03-13 呼び出し
盛り上がりに欠けながらも、晩餐会は終了した。
アーレン・ブルーがお手洗いに行く、というタイミングでゴローも行くことにした。
普通の人間がトイレに行くタイミングというものがわからなくなっていたのだ。
大広間から少し離れたところにトイレはあった。
適当に個室で時間を潰し、何食わぬ顔で出るゴロー。
が、戻る途中、ゴローは見知った顔に呼び止められる。
「ゴロー君」
「……え? ……あ」
以前『隠密騎士』と名乗ったトーマ・テンポだった。横には、薄い茶色の髪をショートカットにした若い小柄な女性が控えている。
「ちょっと話、いいかな?」
「あ、はい」
「それじゃあ僕は先に行ってますね」
気を利かせてアーレン・ブルーは先に大広間へと戻っていった。
ゴローはトーマ・テンポに、トイレ横の小部屋に案内された。女性も一緒だが、何も喋らない。
「さて、君の活躍で、国家間の危機が救われたわけだが」
トーマ・テンポはそう切り出した。
そして、
「ゴロー君……君はいったい何者だ?」
と、ストレートに尋ねてきた。
「何者……と言われましても……困ります」
ゴロー自身、自分の身体が人工のものであること以外、わかっていないのだから。
「……田舎から出てきた、行商人志望の……学生……ですかね」
「『学生』?」
「はい」
『ハカセ』に学んでいたのだから『学生』と言っても差し支えないだろうとゴローは思っている。
「誰かに学んでいたのか……しかし、こういってはなんだが、田舎にそんな人が?」
「いるんですよ。俗世間を嫌って隠遁する人が」
「……ふむ」
ここでトーマ・テンポは隣に控える女性をちらりと見た。
「……嘘はないようです」
「そうか」
そしてトーマ・テンポはゴローに打ち明ける。
「このシーラは、その『直感』で嘘を見抜けるんだ」
「へえ、凄いですね……」
それが本当なのか、あるいはブラフなのか、ゴローには見当が付かなかった。
「それを知った上で、答えてくれ。……君は、我が国に害をなすものなのか?」
「いいえ?」
間髪入れずにゴローは答えた。トーマ・テンポはシーラと呼ばれた小柄な女性をちらと見る。シーラは無言で頷いた。
「嘘はないようだな。……王女殿下が招いた客人をこれ以上疑うのは不敬不忠になるな。済まない、引き留めてしまって」
トーマ・テンポは軽く頭を下げた。
「では、俺は戻ります」
「悪かったな」
「いえ」
大広間に戻っていくゴロー。その後ろ姿を見つめながら、トーマ・テンポはシーラに尋ねた。
「シーラ殿、あのゴローについて、どう感じました?」
先程とは違って、言葉遣いが丁寧である。それもそのはず、実はシーラのほうがトーマよりも立場が上なのだ。
それというのも、シーラはハーフエルフで、今年98歳になるのであった。
「嘘は言っていないわね。でも、何か秘密を隠しているような気がするわ」
シーラはそう答えたあとで、付け足しの説明をする。
「あ、隠しているというのは彼自身のことであって、我が国に対して害意がない、というのは本心よ」
「なるほど」
「彼は、基本的に善良です。こちらが対応を間違えない限り」
彼女は、その『直感』だけでなく、普通のヒューマンよりも長い人生経験で、相手の為人を見極める達人なのだ。
その能力を買われて、隠密騎士の中隊長を務めていたのである。
「何より彼は、精霊や妖精に好かれるわ」
「……それは、エルフとしての勘ですか?」
「まあ、そうね」
* * *
一方、ゴローはアーレン・ブルーに少し遅れて大広間に戻った。
「遅かったね」
サナに言われたので、
〈……こういうことがあった〉
と念話で答えておいたゴローなのである。
そうしたら珍しくサナが食いついてきた。
〈『直感』!? それって、もの凄く珍しい。それが使えるなら、きっと裏の組織の高い地位にいるはず〉
〈そ、そうなのか?〉
〈うん。……おそらく、そのトーマ・テンポという人より上〉
さすがサナと言うべきか。立場の上下をかなり正確に見抜いていた。
〈……で、俺はどうすればいい?〉
〈何も。というより、そんな人に信用されたんだから、当面は安心〉
〈そうなのか?〉
〈そういうもの〉
なんとなく釈然としないゴローではあったが、サナが断言したのでとりあえず信じることにしたのであった。
* * *
そこへ、さらに事態を混沌とさせる使者が訪れる。
「ゴローさん」
「ああ、ネア」
獣人国の王女殿下の従妹、ネアである。城の兵士が2人付いている。
「先程はありがとうございました。姫様からもお礼を申し上げます」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「いや、俺は体当たりしただけだし」
実際そういう結果になってしまったのである。
「いえ、いち早く危険に気が付かれたのはゴローさんです。ほんとうに、ありがとうございました」
「……どういたしまして」
キリがないのでお礼はお礼をして受けるゴローであった。
「それで、ジャンガル王国といたしましては、ゴローさんとサナさんを王国にご招待したいのです」
「え?」
「お友達も2人くらいでしたらお連れになって構いませんので」
「えーっと……」
話が一人歩きしている気がするゴローである。
「……なら、ティルダを連れて、遊びに行こう?」
「サナ……」
それでいいのか、とゴロー。
そしてサナから念話が届く。
〈こういうお礼はお受けしないと、相手に恥をかかせることになる〉
〈そうなのか?〉
〈うん。余程の理由がない限り〉
〈……そっか〉
さらにさらに、モーガンもやってきて、
「ゴロー、サナちゃん、ちょっと来てくれるか?」
と言い出す。
「……陛下がお呼びだ」
「ええー……」
「……そんな顔をするな。別に咎める訳じゃない。……ティルダちゃん、ごめんな。ちょっと待ってておくれ」
「はいなのです」
断る訳にもいかず、ゴローとサナはモーガンに先導されて大広間を出て行ったのだった。
* * *
晩餐会は終了したが、まだ招待客は大勢残っており、そこかしこで雑談に興じている。
そんな会場の隅にティルダは移動。
喉が渇いていたので、置いてあった果物ジュースのグラスを手に取る。
「……少し温くなっているけど、美味しいのです」
そこへやって来たのはオズワルド・マッツァとアーレン・ブルー。
「やあ、ティルダさん、お1人ですか。ゴローさんたちは?」
「はい、実は……」
オズワルドからの質問に、ティルダは答えた。
「ほうほう、陛下からお呼びが……って、凄いことじゃないですか!」
「ゴローさんが……はああ……」
当然ながら、オズワルドとアーレンは驚いていた。
「ですので、帰るのはもう少し待って欲しいのです」
というティルダのお願いに、
「もちろんですよ。来たときと同じ顔ぶれで帰りましょう」
オズワルドは笑顔で頷いたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月20日(木)14:00の予定です。
20211218 修正
(誤)が、行く途中、ゴローは見知った顔に呼び止められる。
(正)が、戻る途中、ゴローは見知った顔に呼び止められる。