03-10 晩餐会へ
王族、貴族による宮廷晩餐会は盛大に執り行われ、滞りなく進み、盛況のまま幕を閉じた。……らしい、と、ゴローたちの耳に入った、その日。
つまり1度目の晩餐会の翌日、その午後。
「……今日が一般招待客の晩餐会か……」
いかにも行きたくなさそうな顔でゴローが呟いた。
「ゴロー、支度はできた?」
もらったドレスを着たサナが、ゴローの部屋を覗き込んでいる。
「……一応な」
「うん、似合ってる」
「……そうか?」
この期に及んで、まだぐずっているゴロー。
そこへ、
「ゴローさん、サナさん、マッツァ商会の馬車が来ましたです」
とティルダの声が。
マッツァ商会の商会主オズワルドも晩餐会に招待されていたので、ゴローたちも一緒に乗せていってくれることになっていたのだ。
「ほらゴロー、行こう」
「……うん」
ティルダ、サナ、ゴローの順で屋敷を出る。
「行ってらっしゃいませ」
『屋敷妖精』のマリーが見送ってくれた。
* * *
「おお、ゴロー様、サナ様、ティルダさん、お似合いですなあ」
馬車に乗り込むと、礼服を着込んだオズワルドが3人を出迎えた。
「本日はよろしくお願いします」
「お願いします」
「お願いしますのです」
挨拶を交わし、ゴローたちが席に着くと、馬車は走り始めた。
向かうはもちろん王城だ。
馬車の中では、オズワルドが商人特有の好奇心で、いろいろと話し掛けてくる。
「しかし、ゴロー様方には驚かされますね。獣人族の姫君とも面識があるとは」
「まあ、いろいろあって……」
「その服も、贈り物だとか。いやあ、素晴らしい仕立てですねえ」
今回着てきたのはローザンヌ王女から送られてきた服だ。
リラータ姫からのものと、どちらを着ていくか迷ったのだが、この国の晩餐会なので、こちらにしたというわけである。
「オズワルドさんの服も素敵なデザイン」
珍しくサナが褒めた。
「いやあ、そうですか? 最近見つけた新進気鋭のお針子さんの作なんですけどね」
などという会話をしていると、王城前広場に到着した。そこには既に数台の馬車が駐められている。
オズワルドの馬車もその片隅に駐め、御者は皆が戻るまで待機することになる。
それらの馬車は兵士が見回ってくれるので安心だ。
堀に架かった王城への橋へ向かい、招待状を見せれば通れる……のだが、ゴローが2通同時に見せると、係官の目が丸くなった。
(まあ、双方の王族からの招待状だものなあ)
2通も招待状を持っている客はまれだろうしなあ……とゴローは思っているが、今回の招待客に関していえばゴローたちだけである。
* * *
兎にも角にも、王城へ続く橋を渡ることのできたゴロー一行は、城内に入る際にもう一度招待状を見せ、ここでも目を丸くされた後、城内に足を踏み入れたのだった。
「へえ……」
明るい芝生に覆われた前庭。そこを真っ直ぐ貫く幅の広い石畳。その向かう先は王城だ。
「私は一度来ていますが、やっぱりこの眺めは感激しますね」
とはオズワルドの言葉。
一度でも来ていると多少なりとも勝手がわかるため、ゴロー、サナ、ティルダはオズワルドの後から歩いている。
もう一度招待状を見せて王城の門をくぐると中庭である。
「おお、綺麗に手入れされているなあ」
思わず声に出すゴロー。
全体は芝生で覆われているが、そこここに灌木の植え込みがあるし、まばらだが5メルくらいの木も植えられている。
船を浮かべられそうな大きさの池もあり、ほとりには石造りの四阿が建てられていた。
白く塗られたテーブルと椅子もあちらこちらに置かれていて、ここで休憩できることを窺わせる。
そして中庭に向けて開かれた部屋は大広間で、そこが晩餐会の会場であった。
* * *
「おお……」
招待客の3分の1くらいは集まっているらしく、そこここで4、5人の集まりができていた。
「あ、ゴローさん!」
という声の方を見れば、『ブルー工房』の工房主、アーレン・ブルーである。
「やあ」
「ゴローさんも招待されてると言ってたので捜しましたよ! 今着いたんですか?」
「うん」
「ああ、そちらはマッツァ商会のオズワルドさんですね。どうも、お久しぶりです」
「これはアーレン殿、お久しぶりです」
そこへさらに、見知った顔が現れる。
「おおゴロー、サナちゃん、ティルダちゃん、来たな」
「あ、モーガンさん」
元近衛騎士隊長のモーガン・ランド・トロングスであった。
「今日は私まで駆り出されてしまったぞ」
「あ、そうなんですね」
警備の人数が足りないというわけで、退役したモーガンも一時的に駆り出されたということらしい。
ゴローとしても、モーガンのように腕の立つ有能な人物をどうしてみすみす手放したのか不思議ではあるのだが、なんとなく聞きづらくて聞けないでいるのだった。
さらにさらに、そこに加わったのは獣人族のネア・ジャンガルである。
「ゴローさん、サナさん、ティルダさん、いらしてくださったのですね、嬉しいです」
「あ、ああ、ご招待、ありがとうございます」
「……ローザンヌ王女殿下からもご招待いただきまして、服装はそちらを優先させていただきました」
ゴローが挨拶し、サナが服装のフォローをした。
「ふふ、いいんですよ。確かに、『他国に行ったらその習慣を尊重すべし』と言われていますからね」
『郷に入れば郷に従え』と似たような言葉があるんだな、と思うゴローである。
「姫様方は晩餐会が始まってからお出でになりますが、私はそういう縛りはないので、こうして出てきちゃいました」
そしてゴローさんたちのお世話をします、と言う。
王族がそんなことでいいのか、とも思うが、
「王族といっても外戚ですし、『ジャンガル』の姓を名乗ることを許されているとはいっても私自身は一般庶民ですからね」
と言って憚らないネアである。
「元々私は、姫様の身の回りのお世話をするという名目でお城に上がっているんです」
ジャンガル王国の王城内には、年配の者が多く、同年代の者が少ないという。
侍女は若い者もいるが、姫君が気やすくするわけにもいかず、気が詰まるということでネアが選ばれたそうだ。
「姫様の教育係なんてお婆ちゃん狐獣人でしたからね」
ああ、あの『のじゃ言葉』はそのせいか、と思い当たったゴローである。
会話が途切れたところでオズワルド・マッツァはネアに、
「お初にお目にかかります。わたくし、マッツァ商会の主、オズワルド・マッツァと申します」
と、売り込みを忘れないのであった。
* * *
そんなゴローたちを、遠巻きに眺めてひそひそ話をする集団もいた。
(モーガン元近衛騎士隊長に、マッツァ商会の主、それにブルー工房主……? なんでしょうな、彼らは?)
(着ている服も並の物ではないようです。もしや、お忍びの貴族、王族という可能性も……)
(あの中にいる小柄な少女ですが、彼女は最近評判が高いアクセサリー職人ですぞ?)
(ほう……ブルー工房といい、マッツァ商会といい、何かそうした関係者ですかな……?)
実は、聞き耳を立てているサナの耳には全て聞こえているのだった。
(勝手な憶測をしてるけど、全部、的外れ)
一方ゴローはまだまだそういう余裕がないようで、ネアやモーガンの相手をするのに精一杯であったが。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月13日(木)14:00の予定です。
20200211 修正
(旧)「姫様方は晩餐会が始まってからお出でになりますが、
(新)「姫様方は晩餐会が始まってからお出でになりますが、