03-16 嫌がらせ
ゴローの思いっきり手加減したパンチで、サナにナイフを突き付けていた男は吹き飛んだ。
空き屋敷の塀にぶち当たり、そのまま気を失って動かなくなる。
(あー……まだうまく『強化』状態でうまく身体を使えてないか)
サナに言われて少し練習したのだが、まだまだのようだ、とゴローは思いながら、男たちと対峙していた。
「て、てめえ!」
「……襲ってきたということは、返り討ちに遭うかもしれないということだぞ?」
微妙に聞いたことがあるようなないようなセリフを口にしながら、ゴローは2人目の男を『軽く』殴りつけた。
「ぶべっ!」
男は吹き飛び、後ろにいた1人を巻き込んで路上にぶっ倒れる。
「……こ、この野郎……」
「さて、お前はどうする? ……まあ、サナにナイフを向けた以上、許すつもりはないんだけどな」
「そ、それは俺じゃな……ひぎゃっ!」
確かにそいつはナイフを構えてはいなかったので、殴るのではなく、平手で頬を軽く『撫でる』に留めておいた。
だがそれでもその男は見事な4回転ジャンプを決め、崩れ落ちたのだった。
「サナ、大丈夫か?」
ゴローは急いでサナに駆け寄り、その喉を確認する。
白い肌には傷1つ付いていなかった。
「ゴロー、大袈裟」
「だけど、俺のナイフみたいな魔導具だったらどうする?」
「……うん」
「まあ、怪我がなくてよかった」
その時、ゴローが直接殴らなかった男がもそもそと起き上がって逃げようとしていた。
「待て」
『強化』が掛かっているので一瞬で男の目の前に移動したゴローは、
「仲間を見捨てて逃げるのか?」
と、にやりと笑いながら尋ねた。
「ひい!」
腰を抜かす男を見て、少し気が抜けるゴローだった。
* * *
「……お、俺たちは金をもらって引き受けただけなんだよ!」
他の3人はまだ気絶したままだったので、1人意識のある男を尋問するゴローとサナ。
「誰から?」
「わ、わからねえ!」
ゴローは無言で、拾い上げたナイフを曲げてみせる。
ナイフは弧を描いたあと、鈍い音を立てて2つに割れた。
「ひいい! ほ、本当だよ! そいつは帽子を被り、マスクを付けていたから!!」
どうやら本当らしいと、ゴローは質問内容を変えることにした。
「そいつの背格好は? 年は幾つくらいだと思う?」
「え、ええと、背は俺くらいだった。年は……うーん、年寄りじゃない気がする……声の具合では」
「そうか。……で、幾らもらった?」
「よ、4人で4万シクロ」
(4万円……か。高いんだか安いんだか……)
ゴローたちから金を脅し取れれば上々なのだろうが、返り討ちにあって治療費が掛かるとなると赤字になるかもしれない。
(それにしても、どうしてこういう奴らって返り討ちに遭うかもしれないっていう発想がないんだろう)
まあ、だからいつまでもチンピラのままなのかもな、とゴローは心の中で考えていた。
「……わかった。もういいよ」
小さく溜め息をついて、ゴローはポケットを探ると、小金貨2枚を取り出した。
「ほら、お仲間の治療費にでも使いなよ」
今は持ち合わせがこれしかない、と言って男に握らせる。
「さ、行こうぜ」
「……ゴロー、気前がいい」
サナにそう言われたが、
「いや、なんか弱いものいじめしたみたいな気がしてさ」
と答えたゴローである。
「うん、そういう面はある」
サナもそう返事をし、くすっと笑ったのだった。
後に残ったのは、気絶した仲間3人を助け起こす男だけだった。
* * *
「結局、目的がわからないな」
「うん」
可能性の1つとしては、以前ゴローを銃で狙った相手だが、あれはマッツァ商会が納品するのを邪魔しようというような意図が見えていた。
「今回は……ジャンガル王国に行かせないようにする、とか?」
可能性の1つとしてサナが口にした。
「それってどういう意味があるんだ?」
ゴローとサナがジャンガル王国に行くと、誰が、どんな不利益を被るのかさっぱり見当が付かない。
「……わからない」
サナも、見当が付かないと首を傾げたのだった。
屋敷までは、それから5分くらいで着いた。
「モーガン様がお見えです」
2人が帰ると、『屋敷妖精』のマリーがそう教えてくれた。
「おおゴロー、お邪魔してるぞ」
日除けの下でモーガンはティルダと一緒に冷たいジュースを飲んでいた。
「あ、モーガンさん、いらっしゃい」
ゴローとサナも日除けの下のテーブルに座った。
すぐにマリーがジュースを出してくれる。
「ありがとう」
ジュースはよく冷えていて美味しかった。
「『猫の手』に行ってきたんだって? 何か聞いてきたのか?」
ゴローたちが一息つくのを待って、モーガンが口を開いた。
「ええ。ジャンガル王国を訪問する際の注意なんかを」
「なるほどな。それはいいことだ」
モーガンは頷いた後、
「……実は、捕らえた闖入者のことで来たのだ」
と真面目な顔で言った。
「……はい」
ゴローも、真剣に耳を傾ける。
「端的に言うと、奴らは『プルス教信者』だ」
「プルス教ですか? あ、前に聞きましたっけ」
以前、当のモーガンから聞いたことを思い出したゴロー。
「……ヒューマン至上主義の連中」
「そう。サナちゃんも覚えていたか。……奴らはヒューマンが至上の人間であると公言してはばからない連中だ」
「……クリフォード殿下がリラータ姫と踊ったのが気に入らない、とか?」
「まあそんなところらしい。元々、王女殿下一行に嫌がらせをするつもりだったらしいが、お二方が手を携えて踊ったのが切っ掛けになったようだ」
王城にもそんな兵士が何人かいたことが残念だ、とモーガンは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……しょうもない、連中」
珍しくサナが感情を表し、吐き捨てるように言った。
「まったくだ。……まあ、逆恨みを受けないよう気を付けろよ?」
「……ちょっと遅かったかも」
モーガンの言葉に、サナが返した。
「うん? 何かあったのか?」
「ええ、実は……」
『猫の手』からの帰り道、チンピラに襲われたことをゴローは説明した。
「なるほど、そいつらは嫌がらせのために雇われた可能性はあるな」
というより、それ以外の可能性があまりにも小さすぎる。
「ゴローが咄嗟に体当たりで2人を吹き飛ばしたことや、ネア殿と仲がよさそうだったことなどから目を付けられた臭いな」
「……いい迷惑ですね」
「すまんな。放置しているわけではないのだが、奴らはなかなか尻尾を出さん」
そしてモーガンは居住まいを正し、
「……最後になったが、ゴロー、改めて感謝する」
と言って頭を下げた。
「ど、どうしたんですか!?」
モーガンの態度に慌てるゴロー。
「場合によっては、我が国とジャンガル王国との国交断絶ともなりかねなかったのを未然に防いでくれたことに対してだ」
「えっと、陛下にも感謝されましたからもういいですよ」
「そうはいかん。前回のものは陛下個人の礼であって、今回は国としての礼なのだ」
そう前置いて、モーガンは改めて語り始めたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月27日(木)14:00の予定です。
20211210 修正
(誤)
「プルス教ですか?」
聞いたことのない宗教なのでゴローは聞き返した。
「……ヒューマン至上主義の連中」
モーガンが答えるより早く。サナがぽつりと呟く。
「そう。サナちゃんは知っていたか。……奴らはヒューマンが至上の人間であると公言してはばからない連中だ」
(正)
「プルス教ですか? あ、前に聞きましたっけ」
以前、当のモーガンから聞いたことを思い出したゴロー。
「……ヒューマン至上主義の連中」
「そう。サナちゃんも覚えていたか。……奴らはヒューマンが至上の人間であると公言してはばからない連中だ」
02-01 でモーガンから教会について説明を受けていました……