03-08 しゃるういだんす
王に連なる者が4人もやって来るという想定外の事態から2日。
ゴローは久し振りにのんびりした日々を過ごしていた。
そんな時。
「ご主人様、こんなものが届きました」
『屋敷妖精』のマリーが食堂へ、2つの大きな箱と2通の書簡を運んできた。
箱は大きな衣装ケースくらいあるので、分体2体ずつで抱えてくる。
書簡はマリー本体が直々に持ってきた。
「お、ありがとう。……どこからだ? ……げっ!」
「どうしたの?」
「どうしたのです?」
サナとティルダがただごとではないゴローの様子を訝しんだ。
「……宮廷晩餐会への招待状だ……2通も」
「そう」
「えっ!」
サナは平然と、そしてティルダはゴロー同様に仰天する。
「一昨日、ローザンヌ王女とリラータ姫が『お礼』と言っていた。王族の御礼って、そういうものが多い」
お金や物だけではなく、『名誉』というものも重視する、とサナは言った。
「……だけど、そういう場所でのマナーも知らないし、着ていく服だってないぞ?」
「服は心配ない」
サナはそう言いながら箱を空けた。
「ほら」
「……」
そこには礼服らしき物が何着も入っていた。
「これはゴローの。これはティルダの。これは、私の」
3人とも体格、体形が違うので見誤ることもない。
しかも2つの箱にそれぞれ、違うデザインの服がぎっしりである。
いや、服だけではなく、靴、下着、ハンカチーフ、スカーフ、アクセサリーまで。
さらには、小金貨で100枚、100万シクロも入っていた。小金貨なのは使いやすさを考えてくれたのだろう。
ローザンヌ王女とリラータ姫からそれぞれ送られてきているところがすごい。
「ダブっているけどな……」
「それは大丈夫。招待状が被っているくらいはよくあること」
サナが平然とした顔で言う。
もしかしたらサナはどこかの国の貴族の娘だったのではないかと思うゴローである。だからどうなるものでもないが。
「……い、行かなきゃ駄目なのです?」
「2通ももらっていたら、断るのは不敬」
「……だよなあ」
ティルダはあからさまに腰が引けているし、ゴローはゴローでめんどくさいなあと顔に出ていた。
「……でも、晩餐会って……貴族とか王族とか、偉い人ばっかり来るんじゃないのか? 俺たちみたいに何の肩書きもない者なんて……」
ゴローがそう反論すると、書簡を読んでいたサナが答える。
「これは、そういう会じゃないみたい。……一般参賀というか、一般人を大勢招いて行う会」
王族や貴族だけで行う会は前夜に行い、その翌日にこうした会を開くらしい、とサナは説明したのだった。
「マッツァ商会やブルー工房とかも、多分招待されてる」
「そっか……」
そうした知り合いがいるなら、多少我慢できるかな……と、げんなりしていたゴローも、少しだけ気持が上向いた。
「……でも俺、ダンスなんてできないぞ?」
唐突にゴローが言い出す。余程行きたくないようだ。
「……一般人の晩餐会でそれはない、と思う」
だがサナにばっさりと断定されてしまった。
「気になるなら、私が教えてあげる」
「…………はあ」
どうあっても参加しないわけには行かないようなので、ゴローもようやく覚悟を決めた。
「まあ、暇があったらな」
とりあえずダンスについてはそう答えておくことにするゴローであった。
「で、その晩餐会っていつだ?」
「ええと、5日後」
書簡を見ながらサナが答えた。
「だから、ダンスの練習時間はたっぷりある」
「さっき、一般人はダンスをしないでいいと言ったじゃないか」
ゴローの非難に、サナはしれっと答える。
「うん。でも、ゴローは一般人枠からはみ出してる、と思う」
「なぜに!?」
サナの物言いに、変な声を上げてしまったゴロー。
「王女殿下や王子殿下と知り合いの一般人って、そうはいない」
「……そりゃあ、そうか」
「だから、ちょっとくらいは練習しておいた方が、いいと思う」
「……仕方ないか。……あ、ティルダはどうなんだ?」
「ふえ!? 私もなのです?」
ゴローが名を挙げたものだから、ティルダも変な声を出した。
「はっきり言って、ティルダも一般人枠からは少し外れると、思う」
「ふえええ……」
「ダンスの練習、する?」
「……しなきゃ、駄目なのです?」
「しておいた方が、いろいろといいことがあると、思う」
そのセリフを聞いたティルダは、さらに質問を行う。
「いいことって、何なのです?」
サナはちょっと考えてから答えた。
「まず、王家や貴族たちから注目される。そうなれば名前を覚えてもらえるから、注文が増える」
なるほどな、と横で聞いているゴローは感心した。
「それに、一般客たちからも注目される」
要するに工房の宣伝になるというわけだ。
「……俺にはメリットがない気がするんだが……」
諦めの悪いゴローは、そう呟いてみた。
「ゴローも、やっぱり名前が広まると思う」
「それって、面倒ごとが寄ってくるようになるんじゃ……」
「そうかも」
「おい」
ゴローとしてはのんびり暮らしたいのだが、流れがそれを許してくれないようだ。
「でも、逆に後ろ盾ができると、それはそれでメリットになると思う」
「後ろ盾かあ……」
王族が後ろ盾になってくれれば、貴族の横槍くらいなら突っぱねられるかもしれないと、ゴローは想像してみた。
「そうか、そういうメリットなあ……」
サナはさらにフォローをする。
「ローザンヌ王女もリラータ姫も、自由人だから、自由の有り難さ、楽しさ、重要さに対して理解があると思う」
だから、機会があったらはっきりそう伝えておくといい、とサナは言った。
「そうだな。わかったよ」
ここまで言われて、ようやくゴローも心が決まったようだった。
* * *
「じゃあ、貰った服を、着てみる?」
「そうだな……」
「はいなのです」
当日いきなり着てみて、万が一合わなかったら困るので、早めに袖を通してみることにした。
とはいえ、この世界の服は立体裁断とはほど遠い。
例えば女性用のドレスでは、ウエストは紐で締め付けてフィットさせるようにできているので、小さくて着られないという以外、なんとかなるものであった。
「ゴロー、似合ってる。ティルダも」
ゴローが選んだ服は白を基調としたスーツっぽい服だ。もちろん、金糸銀糸での飾り付けが随所に施されているので見た目はかなり派手である。
ティルダのドレスは臙脂色のドレス。これも金糸銀糸、それにレース飾りがふんだんに使われている。
スカートの裾は足首が見えるくらいで長すぎず短すぎずのまずまず動きやすいものであった。
「……サナもな」
「サナさん、綺麗なのです」
そしてサナのドレスは水色を基調としたドレスで、スカートの裾は床を擦るくらい。
おそらくサナの立ち居振る舞いを見て、こうした長さを決めたのだろうと思われる。
このスカート丈になると、慣れない者は裾を踏んづけて転ぶだろうから、着こなせるサナはさすがと言わざるを得ない。
「……久し振り」
「え?」
「え?」
思わず口から出たであろう、その言葉に、ゴローのみならずサナ自身も驚いていた。
〈……サナ、やっぱり昔はお姫様だったのかな?〉
〈おぼえてない〉
ティルダの前で声に出すわけにいかない内容だったので念話でやり取りする2人。
だが、結論は出ずじまい。
〈……私は私。今はそれでいい〉
〈わかったよ、サナ〉
雰囲気がシリアスになったのも束の間。
「せっかくだから、ダンスの稽古をつけてあげる」
「え……」
「さあ」
「……わかったよ」
ゴローは渋々ながら、サナが差し出した手を取った。
「リズムは3拍子。1、2、3、1、2、3が基本」
「はいはい」
そういうわけで、ゴローはサナからダンスの基本を叩き込まれるのであった。
そしてティルダも……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月9日(木)14:00の予定です。
20200206 修正
(誤)小さくて着られないという意外、なんとかなるものであった。
(正)小さくて着られないという以外、なんとかなるものであった。
20200207 修正
(旧)そうした知り合いがいるなら、多少我慢できるかな……と、ゴローはげんなりた。
(新)そうした知り合いがいるなら、多少我慢できるかな……と、げんなりしていたゴローも、少しだけ気持が上向いた。