03-18 準備……?
『屋敷妖精』のマリーに続いて、『木の精』のフロロも旅行に付いて(憑いて)いく、と言いだした。
「……だけどフロロはあまり長く本体から離れていられないんじゃなかったっけ?」
ゴローが言うが、フロロは首を横に振った。
「ふっふっふ、それがそうじゃないのよ。実は秘術があるの!」
「秘術?」
「裏技とも言うけどね」
「……どうするの?」
サナも気になったと見え、フロロに尋ねた。
「あのね、これを使うのよ」
フロロの手には種が一粒。
「これを植木鉢に植えて、芽を出させるの。そうすればそれはあたしの分身。枯れない限りずっと一緒にいられるわ」
「……すごい」
サナに感心されて、フロロは鼻高々だ。
「そうでしょうそうでしょう! あたしって凄いんだから! ゴロー、植木鉢と土を用意してちょうだい」
「はいよ」
ゴローも興味があったので、さっそく準備しようと立ち上がった。
「……植木鉢ってあるのかな?」
「はい、ご主人様。植木鉢でしたらございます」
マリーが、前の住人が使っていたものを洗ってしまってくれていたようだ。
もう暗かったが、ゴローの目とマリーの能力の前には、倉庫の暗闇も昼間のように見えている。
「こちらに置いてあります」
マリーが指差した倉庫の隅には、植木鉢が幾つも伏せて置かれていた。浅鉢、深鉢、陶器の鉢。
「お、このくらいでいいかな」
素焼きの植木鉢が幾つかあったので、直径12セルほどのものを選んだ。
そして、鉢底の穴に平たい石をあて、底の方にはやや粗い土を、その上には普通の土を入れた。
ちなみに、屋敷の庭の土はみな養分に富んでいるので、腐葉土や堆肥を混ぜる必要がない。
「これでいいかな?」
15分ほどで戻ったゴローは、フロロに鉢を見せた。
「うん、まあまあね」
頷いたフロロは土に指で穴を空け、種を埋めた。
「お水を注いでちょうだい」
「はい」
フロロに頼まれたマリーが、如雨露で水を注いだ。
「……芽を出せ、芽を出せ。伸びろ、伸びろ。育て、育て……」
フロロは種を植えた植木鉢に掌をかざし、力を注いだ。
すると1分ほどで小さな芽が顔を出し、双葉が開いたのである。
「……これでいいわ。あとは枯らさないように、時々水をあげてちょうだい」
「うん、わかった」
これでマリーとフロロの分身が旅に同行できるようになったのである。
* * *
着替えその他の旅支度はマリーが全部やってくれたので、ゴローもサナもティルダも、なにもすることがなかった。
ただティルダは、留守にする間、アクセサリーの納品ができなくなるので、その分を頑張って余計に作っていた。
また、ゴローは日保ちする菓子類を作らされていた。
和三盆もどき……これは王城で正式に茶菓子として採用され、『純糖』という名称に落ち着いたらしい。
(完全に純粋な砂糖というわけでもないんだけどな……)
とゴローは思ったが、それは些細な話。
それを大量に作った、その後。
「ゴロー、パウンドケーキ、作って」
「わかってるよ」
ティルダに篩と型を作ってもらったので、ゴローはさっそくパウンドケーキを作り始めた。
1回目はドライフルーツも酒も入れず、プレーンなものとしてみた。
小麦粉(薄力粉)は篩に掛け、ダマ(固まり)を取り除く。本来ならベーキングパウダーを入れるのだが、ないので重曹を少しだけ混ぜた。
無塩バターと砂糖をよく混ぜ、卵(全卵)を入れてさらに混ぜる。このとき、卵はいっぺんに入れず、小分けにして入れると混ぜやすい。
そこへ粉を入れ、切るように混ぜる。この時、練らないのがコツだ。
練ってしまうと粘りが出て綺麗に膨らまなくなるのである。
それを型に入れ、オーブンで焼くのだ。
高温で焼くと外側が焦げているのに中が生焼けということになりかねないので温度管理は重要である。
* * *
「……できた」
「味見」
オーブンから取り出したパウンドケーキを、味見と称してサナはさっそく一切れ口へ。
「……うん、お城で食べた味とだいたい同じ」
「だろうな」
「これより美味しいの、作れるの?」
「多分」
「うん、楽しみ」
基本を押さえたゴローは、オリジナルレシピに取り掛かった。
ベースになる材料は同じだが、ウイスキーを少しだけ混ぜることで香りがよくなる。アルコール分は熱で飛んでしまうので、お酒に弱いティルダが食べても問題ない。
「ドライフルーツも入れよう」
干しぶどうと干し木イチゴを混ぜてみた。
「……あ、いい匂い」
焼いてみれば、匂いからして違う。
「少しウイスキーを入れたからな」
そして焼き上がったものは……。
「ゴロー、これ凄く美味しい!」
サナが大喜びする味になったようだ。
水を一切使っていないので、夏でも5日くらいは保つはずである。
そこへさらに『屋敷妖精』のマリーが使える『保存結界』を張った箱に入れておけば10日以上保つだろうとゴローは当て込んだ。
木で作った密閉度の高い箱。ちょっと茶箱に似ている。
「マリー、この箱に『保存結界』を掛けられるか?」
「はい、このくらいの箱でしたら問題ございません」
「ええと、あと2つあるんだが」
「はい、お任せください」
これで旅の途中にも甘味を楽しむことができるな、とゴローはほっとした。
「あとは……クッキーを焼いておくか」
パウンドケーキよりさらに日保ちする菓子として、ゴローはクッキーも焼いた。バター多めで焼いたのでバタークッキーと言えるだろう。
これにもドライフルーツを入れたバージョンを用意しておくゴローであった。
「もうないかな……」
作れそうなものはあるが、材料がなければ作れない。
手持ちの材料で作れそうな甘味はもうないだろうかとゴローは考え……。
「俺は菓子職人か」
自分でツッコミを入れたのだった。
* * *
「……ふう、やっとできたのです」
2ヵ月分のアクセサリーを頑張って作っていたティルダは、ようやく全ての作業を終え、ほっと一息ついた。
「納品すれば終わりなのです」
もう夕方なので、それは明日にする。
「うーん、材料が少し余っているので、お土産を作っておくのです」
ジャンガル王国へ行くのだから、向こうで自分の作品を見せる機会もあるかもしれないと、残った材料と時間を使い、ティルダは指輪、ブローチ、髪飾りを拵えていくのだった。
* * *
「あとは……これか」
仕込んでおいた『蜂蜜酒』がそろそろできあがる頃なので、ゴローは確認する。
アルコール発酵したため、二酸化炭素の泡がぷつぷつと出ていた。
「うん、これならいいだろう」
小さじで掬い、味見。
「……うん、いい感じだな」
アルコール度数5度くらいかな、と判断。
要は糖分がアルコールになるわけなので、発酵が進むにつれ糖分は減る。つまり甘くなくなるわけだ。
サナの好みに合わせるなら、甘味が残っているうちに終わらせるのがいいだろうとゴローは思った。
そこで上澄みを濾し取り、『殺菌消毒』を掛けることで発酵を止めたのである。
「うーん、……ハチミツを少し足して、レモン汁も入れたらどうかな?」
ハチミツレモン風の蜂蜜酒もいいんじゃないかな、と思い、両方作っておくことにしたゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月3日(火)14:00の予定です。
20200301 修正
(誤)すると1分ほどで小さな目が顔を出し、双葉が開いたのである。
(正)すると1分ほどで小さな芽が顔を出し、双葉が開いたのである。
<◎>
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(誤)基本を抑えたゴローは、オリジナルレシピに取り掛かった。
(正)基本を押さえたゴローは、オリジナルレシピに取り掛かった。