03-17 褒美
モーガンはようやくこの日の来訪目的を口にした。
「ゴローが、派手な式典は好きではないだろうから、こうして私が感謝状を持ってきたのだよ」
「あ、そうだったんですか」
「うむ。『ゴロー殿、貴殿は来賓に危険が迫った際、誰よりも早く行動を起こし、見事賊を2名取り押さえた。それを讃え、ここに評するものである』」
唐突に感謝状の文面を読み上げるモーガン。自由な人だなあとゴローは内心苦笑しつつも、登城するというような煩わしさがないことに感謝してもいた。
「光栄です」
手渡された感謝状を一応、恭しく受け取るゴロー。
「……こういうものって、どうするのがいいんでしょう?」
しまい込んでおく方がいいのか、それとも……。
「額に入れて、応接室や執務室に飾るのが一般的だな」
「……そうですか」
応接室は照れくさいから、自室に飾ろうとゴローは思ったのである。
「それから、これが褒美の品の目録だ」
「……そういうのもあるんですか」
「あたりまえだ。国からの正式な感謝状が出たんだぞ? 勲章が授与されてもいいくらいだ」
「……勘弁してください」
本気で嫌そうな顔をするゴロー。
モーガンはそんなゴローを見てふ、と笑った。
「そう言うだろうと思ったから、勲章ではなく褒美にしてもらったんだ」
どうやらこれもモーガンの心配りだったらしい。
「……ありがとうございます」
「ということで、ほれ」
どかんとテーブルに置かれたのは金貨の入った袋であった。
「使いやすいように小金貨にしてもらってある」
「え、ええと、幾ら入っているんですか?」
かなり重そうな音がしたなとゴローは感じていた。
「多分100万シクロだろう」
「……多いのでは?」
だが、モーガンは首を振った。
「逆だ。国の面子を守ってくれたんだからな。しかしそうそう大金を出すわけにもいかんので、名誉も同時に……というわけで感謝状というわけだ」
「……なるほど」
ここでサナがフォローを入れた。
「つまり、その金額が救ってもらった人の命の値段と思われてしまうということ。……だから、プライスレスな『名誉』も同時に与えるのが為政者」
モーガンは苦笑した。
「はは、サナちゃんはそうした裏事情に詳しいようだな」
「おかげさまで」
そして最後に、ジャンガル王国への旅についての話となった。
「……あとは、ジャンガル王国へ行く日程についてだ。8日後、つまり9の月になったら出発だ」
「わかりました」
「4人乗りの馬車が1台用意される。……同行者はティルダちゃんか?」
「あ、はい」
「そうか。なら、荷物はかなり積める……が、そんなにはないだろうな」
「はい」
ゴローたちだけで馬車を1台使わせてくれるらしい。
(それなら落ち着けるな……まずはよかった)
少しほっとしたゴローであった。
「モーガンさん、ジャンガル王国って、宝石類は喜ばれるのです?」
ここでティルダからの質問が出た。
「うむ、それなりには流通しているな。……が、すまん、どんな種類の宝石が喜ばれるかとか、流行っているか……は私にはちょっとわからん」
済まんな、と謝るモーガン。
「い、いいえ、お気になさらず、なのです」
ティルダも慌ててフォローした。
「……今度ネアが来たら聞いてみるといい」
サナが言った。
「おそらくだけど、ジャンガル王国に招待してくれてるんだから、最低でも一度は説明に来るはず」
「そうだろうな」
モーガンもサナの言葉に同意したのだった。
* * *
「……ところでゴロー」
必要な話が全て終わったらしいモーガンは、いつもの調子に戻り、
「例の、蜂蜜酒はできたか?」
と尋ねてきた。
「……まだですよ。そんなに早く出来ませんよ」
「そりゃあ残念」
蜂蜜酒は、天然ハチミツを水で薄め、適当な温度で保存することでできあがる。
天然ハチミツには大抵酵母菌が混じっているからである。
だが、ハチミツの糖度では発芽・繁殖できないため、水で薄めてやるわけである。
摂氏25度くらいだと5日から7日くらいだろうか。発酵による二酸化炭素の泡の出具合で判断できる。
ただし、現代日本では、アルコール度数の高いものを作ってしまうと法に触れるので、念のため。
ゴローたちの世界ではそんなことはない。
「少なくとも明後日以降でないと、お酒とはいえないと思いますよ」
「そうか、それならその頃また来よう」
「……!」
「!」
余計な情報を教えた、ということでゴローはサナにつねられてしまった。
痛くはないが、サナの気持ちが伝わってきたので、念話で謝っておくゴローであった。
〈ごめん〉
〈……甘いもの、考えて〉
〈わかったよ。明日、パウンドケーキ作ってやるから〉
〈うん、許す〉
そういうことになった。
* * *
結局、いつもどおり夕方までモーガンはのんびりしていった。
ついでなので何か、『これがあったら便利』というものはないか、と質問したところ、
「ゴローが作った菓子類は、多分ジャンガル王国にはないぞ」
というアドバイスをもらったので、サナのおやつも含め、日保ちする甘味をせいぜいたくさん作っておこうと考えるゴローであった。
そして、モーガンが帰った後。
「ティルダ、鉄の板でこういう容器を作ってくれないか?」
ゴローは絵を書いてティルダに見せた。
それは長方形をした容器。
「できますです。すぐにいります?」
「うん、明日には欲しいな」
「わかりましたのです。任せてくださいなのです」
これは、パウンドケーキを焼くための『型』である。
「あとは……『篩』が欲しいな」
材料の小麦粉を篩に掛けずに使うと、ダマになった粉が食感を悪くするのだ。
こちらは市販のものがあるようなので、買いに行ってこようと決めたゴローである。
「それにラム酒……はあるのかな?」
なければ安いブランデーでいいか、と割り切ることにした。
「それから……ああ、ドライフルーツがあるといいな」
木イチゴ類と干しぶどうは手に入る。
「ジャンガル王国には、もしかしたら珍しい果物があるかも……」
ゴローのそんな呟きを聞いたサナも楽しみにしているようであった。
* * *
「ご主人様、わたくしもお連れくださいませんか?」
その日の夕食時、『屋敷妖精』のマリーがそんなことを言い出した。
「え……屋敷から離れて、大丈夫なのか?」
『屋敷妖精』は憑いている屋敷からはあまり離れられないのである。
「そこは、これを使います」
マリーが差し出したのは古いレンガ。
「先日、台所の修理をいたしまして、竈を新しく作り直しました。その時出た廃材です」
「うん」
「これがあれば『分体』を憑かせてご一緒できます」
「そ、そうなのか」
「はい。ご主人様の魔力でしたら十分に」
とそこに、
「あー! だったらあたしも行く行く!」
と、『木の精』のフロロも顔を出したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月1日(日)14:00の予定です。
20200227 修正
(誤)名誉も同時に……とうわけで感謝状というわけだ」
(正)名誉も同時に……というわけで感謝状というわけだ」
(誤)痛くはないが、サナの気持が伝わってきたので、念話で謝っておくゴローであった。
(正)痛くはないが、サナの気持ちが伝わってきたので、念話で謝っておくゴローであった。