03-12 闖入者
軽鎧の男4人に狙われた3人の獣人……リラータ姫、女官、そして護衛の騎士……を救うため、無我夢中でゴローは飛び出した。
……『強化』を掛けたまま。
想像して欲しい。
例えば、いきなりジャンプ力が4倍に跳ね上がった場合、思ったようにジャンプできるだろうか。
ジャンプして木の実を採ろうとしたら、狙いより遙か高く跳び上がってしまった……となるのが普通である。
『強化』は、慣れないうちは低効果から行うもので、少しずつ慣らしていくものなのだ。
「あっ!」
「うわっ?」
「ぎゃっ!?」
ゴローは、目指した場所へ到達するにはしたのだが、止まることができず、軽鎧の男2人に衝突し、そのまま壁際まで吹き飛んでしまった。
「な、何ごとだ!?」
残る2人の男たちは、何が起こったのかわからず、足を止めてしまう。
そしてそれは致命的な隙となった。
「ふんっ!」
「ぎゃあっ!」
ゴローより0.5秒ほど遅れ、護衛に付いていた騎士が反応。
「シッ!」
「ぐわあっ!」
それに1秒遅れ、モーガンが到着した。
そして警備の兵士たちが殺到し……。
結局何が起きたのか、多くの招待客がわからないでいるうちに、4人の闖入者は無力化されていたのである。
* * *
「……あいたたたた」
「ゴロー、大丈夫?」
実際には痛くなんかないであろうが、そこはそれ、人間のふりをするための演技である。
サナも承知の上で尋ねているのだ。
「大丈夫。こいつらがクッションになった」
その2人は完全に伸びており、1人は右腕が、もう1人は左脚が変な方向に曲がっていた。
もっとも、ゴローの方も完全に無事とはいかず、着ていた服が数ヵ所破れたり裂けたりしていた。
4人の闖入者は縛り上げられて警備の兵士に連れて行かれた。
「……そもそも、何だったんだ?」
「……わからないけど、ジャンガル王国の3人……あるいはリラータ姫を狙ったのだと思う」
「状況からしてそうなるよな」
そんなゴローの所に、モーガンがやって来る。
「ゴロー、お手柄だったな」
「ええと、わけがわからないうちに終わっていたんですが」
「はは、それでもだ。……誰よりも早く気が付いて飛び出したのはゴローだったからな」
あの体当たりは凄かった、とモーガンは笑った。
〈なんとか怪しまれずに済んだみたいでよかったよ〉
〈……うん。ゴロー、『強化』状態で動くのは練習が必要。自覚して〉
〈悪かったよ……〉
〈今回は助走距離が短かったから、それほど違和感のない速度だったけど、十分な助走距離があったら、人間離れした速度が出て、怪しまれることは必定〉
〈……うん、ごめん〉
〈スローライフしたいなら気を付けて〉
〈……わかったよ〉
〈でも、今回はリラータ姫たちを助けるためだったから、仕方がない〉
〈……うん〉
サナもまた、知り合った姫たちを心配していたのであった。
〈……ゴローが間に合わなかったら私が『水』『矢』を撃っていた〉
『水』『矢』は水の矢を打ち出す魔法である。
魔法で発生させた水の矢なので、時間が経つと消える。また、『火』『矢』に比べ、質量が大きいので貫通力が高い。
また、見た目が地味で、火属性の『火』『矢』や雷属性の『雷』『矢』に比べ、目立ちにくいのだ。
* * *
「皆の者、予期せぬ闖入者があったことを謝罪しよう」
国王の声が響いた。
「賊どもがどのように侵入したのか、目的は何か、調査中である。わかり次第、概要を知らせよう」
この宣言により、ざわついていた招待客たちは少し静かになった。
人間、状況がわからないと不安になり、落ち着かなくなるものだから、王の宣言は間違ってはいない。
「ゴローさん、凄かったですねえ」
アーレン・ブルーが傍へやって来た。
「咄嗟にあのようなことができるなんて尊敬しますよ」
そしてオズワルド・マッツァも。
「ゴローさん、お身体は大丈夫なのです?」
オズワルドと一緒に顧客の間を回っていたティルダも戻ってきている。
彼らも不安なんだな、とゴローは気を引き締めた。
「さあ、気を取り直して宴を楽しんでくれ」
国王からそんな言葉も掛けられたが、どうしても騒動前の雰囲気には戻らないのは無理からぬこと。
ジャンガル王国の3人も奥へ引っ込んでしまったので、なおさら雰囲気が暗い。
「……これ、美味しい」
しかしサナはこれ幸いとばかりに、スイーツの並ぶ一角で食べ比べをしている。
「ゴロー、これ、作れる?」
「え?」
サナが食べているのはパウンドケーキに似たケーキだった。
「うーん、材料さえあれば作れるぞ」
作ったことはないはずなのに、ゴローはなぜか作れることがわかったのである。
「じゃあ、今度お願い」
「……わかったよ」
ゴローもそのパウンドケーキを一切れ食べてみると、なんとなく物足りなく感じた。
(うーん……もしかして酒を入れていないから香りが物足りないのかも)
ゴローの『謎知識』が知る限りでは、ラム酒を少し入れると香りがよくなるのである。
アルコール分は、焼き上げる時に飛んでしまうので子供でもOKとなる。
ラム酒はサトウキビ(の廃糖蜜や絞り汁)から作られたお酒なので、砂糖を使った菓子類と相性がいいらしい。
そうしたお酒を少し入れて生地を作れば、もっと美味しくなりそうだとゴローは考えていた。
「そういえば、お酒ってどんなものがあるんだろう?」
と口に出すと、モーガンが乗ってきた。
「お、ゴローも酒に興味を持ったか? こっちへ来い。教えてやろう」
「は、はあ」
いい機会なので、ゴローはモーガンに酒についてレクチャーしてもらうことにした。
なぜかサナも付いてきている。そしてそのサナに、ティルダが付いてきていた。
「これが赤ワイン、白ワインだ。まあここに並んでいるのは『そこそこ』のものばかりだがな」
ワインは葡萄を潰した絞り汁を発酵させたものである、皮ごと絞れば赤ワイン、皮を取り除いて絞れば白ワイン。
葡萄の表面に酵母菌が付いているので、絞り汁を適度な環境で保存しておくだけで発酵する。
ゆえにワインは世界最古の酒と言われているのだ。
「それから、こっちはビールだな」
ビールは発芽した大麦を使う。つまり『麦芽糖』を発酵によりアルコールに変えているわけで、ワインに次いで古い酒と言われる。
製法によっていろいろ分類されるようだが、ゴローの『謎知識』もそこまでは教えてくれなかった。
「こっちは蒸留酒だ。作り方は……よくわからん。が、アルコール分が多い酒だな。だからストレートではなく水や果汁で割って飲むことが多いな」
ウイスキーやブランデーらしき酒が並んでいた。
「あとはカクテルだな。混合酒とも言う。酒と酒を混ぜたり、ジュースを混ぜたりして作る。甘くて飲みやすいと思ってもアルコール分が多いものがあるから要注意だな」
途中から、サナやティルダにも聞かせているような説明になっていたが、ゴローとしてはわかりやすかったので非常に助かった。
「蜂蜜酒はないんですね」
「それは何だ? あんな甘いものから酒を造るのか?」
「あ、モーガンさんの反応を見ると、ないんですね……」
蜂蜜酒は、蜂蜜を水で薄めて放置するだけでできあがる。
故に、一説によればワインより古くから飲まれていたとも言われている。
蜂蜜は、水分量が少ないのと、糖分が多いのとで、細菌の繁殖が抑えられ、長期保存が利く。
だが、水で薄めると糖分の濃度が下がり、酵母が繁殖できるようになるので発酵が始まる。
単に水で薄めるだけでも蜂蜜中で休眠していたり空気中から落下したりする天然の酵母によって発酵が起こるので、最古の酒とも言われるわけだ。
「……作って」
甘い酒らしいということで、サナが懇願してきた。
「お、それなら私も飲んでみたいな。ゴロー、頼むぞ」
「……わかりましたよ」
これもまた承知したゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月18日(火曜)14:00の予定です。
20200216 修正
(誤)例えば、いきなりジャンプ力が4倍に跳ね上がったばあい、
(正)例えば、いきなりジャンプ力が4倍に跳ね上がった場合、