04-04 旅行2日目(夜)
宿に荷物を置いたあと、とりあえず近くにあった店で卵を10個買い込んだゴロー。
「さてと、源泉はどこかな?」
卵の入った籠を抱えて、ゴローが源泉を探していると、モーガンに出会った。
「お、卵で何かするのか? 私が案内してやろう」
「お願いします」
素直に申し出を受け、モーガンに案内してもらうゴロー。
村の奥に源泉はあった。
「おお、すごい」
硫黄の臭いがぷうんとし、湯気がもうもうと立ちこめている。
「源泉の温度は……80度くらいかな? これなら十分だな」
村へ温泉を供給している管が出ている場所以外にも、池のようになってお湯を湛えている場所がいくつもあった。
ゴローはその1つに、籠ごと卵を浸けた。一応紐を付けてあるので、直接手をお湯に浸さなくて済む。
「なんだ、それだけか?」
「ええ」
拍子抜けのような顔をするモーガン。
「……どうなるんだ? ゆで卵と何が違う?」
「……そうですね……ええと、いい感じに半熟になる、といえばいいでしょうか……」
「ふうん?」
喋りながらもゴローは、感覚を強化して卵の様子を探る。
透視できるわけではないが、音の響き方の具合で、中身が液体か固体かくらいはわかるので、半熟になるタイミングを計っているのだ。
「そろそろいいな」
「……できた?」
「うおっ!?」
卵の茹で具合に全神経を集中していたので、サナが近づいてきていたことにもまったく気が付かなかったゴローであった。
「……意外と、美味しい」
「うむ。……こんな簡単な調理法でなあ……」
茹でたその場で、出来具合を味見するゴローたち。
「うん、半熟具合が絶妙だ。まずまず成功だな」
サナが5個、モーガンが4個、そしてゴローが1個食べ、10個の卵はきれいになくなったのだった。
* * *
「ほう、これはいいですなあ」
モーガンが気を利かせて村長にこのことを告げたので、再びゴローは温泉玉子を茹でることになった。
1度茹でて時間を把握していたので2度目は楽だった。
この源泉の温度なら、12分茹でれば丁度よい。
ゆで卵というのは珍しくないが、『温泉のお湯で』というところに観光地としての利点を見つけたのだろう、この情報提供によりゴローは10万シクロ(10万円相当)の礼金をもらったのである。
* * *
「美味しいわ」
「美味しいですね」
「うむ、美味い」
「姉上、美味しいですね」
両王族にも、この『温泉玉子』は好評だったようだ。
* * *
「ふああ、いい湯だ」
夕食後、ゴローは大浴場で1人ゆっくりとお湯に浸かっていた。
「やっぱり温泉は格別だな……」
『人造生命』の身体は、疲労が溜まるということはないが、精神的な疲れは溜まる。温泉は、それを癒やしてくれるのだ。
大浴場は露天風呂も併設されているので、ゴローはそちらへ行ってみることにした。
「おお、いい雰囲気だな」
外風呂には、小さな魔導ランプが1つ点いているだけで、かなり暗かったが、ゴローには問題はない。
「星見風呂だな」
湯船に浸かり、身体を伸ばして夜空を見上げると満天の星であった。
「ふわあ、暗いのです……」
「大丈夫、私に掴まっていて」
そこに聞き慣れた声が聞こえてきた。
「え、サナと……ティルダ?」
「え、あ、わ、ゴローさんなのです!?」
「何で2人がここに……」
と言いかけてゴローは気が付いた。
露天風呂は混浴なのであった。
(だから明かりが暗いのか……)
「大丈夫」
サナは平然としている。
「あわわ、サナさん、な、中へ戻った方が……」
一方ティルダは大慌て。
「ティルダ、落ち着いて。暗いから見えないし」
これは、半ば嘘である。ゴローにはこのくらいの暗闇は苦にならないのだから。
とはいえサナとティルダを凝視するようなことはしない。
「俺は向こう向いているから」
と告げて背中を向けたので、ティルダもようやく落ち着きを取り戻す。
「ほら、お湯に入ってしまえば、大丈夫」
「う、うう……」
それでもゴローに近づいていくのは恥ずかしいらしく、サナの陰に隠れるようにして歩き、ようやく浴槽に浸かると、
「ふわああ……」
と、ため息を漏らした。
〈……俺が入っているのわかってたろ?〉
ゴローは念話でサナに確認する。
〈うん。でも問題ないと思った〉
〈俺とサナはいいけどさ……〉
〈ティルダだって、それほど嫌がってはいない〉
〈そうかあ?〉
あまりそうは思えないゴローだった。
とにかく、ティルダが落ち着かないようなので、
「それじゃあ、先に上がるから」
と告げ、さっさと露天風呂を後にした。
〈気を使わなくてもいいのに〉
などとサナから念話が来たが、
〈ティルダにはちょっと刺激が強いと思うぞ。それにこのあと、他の男客が来るかもしれないし〉
〈……確かに。……まだ大丈夫そう?〉
〈ああ。こっちにはまだ俺しかいない〉
〈わかった。ティルダのことを考えて、早めに戻る〉
〈そうしてくれ〉
そしてゴローは脱衣所へ戻り、服を着ていく。
冷たい水の湧く水飲み場があったので、コップに酌んで一口。
「うん、冷たくて美味い」
そんなゴローの脳内では、コーヒー牛乳かフルーツ牛乳があればよかったのにな、と『謎知識』が囁いていたのだった。
服を着終わったゴローが出ていこうとすると、他の客3人とすれ違った。
〈サナ、客が3人、風呂場へ行ったぞ〉
一応念話で伝えておくゴロー。
〈うん、大丈夫。もう内風呂に戻ったから〉
すぐにそんな返事があったのだった。
* * *
寝室は1人ずつの個室。
ゴローとサナは『念話』で会話できるが、ティルダはそうはいなかい。
なので、午後10時頃まで、サナの部屋で談笑することにした。
「思ったより面白くないわね……退屈だわ」
もちろんここでは『木の精』のフロロも、
「ご主人様、夜明けまで警護させていただきます」
『屋敷妖精』のマリーも姿を現している。
「……そういえば、ネアとかローザンヌ王女とか、全然姿を見ないな」
とゴローが言えば、サナが答える。
「それは、国を挙げての使節だから。警護の騎士もいるし、間違いがあったら一大事だから、気軽に出歩けないのだと、思う」
「そういうことか」
サナの洞察力にはいつも驚かされるな、と舌を巻いたゴローであった。
「……で、ロウソクは?」
「あっ、忘れた」
温泉と温泉玉子にかまけて、すっかり忘れていたゴローなのであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月19日(木)14:00の予定です。
20200317 修正
(誤)湯船に浸かり、身体を伸ばして夜空を見上げると満天の星空であった。
(正)湯船に浸かり、身体を伸ばして夜空を見上げると満天の星であった。
(誤)「大丈夫、私に捕まっていて」
(正)「大丈夫、私に掴まっていて」