04-06 旅行3日目夜
3日目の宿泊地、サーク村。
ここは生け簀が多く、淡水魚を養殖している。
大半は干物にして出荷されるが、宿泊客は新鮮な魚が食べられる。
「……新鮮って言っても煮魚と焼き魚だよなあ……」
ゴローはぼやいた。
魚を生で食べるという習慣がない……というより、生魚には寄生虫がたくさん付いているという話だ。
ゴローとサナには寄生虫など害になるどころか消化吸収されてしまうだろうが、普通の人間にはそうはいかない。
「酢で締めるとか……はだめかな? あ、ルイベってのがあったな」
またしても『謎知識』である。
『ルイベ』というのは冷凍した魚を味わう、北海道の郷土料理である。
元は鮭を雪に埋めて冷凍保存し、切り分けて火で炙って食べたのが起源とも言われる。
凍らせているのでサナダムシやアニサキスなどの寄生虫が死滅しており、安心だ。
サケ・マス類が対象となることが多い。
「養殖されているのは何だろう?」
淡水魚ということで、マスの類を期待するゴローであった。
* * *
サーク村に着いたのは午後4時半、まだまだ明るい時刻であった。
宿の部屋を割り当てられたゴローは、さっそく生け簀を見に出かける。
「あ、ゴローさん」
そうしたらジャンガル王国のネアに出会った。
ネアはリラータ王女殿下の従妹である。金茶色の狐耳と尻尾が特徴的だ。
「やあネア、なんだか久し振りだな」
「そうですね。道中はどうしてもそれぞれの王国でまとまっていますから」
「……で、ネアは道に迷ってるのか?」
「あ、酷いです。いくら私でも、村の中なら大丈夫ですよ!」
「……本当か? ……我々が来た方角はどっちだかわかるか?」
この質問に、ネアは自信満々に答えた。
「こっちです!」
「…………残念、そっちは北だ。つまり90度間違っている」
「えっ? えっ?」
「……やっぱり危なっかしいな」
「ううう……故郷の方角はわかるんですけど」
こっちですよね、と言ってネアはちゃんと西を指差した。
「うん、そのとおり。……なんで来た方角がわからなくなるんだ?」
「うう……どうしてでしょう?」
方向音痴、というのはそういうものなのかもしれないが、不思議でならないゴローであった。
* * *
「……で、ゴローさんは何をしているんですか?」
ゴローがこの後送っていくから、ということで落ち着いたネア。
「……生け簀の魚を見に来たんだ」
「どうするんですか?」
「ええと、何かいい調理方法があるかなと思って?」
「なんで疑問形なんです?」
「……いいじゃないか」
そんな会話をしつつ、2人は生け簀のある区画へやって来た。
「へえ」
「わあ、お魚がいっぱいですね」
生け簀は幾つもあって、それぞれに違う魚が泳いでいた。
「コイ、ニジマス、イワナ……ウナギ? それに川エビかな?」
ウナギと川エビによく似たものまでいたことにゴローは驚いていた。
「おや、お客人かい?」
「あ、こんにちは」
生け簀の係員のような人がいたので、ゴローは尋ねてみた。
「今夜こちらに泊まるんですが、これらの魚はどんな料理になるんですか?」
「うん? そうだな、だいたい煮るか焼くか、だな」
「ははあ、やっぱり」
「うん?」
「フライとか天ぷらとか刺身にはしませんよね」
係員の人はきょとんとした顔をした。
「どれも聞いたことがねえな」
「あ、そうですか。……わかりました。それじゃあどうも」
「おう」
* * *
「さあて、どうするかな?」
実は、ゴローは魚が大好きだったようである。
ようである、というのは、生け簀に泳いでいる魚を見て初めて気が付いたのだ。
そして一番食べたいのが『刺身』、次点で『天ぷら』。以下『焼き魚』『フライ』『寿司』などと続いていく。
(醤油がないからな……塩で食べられる天ぷらにするか……)
……と、一瞬のうちに決断したゴローは、食材確保を決意した。
「ええと、小麦粉と卵が欲しいな」
ということでゴローは、まずニワトリを飼っている家を見かけたので卵をわけてもらえないかと尋ねてみた。
「今朝産んだ奴があるよ。3個でいいかい?」
「はい、それで」
1個50シクロと、やや高い気もしたが、躊躇せずにゴローは150シクロを支払った。
そしてついでとばかりに、小麦粉はないかと聞いてみた。
「あるけど、うちも使うからねえ……ああ、古くなった奴が3分の1くらい残っているから、それでもよければ……」
「あ、それでいいです」
小麦粉は古くなるとグルテン(タンパク質成分が粘りを帯びたもの)の生成がなされにくくなるので、天ぷら用には好ましくなる。もちろん、傷んでいないという前提で、だ。
グルテンは、タンパク質の一種、グルテニンとグリアジンが水を吸収して繋がったもの。繋がっているから粘りがあるわけだ。
麩は小麦粉のグルテンを使った食品である。
こちらには800シクロを支払うゴロー。
「お釣りはいいです」
と言って銀貨1枚を支払った。
「ありがとねー」
そしてゴローは急ぎ足に宿へ向かう。
「そうか、魚は宿にあるかな? ……なければまた買いに行けばいいや」
「……あの、ゴローさん?」
「え? あ、ネア!」
天ぷらのことで頭がいっぱいになっていたゴローは、ネアのことをすっかり忘れていたのである。
「ご、ごめん!」
大慌てでジャンガル王国の人々が泊まっている宿舎へと、ネアを送っていった。
「おお、ネア。無事に帰ってきたか」
宿舎前にはリラータ王女殿下……リラータ姫が待っていた。
「ゴローではないか。ネアを送ってきてくれたのじゃな。礼を言うぞ」
「いえ、偶然会いまして」
そしてリラータ姫はゴローが手にしているものに気が付く。
「卵と……小麦粉か? 何に使うのじゃ?」
「ええと、料理に……」
この一言に、リラータ姫が食いついた。料理だけに。
「おお! ゴローの作る料理か! 食してみたいのじゃ!」
「え」
リラータ姫はそう言うが早いか、ゴローの手を取って自分たちの宿舎へと引っ張っていく。
王女殿下自らが引きずるようにしているので、周囲の護衛も口を挟めず、ただ黙って見送っていた。
* * *
「さあ、作ってたもれ。さあ、さあ」
村で1、2を争う宿舎の厨房は大きくて立派だった。
そこに王族の姫君がいきなりやってきて、ヒューマン(実は人造生命だが)に料理を作れと要求するものだから、見物人がわらわらと……。
「ま、まいったな……」
一応サナに連絡だけはしておこうと、念話を繋ぐ。
〈サナ、こういうわけで……〉
〈うん、わかった。頑張って〉
サナからは了解の念話が返ってきたので、ゴローは仕方なく料理に専念することにしたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月26日(木)14:00の予定です。
20200324 修正
(誤)切り分けて火で炙って食べたのが期限とも言われる。
(正)切り分けて火で炙って食べたのが起源とも言われる。
(旧)「飼っているのは何だろう?」
(新)「養殖されているのは何だろう?」
(誤)まずニワトリを飼っている家を見かけたので卵をわけでもらえないかと尋ねてみた。
(正)まずニワトリを飼っている家を見かけたので卵をわけてもらえないかと尋ねてみた。




