03-19 再々訪
ハチミツレモン風の蜂蜜酒を持って、ゴローとサナは軽食堂『猫の手』へと向かった。
一昨日の約束通り、『習慣の違い』を聞きに行くためだ。
また、獣人が蜂蜜酒をどう評価してくれるか、というお試しでもある。
今回は面倒ごとに巻き込まれたくないため『足漕ぎ自動車』を使った。
時刻は午前11時、まだ混み合う前の時間だ。
「いらっしゃいませー」
と迎えてくれたアーニャに、
「やあ、習慣の違いを聞きに来たよ」
とゴローは声を掛けた。そして、今回も『日替わりサンドイッチ』とお茶を注文する。
「さぁびすですー」
今回も、末の妹ニーニャがクッキーと紅茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
定番のクッキーはいつもどおり優しい味であった。
そして間もなくサンドイッチも運ばれてくる。
「おまたせしましたー」
「お、美味そう」
この日はチーズハムサンドと玉子サンド、それにハムレタスサンドであった。
ゴローとサナはぱくぱくと瞬く間に平らげ、食後の紅茶をのんびりと飲む。その向かいにはアーニャ。
「ええと、習慣の違いでしたね」
そう言いながら、紅茶のお代わりを注いでくれた。
そして説明をしてくれる。
「まず、『草食系』と『肉食系』の獣人がいまして、食べ物の好み……いえ、食べられるものが異なっています」
『草食系』は文字どおり肉類は一切食べないという。
逆に『肉食系』は植物性のものも口にするそうだ。
「果物やお菓子類は双方食べますね」
「なるほどなるほど。仮にお客を迎える際には気を付けないといけないな」
ゴローは頷いた。
「そういうことになりますね。あとは宗教でしょうか」
「宗教か……」
これはいつの世でも難しい問題だな、とゴローは思った。
「私たち獣人は、基本的に『自然崇拝』です。地の精や水の精、火の精、風の精、木の精などですね」
「そうなんだ」
「はい。神様……は、創造神であって、世界を創造した後にお隠れになった、と言われています」
「ふうん……あまり宗教は話題にしない方がよさそうだな」
「そうですね。でも行事に参加されることがあるかもしれません。もしゴローさんたちが信じる宗教の禁忌になるようでしたら事前に断っておいた方がいいでしょうね」
「なるほどな。気を付けよう」
「それから……あ、家族について説明しておきますね。……家の中では、当然ですが家長が一番権力を持っています。次が正妻、以下第2夫人、第3夫人……となります」
「一夫多妻なのか?」
「はい、肉食系獣人は特に。草食系獣人は一夫一婦が多いです」
「ふむふむ」
「子供のうちは男女関係なく、年齢順に権力がありますね」
「そうなるのか」
「はい。成人はだいたい15歳ですが、そうなると独立して家を構えますので。あ、跡継ぎ以外は」
「ふうん……」
かなり参考になるな、とゴローはこういった説明を聞きに来てよかった、と思ったのである。
「それから……そうですね、同族同士の繋がりが強いですので、不用意に喧嘩を売るととんでもない人数を相手にすることになりますよ?」
「ああ、そんなことしないよ……」
「ふふ、ゴローさんたちはそんな感じですよね」
少なくともゴローは喧嘩っ早くないつもりだった。
「あ、そうだ、これは言っておきませんと……」
「え?」
「獣人は得てして嗅覚が発達してますので、香水には気をつけてください。嫌われます」
「そういうことはありそうだな」
ヒューマンの鼻にはかすかな香りでも、獣人にはきついことがあるのだと言う。
「その中では柑橘系は例外ですけどね」
「あ、そうなんだ」
ゴローにとってはちょっと意外だった。
「お花の香水は、きついのが多いので気をつけてくださいね。……あ、でも、ゴローさんもサナさんも、臭いは薄いですよね……」
「そ、そうか?」
ちょっとどきりとするゴロー。
『人造生命』であるゴローとサナには、生物としての『体臭』はないのである。
だが怪我の功名と言うべきか、食事を毎日摂っているおかげで、それらしい臭いがする……らしい。
「ええ、お身体を清潔にされているからなのか……ヒューマンとしてみたら薄いです」
そういうヒューマンは獣人に好かれる、とアーニャは言った。
「はは、嫌われるよりいいよな」
ゴローは笑って誤魔化すことにした。万が一にも人造生命であることを知られたくはなかったから。
「……そういえば、獣人の人たち自身の体臭は?」
サナからの質問である。
「そうですね、私たちは鼻がいいので感じますけど、ヒューマンの方には臭わないんじゃないでしょうか?」
「まあ、そうだな」
ちょっと意外である。
確かに、身体能力をぐんと上げない限りアーニャたちの体臭は感じられなかった。
「総じて獣人は水浴びが好きですから、ヒューマンの方が感じるほどの臭いはないと思います」
「確かにな」
「ジャンガル王国には温泉も湧いていますし、国民は総じてお風呂好きですので、体臭は薄いと思いますよ」
「そういうことか」
鼻がいいだけに、きつい体臭は我慢できないので皆身綺麗にするというのは理屈に合っているな、とゴローは思ったのだった。
「普通に毎日水浴びをしますからね。……あ、そうだ、こっちより湿気はメチャ多いですよ?」
ゴローたちと話を続けていくうちに、アーニャの喋り方もだんだんフランクになってきた。
「水浴びをするのか……」
ゴローとサナは堪えないが、ティルダには堪えそうだとゴローは思った。
(……まあ、馬車の中だけなら魔法で何とかできるだろう)
「もうなかったかな……あ、椅子の形も違うかもですね」
尻尾が邪魔にならないように座面の後ろに穴が空いていたり、背もたれのないスツールが多かったりもする、とアーニャは説明してくれた。
「まだ夏だからいいですけど、春先は体毛が抜けるので抜け毛が凄かったりもしますね」
「ああ、ありそうだな」
* * *
かなりいろいろな話が聞けて有意義だった。
「ありがとう。参考になったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
ここでゴローは、持ってきた蜂蜜酒の入った瓶を差し出した。
「お礼を兼ねて、飲んでみてくれないか?」
「ありがとうございます。なんですか、これ?」
「ハチミツで作った酒なんだ。そこにレモンの汁を混ぜて飲みやすくしてある」
「へえ……珍しいものですね」
「ジャンガル王国へ行く時の手土産になるかな?」
「ああ、そうですね。それじゃあちょっと、失礼して……兄さーん!」
アーニャは料理長の兄アロスを呼んだ。
「……何だ?」
「ええと、ゴローさんがこのお酒……ハチミツから作ったお酒の味を見てほしいって」
「へえ? ハチミツから作った酒ですか?」
アロスは料理人らしい興味を持って酒を見つめた。
「あまり強いお酒じゃないので、業務中でも一口二口なら大丈夫かと思います。それに、飲みやすくするためレモン汁を加えてますし」
ゴローは説明した。
「そうなのですか。では、味見をさせていただきます」
ガラスのコップに少し蜂蜜酒を入れ、明かりに透かしてみるアロス。
「綺麗な金色ですね」
そして一口。
「……これは……レモンの酸味と、ほのかなハチミツの甘味、そしてお酒としての味……なかなか……いや、とても美味しいです」
「それはよかった。これ、ジャンガル王国への手土産になると思いますか?」
「ええ、それはもう! ……向こうにはハチミツの生産地がありますからね。もし作り方を教えてくだされば、大きな感謝と多額の礼金をもらえるのではないでしょうか」
「そんなに……ですか」
「そんなに、です」
料理長であるアロスのお墨付きももらえたので、ゴローはほっとした。
そしてお客が入ってきたので、話を聞くのもそれまでとし、ゴローとサナは屋敷へ帰ったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月5日(木)14:00の予定です。
20200303 修正
(旧)「子供のうちは男女関係なく、年齢順ですね」
(新)「子供のうちは男女関係なく、年齢順に権力がありますね」
(旧)「はい。成人はだいたい15歳ですが、そうなると独立して家を構えますので」
(新)「はい。成人はだいたい15歳ですが、そうなると独立して家を構えますので。あ、跡継ぎ以外は」
20200612 修正
(旧)……あ、そうだ、こっちより湿度はメチャ高いですよ?」
(新)……あ、そうだ、こっちより湿気はメチャ多いですよ?」
20210217 修正
(旧)ゴローとサナには堪えないが、ティルダには堪えそうだとゴローは思った。
(新)ゴローとサナは堪えないが、ティルダには堪えそうだとゴローは思った。




