04-07 旅行3日目夜その2
植物性の油を用意してもらい、ゴローは天ぷらを揚げていく。
リラータ姫がいるので、宿にあった食材は使い放題なのが有り難い。
その分、宿の料理人たちには無償で『天ぷら』の作り方を見せているわけだが。
「おお! じゅうじゅういっておるぞ!」
「姫、油がはねると危ないのでもう少し離れてください」
ゴローが忠告する。
ゴロー自身は摂氏200度そこそこの油など熱くはないが、生身のリラータ姫はそうはいかない。
「うむ、わかったのじゃ……」
素直に一歩後へ下がるリラータ姫。
ゴローは安心して天ぷらを次々に揚げていった。
川エビ、マス、レンコン、カボチャ、甘芋=サツマイモ。
卵が足りなくなったが、それも宿の食材を使わせてもらえた。
「おお、いい香りじゃ」
リラータ姫は鼻をうごめかせた。
「こんな調理法が……」
宿の料理人は興味深そうにゴローの手際を見つめている。
「塩を振って食べてください」
さすがに天つゆを作ることはできそうもないので、塩を勧めるゴローであった。
* * *
「おお、これは美味しい!」
「美味しいですね、姉上」
天ぷらにかぶりつくローザンヌ王女とクリフォード王子。
なぜかルーペス王国の王族もやってきて、大宴会になってしまっていた。
「ゴロー、甘芋お願い」
「おう。……ちょっと待っててくれ」
「ゴローさん、すみませんです」
そしてサナやティルダもやって来て一緒に食べている。
ゴローはと言えば、宿の料理人たちと一緒になって天ぷらを揚げ続けていた。
「あ、衣は混ぜ過ぎちゃ駄目ですよ!」
「そ、そうなのか?」
「ダマになっていてもいいんです。粘りが出たらサクサク感がなくなります」
「わ、わかった」
「川エビはよく水を切らないと油がはねますよ」
「お、そ、そうか」
こんな調子で、ゴローも含めた3人体制で天ぷらを揚げていくのだった。
* * *
「ああ、なんとなく疲れた」
「ゴロー、ご苦労様」
「ゴローさん、お疲れ様なのです」
皆が食べ終えたあと、肉体的にではなく精神的に疲れたゴローが1人で賄いを食べていると、サナとティルダがやって来て労ってくれた。
「あの『天ぷら』、なかなか美味しかった」
「食べ過ぎたのです!」
「はは、美味しいと言ってもらえて何よりだ」
そのゴロー自身はレンコンの天ぷら1切れ、甘芋の天ぷら2切れを食べただけだった。
「……頑張ったゴローに、ご褒美」
だがサナは、川エビ、マス、カボチャの天ぷらを1切れずつ取っておいてくれたのである。
「おお、ありがとう!」
「サナさん、優しいのです」
「私はお姉さん。弟に優しくするのは当たり前」
「はは……」
ゴローは有り難くそれを味わったのであった。
* * *
食事を終え、宿に引き上げたゴローの所に来客があった。モーガンである。
「ゴロー、今いいか?」
「ええ、どうぞ」
部屋は大部屋で、ベッドは4つあり、それぞれカーテンで仕切られている。
ゴローたちは3人なのでベッドが1つ余るわけだ。
その余ったベッドにモーガンは腰を下ろした。
「夕食の『天ぷら』、美味かったぞ」
「あ、どうも」
「それでな、姫様たちがゴローに礼を言ってきてくれと言うんだ」
「ああ、そうだったんですか」
「今は旅の途中で何もできないのが申し訳ないと仰っていたぞ」
「そのお言葉だけで十分ですよ」
連れてきてもらっている立場ですし、とゴローが言うと、モーガンはそれを否定した。
「いや、ゴローたちは、半分はジャンガル王国からの招待客でもあるわけだからな」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
結局、旅の途中で更なる便宜を図る、もしくは王国に帰ってから礼をする、という話をして、モーガンは帰っていったのだった。
* * *
そして、モーガンと入れ替わりに、ジャンガル王国からの使者がやって来た。
ネアである。
「ゴローさん、『天ぷら』美味しかったです。姫様がよろしくと仰ってました」
「ああ、うん」
元々、リラータ姫に頼まれて作ったのだったな、と、ゴローはぼんやりと考えていた。
「それで、貴重なレシピを流出させたお詫びと、美味しい料理のお礼に、ということで、これを」
ネアが差し出したのはくすんだ色の丸い玉だった。
「これは?」
「海で採れる宝石で『珠』といいます。ジャンガル王国では信頼や友情の印として贈るんです」
「へえ……」
ゴローはそれを有り難く受け取った。
「これって……真珠かな?」
ゴローの『謎知識』が、そのくすんだ玉は『真珠』だと告げていた。
「しんじゅ、ですか?」
ネアは聞き覚えがないようだ。
「うん。これ、貝の中から取れる玉じゃないのか?」
ゴローがそう言うと、ティルダが、
「あ、そういう宝石があると聞いたことがあるのです。なんでも、貝が水面に浮かんで口を開けている時に月の光を浴びるとできるとか聞いたのです」
「うん……それは多分伝説だ」
「そうなのです?」
「そうなんだよ。真珠は、貝殻内部と同じ成分なんだ」
「……?」
「真珠を作れる貝の中に、砂粒とか小石が入って、その周りに真珠層ができたものなんだ」
「……そうなのです?」
「ゴローさん、詳しいですね!」
ティルダはよくわからないようで首を傾げ、ネアは素直に感心した。
そしてサナはといえば、
〈……ゴロー、もしかして、その『真珠』って、貝に作らせることができたりする?〉
と念話で質問してきた。
〈ああ、できるぞ〉
と、ゴローが答えると、サナは注意喚起をする。
〈……それは黙っていた方がいい。もし、『真珠』を作り出せることを知られたら、いろいろ面倒に巻き込まれる〉
製法を教えろと言われるかも知れないし、逆に真珠が値下がりを起こすのを防ぐため、口封じされるかもしれないというのだ。
〈わかったよ。これ以上余計なことは言わない〉
〈うん〉
ここまで1秒くらい。なのでサナとゴローが会話をしたと気付いた者はいない。
「とにかくありがとう、ネア。リラータ姫様にもお礼を伝えてくれ」
「わかりました」
そしてネアはゴローたちの部屋を出た。
ちゃんと帰れるか心配だったが、ちゃんとお付きの人が1人、部屋の外で待っていたようなので安心したゴローだった。
「なんとなく空気が湿っぽくなってきたわ」
とは、姿を現した『木の精』のフロロのセリフだ。
「そうですね、埃っぽくない気がします」
『屋敷妖精』のマリーも同意した。
「ジャンガル王国に近づいたからだと思うのです。周囲は湿地が多いですし」
ティルダが言う。
ジャンガル王国は高温多湿の気候だからだ。
「じゃあ、もうすぐ国境だな」
新たな国に思いを馳せるゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により3月31日(火)14:00の予定です。
というのも、パソコンが古くなったため新規入れ替えを行うのでデータの移行やソフトインストールなどの環境整備に時間が取られそうなので……。
ご了承ください。m(_ _)m