりしてきたし、独り立ちさせてやらなくちゃいけないか……」
ちょっと寂しいが、それが創り出した自分の義務だろう、とハカセは考えたのだ。
「でもそれには、もう少し時間が掛かるかねえ」
一番心配なのは『常識』だが、それに関しては自分も怪しい、とハカセは思っていた。
「ここに引き籠もって200年だものねえ」
ヒューマン、エルフ、ドワーフの血を引く自分が、長寿なのは当たり前だが、そろそろ寿命が尽きる頃だと勝手に思っていたのだ。
そして、寿命が尽きる少し前に、2人を送り出してやろうと思っていたのだが。
「そろそろ寿命かと思っていたけど、ゴローのおかげで、調子いいしねえ」
そういう感動的な別れの場面を演出することはできそうにない、と苦笑した。
「それに、2人に出て行かれたら、あたしは1人じゃ生きていけないしねえ……」
家事をし、面倒を見てくれる者がいなくなったらのたれ死にしてしまう変な自信があった。
そしていろいろ考えた末の結論。
「よし、召使いを作ろう」
* * *
「召使い、ですか?」
さっそくハカセは、サナとゴローに相談した。
「うん。とはいっても、あんたたちのような人造生命じゃないよ。自動人形さ」
「自動人形? ……ロボットみたいなものですか?」
「また、ゴローの謎知識が出てきたね。ロボットが何だか知らないけど、人間そっくりで、自分の意思を持った人形だよ」
「……アンドロイド?」
「だから、なんだい、それ? 自動人形は自動人形さね」
「……俺が目覚めたときに襲われた、ああいう?」
「あれはガーゴイル。命令を聞くだけの人形さ。自動人形とは違うよ」
そしてハカセは2人に向かって言う。
「手伝ってもらうよ!」
「はい、ハカセ」
こうして、自動人形作りの日々が始まったのである。
「ええと、人間そっくりの動きをするんでしょう?」
「そうだよ」
「だったら、人間に近い骨格にした方がいいと思うんです」
「それはそうだねえ。ゴローの言うとおりだよ」
ハカセは、大昔に自動人形を作って以来、ここ300年くらいは人造生命作りに没頭していたからねえ、と言って笑った。ガーゴイルはオモチャみたいなものだそうだ。
「今の時代の自動人形がどんなものなのか知らないけど、作るんなら世界一を目指すよ!」
「いいですね、そういうの」
「お、わかるかい、56号……じゃなかった、ゴロー!」
「はい、なぜだかわかる気がします」
そう返すと、ハカセは喜んだ。
「そうかいそうかい。あんたの前世は、きっと物作りに関係した仕事をしてたんだろうね!」
「本当ですか?」
「いや、ただの勘だけどさ」
がくっとしたゴロー。が、気を取り直して、
「と、とにかく、作るんならできる限りいい物を作りたいですよね!」
と宣言したのだった。
* * *
自動人形作りは捗った。
構造はハカセが知っている。
サナは、その『哲学者の石』により無尽蔵ともいえる魔力を持ち、昼夜兼行で作業をすることができ、古の魔法も活用できる。
そしてゴローは、時折閃く天啓のような謎知識で欠点を指摘したり改善点を提案したり。同時にサナと同じく、24時間……この世界は24時間制だった……働き続けることができた。
10日後。
「できたねえ」
「できましたね」
「できた」
自動人形が完成した。
外見は人間。ただし関節部に継ぎ目が見えたり、瞬きをしなかったり、体表面が金属だったりと、相違点は多々あったが。
身長は165センチくらい、ほっそりした中性的な外見である。これは、自動人形には性別はないのだから、外見的にも中性的でいいのでは、というゴローの提案からである。
実際のところは外見上で性別がわかるようにすることに抵抗があったからなのだが。主に局部の造形の関係で。
体重だけは人間並み、とはいかず、200キムほどもあったが。
「この『すてんれす』という合金はいいねえ。鉄系なのに錆びにくいし」
青銅を使おうとしたハカセだったが、ゴローはステンレスを推したのだ。
「鉄に『くろむ』と『にっける』を混ぜるとこんな合金ができるなんてね。……それに、サナの魔法も助かったよ」
合金を作る上で必須なのが『熱源』と『容器』である。
熱を加えないと金属は溶けないし、それを保持する容れ物がなければ溶けた金属は流れ出してしまう。
その両方を、サナは魔法で解決したのである。
「単なる結界と火魔法」
とサナは言っているが、それらを同時に、しかも高精度で扱えるのはサナならではであった。
それだけではない。自動人形は、『機械仕掛け』の人形、つまり『魔法ロボット』と言うことができる。
その『魔法』部分をサナが担当してくれたおかげで、高性能な構成部品を用意することができ、結果として超高性能な自動人形が完成したのである。
「じゃあ、動かしてみようかね」
「何だか、ドキドキしますね」
「……うん」
「間違った魔力回路は組んでいないはずだからね、大丈夫さ。……『〈Agedum〉〈exsurge〉』」
キーワードに応じ、ゆっくりと自動人形が起き上がった。
「うわあ!」
自分たちが作ったものが動き出して感激するゴロー。
「……動いた」
客観的かつシンプルに状況を口にするサナ。
「うんうん、ちゃんと組み上がっているね」
そしてハカセは、自分たちの仕事結果に満足して頷いた。
「自動人形、あんたの名前は『フランク』だよ」
〈……ワタシハフランク、オボエマシタ〉
「おお! 喋った!!」
「そりゃあ喋るさそういう風に作ったんだから。……『フランク』、あたしは『ハカセ』と呼んでおくれ」
〈ハイ、ハカセ〉
「よしよし。……さて、とはいうものの、この『フランク』は、まだまだ生まれたての赤ん坊なんだ。ゴローとサナ、すまないけどいろいろと教育してやっておくれでないかね?」
「教育……って何をすれば?」
「普通に接してくれていいよ。……この『フランク』は、必要なことは自分で見て、聞いて覚えるから」
「なんというか、人間の赤ん坊とは随分違いますね」
「おや、育てたことあるのかい?」
「うーん……どうなんでしょう?」
「それをあたしに聞かれてもねえ……」
それもそうだとゴローは思い直し、フランクに向き直る。
「フランク、俺は『ゴロー』だ」
〈ハイ、ゴローサマ〉
「こっちは『サナ』。覚えてくれよ」
〈ハイ、サナサマ。オボエマシタ〉
「うんうん、記憶力は抜群だね」
ハカセは満足そうに頷いた。
「それじゃあ、頼んだよ」
* * *
〈アレハナンデスカ?〉
「あれはランプだね」
〈アレハナンデスカ?〉
「あれは、テーブル」
〈アレハ……〉
この調子でフランクは、はじめは語彙を増やすことに専念していた。
ゴローとサナも、その都度教え、説明してやっていた。
そんなことが延々と続き、ゴローどころかさすがのサナもげんなりし始めた頃、質問の内容が変わってきた。
〈これはどうやってつかうのですか?〉
「ここを持って、こうやって使うんだ」
〈これのつかいかたはこうでいいのでしょうか?〉
「それでもいいが、こう使うとより効率がいいぞ」
そして、しゃべり方も流暢になってきている。学習能力はすごいな、とゴローは感心した。
〈火魔法はこうでいいのでしょうか? ……『火』『点す』〉
「そう。それでいい。ただし、めったやたらと使っては、駄目」
〈はい、サナ様〉
そして魔法も、初級レベルではあるが、瞬く間にマスターしてしまったのである。
何せ、その心臓部、というかエネルギー源は、ごくごく小さいながらも『哲学者の石』なのである。
何十回何百回魔法を使おうと、疲弊することはないのだから、繰り返しの練習も捗るというもの。
加えて、護身用……自分とハカセを守るための格闘技も教育する。……サナが。
サナ曰く、『ゴローよりも筋がいい』そうな。
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次回更新は7月2日(火)14:00の予定です。