03-15 情報収集
宮廷晩餐会があった翌日、ゴローとサナは思い立って軽食堂『猫の手』へ行ってみることにした。
時刻は午前11時頃で、まだサーカスはやっている時間帯だ。なので空いているだろうというわけである。
そしてそれは当たっていた。
「いらっしゃいませー……あ、お久しぶりですね」
ゴローとサナを見て、黒猫獣人のアーニャが声を上げた。
「日替わりサンドイッチとお茶を2人分ください」
「はい、かしこまりました」
アーニャは明るく笑って奥に、
「兄さん、日替わりサンドイッチ2人前!」
と声を掛けた。
そして、
「さぁびすです」
と、以前と同じように末の妹ニーニャがクッキーと紅茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
サナが頭を撫でてやると、『んふふー』とニーニャは微笑み、奥へ下がっていく。その後ろ姿では黒い尻尾がふりふり揺れていた。
「……可愛い」
「だな」
そして紅茶を一口飲み、クッキーを3個ほどかじった頃、サンドイッチが運ばれてきた。
「お待たせしました」
「……美味しそう」
日替わりサンドイッチ、この日はハム系が多めだった。もちろん野菜もたっぷり入っている。
「いただきまーす」
身体維持のための食事は必要としないゴローとサナではあったが、『楽しみ』としては別である。
今ではすっかり人間と同じく、食事を楽しんでいた。
もう1人前お代わりをし、半分ずつ……いや、3分の2をサナが、残りをゴローが食べ、2人は満足して紅茶のお代わりを頼んだ。
そしてのんびりと食後のティータイム。
時刻は11時半ころ、まだお客は来ない。このあと、サーカスが終わるとどっと溢れるようにやって来るのだろう。
「この前、リラータ姫様にお会いしましたよ」
とゴローが言うと、ウエイトレスをしているアーニャが文字どおり飛んできた。
「えっ! 凄いですね、お客さん! ……お綺麗だったでしょう!?」
「あ、うん」
その食いつきように少し引くゴロー。
(やっぱり、姫様は人気あるんだなあ……)
「従妹のネアさんとも知り合いになった」
サナが付け加えると、
「ああ、ネアちゃん! 方向音痴だけど可愛いですよね!」
との反応が。
どうやら方向音痴というのは周知の事実らしいとゴローは内心で苦笑した。
「それで昨日、晩餐会に出てきました」
「ええっ!!」
厨房からも大声が響いてきた。
どうやら料理長の長男、アロスの声らしい。
「おにいちゃん、おねえちゃん、おしろいったの? すごいなー」
末妹ニーニャも羨ましそうだった。
「それでいろいろあって、今度ジャンガル王国へ行くことになったんだけど」
「あ、そうなんですか」
「それで、いろいろ教えてもらいたいなあと思って」
「ええ、いいですよ。知っていることなら何でもお答えします」
と、アーニャが言ってくれたので、ゴローはその言葉に甘えることにする。
とはいえ、お客が増えてきたらまずいから、知りたいことを重点的に、だ。
「ええと、まずは『これはしちゃいけない』ことってあるかな?」
基本的に人種、文化が違えば、禁忌とされるものも違うだろうとゴローは考えていた。
「そうですね……よくあるトラブルが、耳と尻尾を触ることですね」
「ああ、やっぱり。……うん、気を付けよう。頭を撫でるのはいいのか?」
「はい、小さな子を褒めたり可愛がったりする際に頭を撫でるのは大丈夫です」
その際に耳を弄ったり尻尾に触ったりするのは駄目だということである。
「でも、向こうから尻尾を触れさせてくることってあるんじゃないかな?」
猫、という小動物と遊んでいると、往々にしてそういうことがある。
「その場合でも、こちらから触れていかない方がいいです。特に周りに人がいるときは」
恋人同士ならいいんですが、とアーニャは言って少し頬を染めた。
「で、他にしちゃいけないことは?」
「そうですね……あ、逆なんですが、初めて会った時に、相手の匂いを嗅ぐことがあるんですが、あまり強く拒絶しないであげてください」
「ははあ……」
犬や猫がするような仕草だろうか、とゴローは考えた。
そうした時に突き飛ばしたり怒鳴りつけたりするなということだろう。
「他には?」
「あとはそれほど。……ああ。こちらと違って食事は生肉が多いかもです」
「なるほど」
そういう話は聞いておいた方がいいな、とゴローは、
「こっちと違う習慣って、まだあるのかな?」
と、さらに質問をする。
「そうですね……あ、いらっしゃいませ!」
お客が1人入ってきた。ゴローもそろそろ切り上げ時かな、と腰を浮かす。
そんなゴローにアーニャは、
「あのっ、明日……は定休日なので明後日、またいらしていただけますか!?」
と声を掛けてきたので、無言で頷いて見せ、ゴローとサナは『猫の手』をあとにしたのであった。
* * *
「あと、買っておかなきゃならないものってあるかな?」
帰り道、ゴローはサナと話しながらゆっくり歩いている。
「食料、水……は、俺たちの場合最小限でいいしな」
「うん。でも、甘いものは食べたい」
ぶれないサナはそんなセリフを口にした。
「向こうはハチミツがあるというからな。逆になさそうなものって何だろう?」
「……それも明後日聞いてみた方がいい」
「そうだな」
そんな話をしながら、屋敷に通じる『北西通り』に近づいた時。
〈……ゴロー、『強化』を〉
サナから念話で指示が出された。
こういう指示には慣れているので、ゴローは質問をせず、即従った。
〈『強化』〉
ここまでで、サナからの念話を受けてから0.5秒。
その1秒後に、2人の前に4人の男が現れた。
覆面をしており、目の周りだけしか見えていないため人相はわからないが、ヒューマンのようである。
手にはナイフを持っている。
ちょうど人通りの少ない場所で、両側は空き家が建ち並ぶエリアである。
「ちょっと待ちな」
「……何だ?」
4人のうち2人が行く手を塞ぎ、残る2人は退路を塞いだ。
「お前、金回りがいいらしいじゃないか。少し俺らにも分けてくれよ」
「……今はたいして持っていないが」
そうそう大金を持ち歩くはずがないだろう、と言ってやると、金を寄越せと言った男の顔……というか見えている目の周りが赤くなった。
「うるせえ! なら、屋敷に戻って金を取ってこい!」
「嫌だと言ったら?」
「……この女がどうなってもいいのかよ?」
「え?」
見れば、サナの首筋にナイフが当てられていた。
「ふひひ、俺がこのナイフを引けば、どうなると思う?」
「……さあ、何も起きないと思うけど」
実際、サナの皮膚がナイフの刃で傷つけられるとは思えない。
おまけに今は『強化』を掛けているので、デフォルトの4倍くらいの強度になっているはずなのだ。
「ふ、ふざけるなぁ!」
「いや、ふざけてはいないけど」
冷静にゴローが言い返すと、男は激高した。
「これを見てもまだそんなふざけた口をたたけるかな?」
サナの首筋にナイフを当てていた男は、僅かにそれを引いて……。
「……ん?」
全く切れないことに、一瞬首を傾げた。
そこでゴローはすかさず、
「馬鹿だな。ナイフの刃が逆向きだよ」
と言ってやると、
「あ?」
男は慌ててナイフを確認し、
「逆じゃねえじゃねえか……げふっ」
その隙にゴローのパンチが顔面に決まったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月25日(火)14:00の予定です。
20200223 修正
(誤)「……それも明日聞いてみた方がいい」
(正)「……それも明後日聞いてみた方がいい」
20200623 修正
(旧)覆面をしており、人相はわからないが、ヒューマンのようである。
(新)覆面をしており、目の周りだけしか見えていないため人相はわからないが、ヒューマンのようである。
(旧)金を寄越せと言った男の顔が赤くなった。
(新)金を寄越せと言った男の顔……というか見えている目の周りが赤くなった。