04-03 旅行2日目
『光の精』を喚び出す。
残念ながら、それは結果としてうまく行かなかった。
「この光源には、棲んでいなかったみたいね……」
悔しそうなフロロ。
「まあ、まだすぐに結論を出さなきゃいけないわけじゃないから」
ゴローも残念であったが、そう言ってフロロを慰めた。
「そうね……あ、もしかしたら大きなロウソクや焚き火の方がいいかも」
「ふうん?」
自然現象が魔力によって形を取ったものが精霊なら、人工的な光よりも自然にある光の方が喚び出しやすいのかな、と思ったゴローであった。
その日はそれでお開きとし、それぞれ寝室へと引き上げたのである。
* * *
そして2日目の朝が来た。
朝食は、パンにチーズを載せて焼いたものと絞りたてのヤギの乳。
「こういう食べ方も、美味しい」
サナも気に入ったようである。
「買っていきたいけど、ナチュラルチーズは放っておくと発酵がどんどん進んで味が変わるからなあ……」
屋敷にいるならともかく、旅の途中ではちょっとお勧めできない、と言うゴローに、
「うん、それじゃあ帰りに買っていく」
という諦め方をしたサナであった。
こうして、まずまずの朝食を済ませた後、出発前にゴローはモーガンに大事なことを聞いておくことにした。
「うん? でかいロウソク? ああ、野営用の荷物の中にあるはずだ。1〜2本だったら分けてやれるぞ。次の村に着いたら取りに来い」
「助かります」
季節から言って、暖炉に薪を入れて燃やすという行為は避けたかったので、ロウソクを探すことにしたのである。
それでモーガンに聞いたところ、分けて貰えることになったというわけだ。
「で、なにか面白いことするんだろう? 私も混ぜてくれよな」
「は、はあ……」
ま、モーガンにならいいだろうと諦めるゴローであった。
* * *
ゴトゴトと馬車は進んでいく。
前日と同じように、窓の外は代わり映えのしない風景が続いている。
「……退屈しないか?」
ゴローがサナとティルダに聞いてみると、
「うん、大丈夫」
「平気なのです」
という返事であった。
「うん、サナはまあわかるが、ティルダも?」
「はいです。普段できない、じっくり『作り方』を考察できるのですよ」
ティルダによれば、目的の物を作る際、より効率よく、より作りやすく、より精密に……どうやればいいだろうかと考えているそうだ。
例えば治具。
治具とは製作時のガイドになる補助具であるが、これを予め作っておくことで加工精度が上がるし、同じものを幾つも作る際にも役に立つ。
例を挙げれば花や花びらを作る際、また正確な形……正三角形や正方形の部品を作る際に役立つ。
基本的にこうした治具は職人の手作りなので、各々の特徴が表れるものだ。
それから手順。段取りと言ってもいい。
同じものを作るにせよ、作る順番によっては『待ち時間』が発生して、完成までの時間が変わってくる。
段取りで効率が変わる。
趣味ではなく仕事なのでこれも重要だ。
そして素材。
色や強度、コスト、加工しやすさ。それらを総合的に評価して、使いどころを決めていく。
大量生産ではないので、予め見極めておくことは重要だ。
「……プロだな」
「えへへ、ありがとうございますです」
ゴローに褒められた、とティルダは笑顔になり、再び思索に耽ったのだった。
* * *
1時間半ごとに小休止30分を挟み、午前11時半頃、中間地点に辿り着いた。
ここは小さな集落になっており、水の補給もできる。
「ああ、ほっとしたぞ」
炎天下、馬に乗りっぱなしというのも相当に辛いだろうなとゴローは少し同情した。
それでも熱中症にならないのは身体が頑健なのだろうと思う。
だが、それでも生物である。
「モーガンさん、休憩時には水をたっぷり飲んでくださいよ。他の護衛の皆さんも」
ゴローはそう助言し、気遣ったのである。
* * *
集落を出ると間もなく風景が変わった。
それまで続いていた、手入れの行き届いた林から、茂みの多い、暗い森へ。
「このあたりは人の手が入らないんだな」
「うん、多分王都から離れて、木材の需要がないから」
サナの言葉に、ゴローは違和感を覚えた。
「……あれ? それじゃあ、もっと遠くにあるジャンガル王国から木材を輸入しているというのは?」
矛盾しているんじゃないか、とゴローは思ったのだ。
「あ、それは運搬方法が違うからなのです」
ゴローの言葉を聞いたティルダは思索から覚め、新事実を教えてくれた。
「運搬方法? 違う?」
「はいです。ええと、ジャンガル王国には『古代遺物』があるのです」
「古代遺物?」
「はいなのです。それを使うと、重い物や大きな物でも楽々運べるのです」
「ふうん……」
トラックとかダンプカーとか、重機のようなものだろうか、とゴローの謎知識が囁いた。
だが、それは大きな間違いだったのだ。
「なんでも、『転移の筺』というものらしいのです」
「転移の筺?」
「……聞いたことがある。確か、ごくまれに出土する大昔の魔導具。中に入れたものを、特定の場所へ送り出す」
「へえ?」
そんなものがあれば、旅行が楽になるな、とゴローは思ったのだが、
「でも、生き物は送れない」
世の中、そううまくはいかないらしい。
「なぜか、はわからない。古代遺物とはそういうもの」
「……うん、まあ、わかった」
(しかし、だとするとジャンガル王国からルーペス王国へ、ロクでもないものを送ることだってできるだろうな……)
ゴローはちょっと怖い想像をしてしまう。
汚物とかゴミとかなら可愛い方で、劇薬や毒薬を送り込むことだって可能なのではないか。
そのため、ルーペス王国はジャンガル王国を軽く扱うことができないのではないか、という気にもなってくる。
(だから今回の使節派遣なのだろうか)
などと想像するゴローであったが、政治的な話にあまり首を突っ込むとロクなことがなさそうなので、それ以上考えるのはやめておくことにしたのだった。
* * *
午後は2時間に30分の休憩を挟み、日が暮れる前に『ワヒメカ村』に到着したのである。
「……湯気? それに、硫黄の臭い?」
馬車から降りたゴローは、特有の臭いを感じ取った。
「ここって、温泉があるのかな?」
「あるぞ」
ゴローの呟きに、モーガンが答えた。
「このワヒメカ村の売りは温泉だからな」
「あ、じゃあ温泉玉子も?」
「ん? なんだそれは?」
温泉玉子はないらしい、とゴローはがっかりした。だが、なければ作ればいいのである。
「卵は売ってますかね?」
「うん? ニワトリは大抵の村で飼っているからな」
「それはいいですね」
「……また何か、美味いものを作ろうと企んでいるのか? 私にも教えろよ?」
モーガンは、ゴローが何やら新しい料理を作ろうとしているのを勘付いたようだ。
「いいですよ。それじゃあ、夕食時にでも」
「うむ」
こうしてゴローは温泉の村『ワヒメカ村』で温泉玉子を作るべく動き出したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月17日(火)14:00の予定です。
20230904 修正
(誤)前日と同じように、窓の外は変わり映えのしない風景が続いている。
(正)前日と同じように、窓の外は代わり映えのしない風景が続いている。