04-05 旅行3日目
この日の朝食はパン、鶏肉の香草焼き、フルーツサラダ、ヤギ乳であった。
「この香草は何だろう?」
爽やかな香りがする、とゴローは思ったが、それはサナやティルダも同じだったようだ。
「もしかすると、ローズマリーなのです。あとは……わからないです」
それでもメインの香草がわかったのは大したものだとゴローは褒めた。
「……香草は、よくわからないけど、香りは好き」
サナも、種類は詳しくないが香草の香りがあった方が肉は美味しくなるみたいだと言った。
「ジャンガル王国は植物の種類は多いだろうから、ハーブや香辛料もいろいろあるかもな」
「ゴロー、使いこなせる?」
「うーん、どうだろう?」
その時になってみないとわからない、と正直に答えたゴローであった。
そして、がっかりすることが1つ。
「すまん。こちらも足りなくなるかどうかギリギリなのだ」
モーガンにロウソクのことを聞いたら、分けてやることはできなくなった、と言われたのである。
「仕方ないですよ」
そう答えたゴロー。
(まあ、『光の精』の召喚は機会があったらでいいか)
一応そう割り切ったのである。
* * *
一行がワヒメカ村を出発したのは午前8時半。
「今日はサーク村まで、だそうなのです」
ティルダが教えてくれた。相変わらずの情報通である。
「何が名物?」
サナが尋ねる。
「最初はヤギとニワトリ、次は温泉。今度は?」
「淡水魚だそうなのです」
「へえ?」
ゴローも興味を持つ。
「サーク村の周辺は池や湧き水が多いので、それを利用した生け簀がたくさんあると聞いたのですよ」
「へえ……どんな魚を養殖しているんだろう?」
「それは教えてもらえなかったのです」
「そっか」
というより、ティルダが聞いた相手も知らなかったんだろうな、とゴローは想像した。
* * *
3時間半ほどで休憩舎のある中間地点に着いた。
「これは……」
そこには、内陸には珍しく川幅200メルほどもあろうかという大河が流れており、長大な橋が架かっていた。
「凄い川だな」
ゴローも感心した。
そして周囲はじめじめしている。湿地帯のようだ。
「ワニとかいないだろうな……?」
『謎知識』によって懸念を表明するゴロー。
「うん? ワニとは何だ?」
近くにいたモーガンが聞きとがめた。
「ええと、口がでかくて凶暴な動物ですよ。水中や水辺にいるんです。……足の生えたヘビみたいなヤツ」
「足の生えたヘビ? ……トカゲか?」
「いえいえ、体長が数メルあるようなヤツです」
「ふうん? ……知らんな……」
モーガンが知らないということは、この辺にはいない可能性が高いな、とゴローはほっとした。
ゴローとサナなら、おそらくはワニにも対抗できる(ゴローの知るワニであれば)。
魔獣になるとちょっとわからないが。
ちなみに、ここの湧き水は綺麗なので、古い水を捨て、新たに汲みなおしていた。
古い水とはいっても、飲料水なので環境汚染にはならないようだ。
「うん……? あれって……」
休憩地の周囲にある沼を眺めていたゴローは、とある植物を見つけた。
「あれって……ハスかな?」
大きな丸い葉っぱを水中から突き出しており、終わった花はちょっと蜂の巣に似ている。
沼へ水を捨てに来た侍女に、ちょっと聞いてみることにしたゴロー。
「……ええと、あ、はい、そうです。花がないからちょっと迷いましたけど、ハスで間違いないですね」
「ありがとう」
侍女に礼を言い、ゴローは考えを巡らす。
狙いは『レンコン』だ。
ハスは『蓮』と書き、音読みで『れん』ともいう。その『根』=『こん』であるから『レンコン』。実際は『地下茎』であるが。
そんな謎知識に背中を押され、ゴローは休憩舎から物干し竿を探しだしてきた。4メル程もある金属製のパイプだ。
木製でないのは耐久性を重視したのであろう。
「これなら、きっと……」
ゴローはその棒を沼に突っ込んだ。
「よっ、と……」
蓮の根、すなわちレンコンは泥の中深くに植わっている。
ゴローの力があったればこそ、なんとか岸辺から根……(地下茎)を探り当てた。
「よいしょ」
そして絡め取って引きずり出す。
本来レンコンは葉が枯れた晩秋から初冬に収穫することが多いが、ゴローは興味があったので晩夏の今、敢えて収穫してみたのだ。
ちなみに、冬のレンコンはもっちりほくほく、夏のレンコンはしゃっきりサクサクだという。
「やっぱり痩せているな……」
泥の中から引きずり出した1メルほどのレンコンは、食用にするには今一つに見えた。
「でもしょうがないよな」
食用にするため栽培しているものではないので致し方ない。
収穫してしまったからには無駄にはできないと、ゴローはくっついている葉や茎、ひげ根などを取り除き、沼の水で洗った。
「ゴロー、なにそれ?」
レンコンをぶら下げて馬車に戻ると、サナに尋ねられた。
「ハスの根っこ……レンコンだよ」
「何に使うの?」
「使うというか……食べるんだよ」
「甘いの?」
「いや、甘くはないかな」
「……ふうん」
甘くはないとゴローが答えると、サナは興味をなくしたように声のトーンを落としたのだった。
* * *
午後1時、休憩舎を出発。
「おお、落ちたら一大事だな」
200メルもの大河に架かっている橋には欄干や手すりというものがなかった。
幅は馬車1.5台分。すれ違いはできない。
「対向車が来たらどうするんだろう?」
ゴローが独りごちると、ティルダが教えてくれる。
「時間で通行が決まっているそうなのです」
奇数時刻はジャンガル王国方面、偶数時刻はルーペス王国方面、となっているらしい。
渡りきる前に時刻が変わったらどうするのか、とゴローが言うと、
「なのでその時刻の後半になったら渡らないのがマナーらしいのです」
とティルダ。
「なるほどな」
峠などにある狭いトンネルも、対向車のヘッドライトが見えていたら進入しないという暗黙の了解があったものな、と『謎知識』に照らし合わせて納得するゴローであった。
* * *
無事に橋を渡りきった一行は、そのまま街道を進んでいく。
「湿地帯なのに道の上はしっかりしているのな」
石畳の舗装だったので、感心したゴローだったのである。
そして街道の両側は湿地帯。下手に踏み込んだら戻れないような泥沼もある。
もちろん、通常の土の草原もあり、7割が湿原、3割が草原といった感じである。
そんな湿原の中には点々と……いや、列をなして木が生えている部分がある。
「……拠水林かな?」
そんなゴローの独り言を、サナが聞きつけた。
「ゴロー、きょすいりんって?」
「え? あ、ああ、拠水林、っていうのは、こうした湿地帯の中を流れる小川に沿って生える、木々……かな」
川によって土が運ばれ、木を支えるだけの土壌が堆積したためである。
尾瀬などの湿原で見られる。
「ふうん……相変わらず、ゴローは変なことをよく知ってる」
「はは」
そんな会話を交わしながら、馬車は西へと進んでいくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は都合により3月24日(火)14:00の予定です。
3月22日(日)には、『蓬莱島の工作箱』を更新する予定です。
20210617 修正
(誤)対向車のヘッドライトが見えていたら侵入しないという暗黙の了解があったものな、
(正)対向車のヘッドライトが見えていたら進入しないという暗黙の了解があったものな、