00-10 贈り物
56号は、37号が値段交渉している後ろで、ぼんやりと眺めていた。
「…………ところで、そっちの兄ちゃんは誰なんだい? サンちゃんの兄弟か?」
という声が聞こえて、56号はそれが自分のことを聞いているのだと気が付いた。
「私の、弟」
「へえ。あんまり似ていないね。まあ、そういうこともあるか」
「え、ええと、5……ゴーといいます。よろしく。今日は荷物持ちに付いてきました」
「ほう、ゴー君かい。よろしくなー」
そんなやり取りの後、37号は再び値段交渉に入った。
30分ほどの値段交渉が終わった。
砂糖の壺5つ(4つじゃなく5つ買ってしまった)
塩の壺3つ(肉の塩漬けを作るから大量に必要)
香辛料の壺2つ(37号、味つけに目覚めた)
干し魚5束
乾燥野菜10袋
これだけを、魔物の骨や牙、角などと交換したのだ。
それらは、56号と37号がそれぞれ分担して背負った。
かなりの重さになっているはずだが、確かにたいした重さには感じていないな、と自分の身体の変化に驚く56号だった。
「こういう魔物素材って、何に使われるんですか?」
自分たちが払ったものがどういう風に使われるのか興味があったので、その場を去る前に商人に尋ねてみる56号。
「これかい? 錬金術師は素材にするし、魔導士は術の触媒にするらしいよ」
「へえ……」
『錬金術師』『魔導士』。聞き慣れない単語が出てきたので、帰ったらハカセに聞いてみたいことがまた増えた56号だった。
生活必需品の買い出しが終わると、
「あとは、別々に少し見て回る。思いがけない不足品に気が付くかもしれないし」
「わかった。ええと、30分後に村の入口でいいか?」
「うん、それでいい」
56号や37号は、体内時計とでもいうものがあって、かなり正確に時刻を感知することができる。
『太陽の位置を魔法技術的に感知しているんだよ』
とハカセは言っていたな……と、56号はぼんやり考えながら、露店を見て回ることにした。いざとなれば念話もあるし……と思いながら。
行商が来ている日は、村の中にも店を出している者がいるようで、いろいろな店がある。
店と言っても露店であり、露店と言っても、テーブルを置いてその上に数点の品を並べただけの店が大半だが。
だが、この村では宝石が採れるということで、小さいながらも綺麗な宝石をちりばめたアクセサリーが売られている。
「薄い水色……アクアマリンかな?」
56号の口からそんな言葉が漏れる。
「おっ、お客さん、よく知ってますね。そう、これは小さいけどアクアマリンですよ」
水色の小さな石を、銀の台に留めてある髪留め。56号は、なんとなく37号に似合いそうだなあと思い、それを買うことにした。
「この髪飾りかい? お金なら値段は銀貨2枚、交換なら要相談だよ」
「じゃあ、これで」
もらったお小遣いから銀貨を2枚差し出し、髪留めを受け取った56号は、それを服の胸ポケットにしまった。
そして、他には何かないかな、とまた歩き出す。
カーン村は小さな村なので、20分くらいで一回りすることができた。
先程の買い物が5分くらいだったので、約束の時間より5分早いが、56号は村の入口にやってきた。
すると、もう37号はそこにいて、
「早かったね」
と声を掛けてきたのである。
その手には、20セルくらいの包みがあった。
「うん……いや、そっちの方が早いじゃないか」
「私は、何度も来ているから。56号は、初めて。だから、ゆっくり回ってくればいい」
「そうは言っても、ひととおり見て回ったから」
「そう、それなら、いい」
そして、手にした包みを差し出した。
「あげる」
「え?」
反射的に包みを受け取った56号だったが、
「開けてみて」
「う、うん」
薄く剥いだ木の皮のような包みを開けると、出てきたのはやや大ぶりのナイフだった。
「いろいろ使い道は多い。まずは護身用」
「あ、ありがとう」
37号が自分のことを考えてナイフを買ってくれたのかと思うと、56号は少し嬉しかった。
「ええと、俺からも、これ」
そして、帰ってからにしようと思ったが、56号も買った髪留めを37号に差し出した。
「私、に?」
「うん。似合うんじゃないかと思って」
「……あ、ありが、とう。嬉しい」
髪留めを受け取った37号は、さっそくそれで後ろ髪を束ねた。
「……どう?」
「うん、似合ってる」
「そう。ありがとう」
いつもはあまり感情を顔に出さない37号が、目に見えて嬉しそうなので、贈った56号も嬉しかった。
「……じゃあ、帰ろう」
「うん」
そして2人は、東へ向かって走り出した。
見ている人がいるだろうと、はじめはゆっくりと。
そして、1キロ以上離れ、もう村からは見えなくなると、一気にスピードを上げた。
37号の後ろを走っている56号には、髪留めと靡く髪がよく見えた。
50キムほどの重さを背負っているにもかかわらず、2人は往路と同じ時速100キル程で走っていった。
そして1時間半ほど走った時、不意に37号は走る速度を落とした。
一瞬だけ、どうしたのか、と訝しく思った56号だったが、すぐにその理由を悟る。
魔獣の気配だった。とはいえ、2人にはどうということはない。往路でも3頭の魔獣を屠っているし。まあ、それは37号が片付けたのだが。
56号にも、連日連夜の訓練で魔獣との戦い方が身に付いてきていた。気配の察知方法も。
〈2頭〉
念話が37号から届き、56号も念話で返事を行う。
〈こんどは、56号も、お願い〉
荷物を背負っているので、万が一、破損させてはいけないので無理な動きができないのだ。
〈うん。俺が右をやろうか?〉
〈それでいい。私は、左〉
念話の便利な点は、言葉を交わすよりも短時間で済むことだ。
実際、これだけのやり取りでも1秒掛からない。
56号と37号は左右に飛び退いた。
一瞬前まで2人がいた場所に、2頭の魔獣が着地する。
〈マッドエイプ〉
猿のような魔獣で、体長は1.5メル。
肉食寄りの雑食で、素早く、力も強い。木の上を伝い、地上に飛び降りざま獲物を屠るのを得手とする。
焦げ茶色の剛毛に覆われ、刃物は通りにくい。
であるから、攻撃方法は……。
どごっ、どごっと2度鈍い音がして、2頭のマッドエイプは吹き飛び、立木を3本ほど薙ぎ倒して絶命した。
2人の蹴りをまともに食らったからだ。
〈どうする? 毛皮を剥ぐか?〉
マッドエイプは毛皮くらいしか使い道がない。肉は硬く、臭いので食用に向かないのだ。
〈やめておく。今は、荷物を運ばないと〉
〈わかった〉
念話でのやり取りを経て、56号と37号は再び走り出した。
他の肉食獣が片付けてくれるだろう、と、後に残った2頭の死骸はそのままにして。
* * *
そしてさらに走ること30分、2人は崖の下にいた。
「戻るときはどうするんだ?」
「もちろん、跳ぶ」
そう言って37号はジャンプ。数ヵ所ある小さな足掛かりを何度か蹴って、20メルほど上の岩棚へ飛び乗った。
「俺もできるのかな……」
56号も真似をしてジャンプ。
「おお、できた」
37号のいた岩棚へ、ちゃんと飛び乗ることができたのである。登る方が岩の凹凸もよく見え、従って確実に足掛かりを捉えてジャンプできる。
万が一失敗しても、下の岩棚に着地すればいいので気が楽だ。
そうしてみると、自分たちの身体能力は並みの人間の5倍くらいか、と見当を付ける56号。
そしてその直後、
(あれ? 並みの人間って……何だ?)
そんな疑問が浮かんだものの、37号の後を追っていくうちに、気にならなくなっていく56号であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月28日(金)14:00 の予定です。
20190624 修正
(誤)帰ったらハカセに聞いて見たいことがまた増えた56号だった。
(正)帰ったらハカセに聞いてみたいことがまた増えた56号だった。
(誤)テーブルを置いてその腕に数点の品を並べただけの店が大半だが。
(正)テーブルを置いてその上に数点の品を並べただけの店が大半だが。
・・・・・・何だ腕って orz
20230902 修正
(誤)50キムほどの重さを背負っているにも関わらず、
(正)50キムほどの重さを背負っているにもかかわらず、
20240825 修正
(旧)そう言って37号はジャンプ一閃。20メルほどの岩棚へ飛び乗った。
(新)そう言って37号はジャンプ。数ヵ所ある小さな足掛かりを何度か蹴って、20メルほど上の岩棚へ飛び乗った。
(旧)
37号のいた岩棚へ、ちゃんと飛び乗ることができたのである。
そうしてみると、自分たちの身体能力は並みの人間の50倍くらいか、と見当を付ける56号。
(新)
37号のいた岩棚へ、ちゃんと飛び乗ることができたのである。登る方が岩の凹凸もよく見え、従って確実に足掛かりを捉えてジャンプできる。
万が一失敗しても、下の岩棚に着地すればいいので気が楽だ。
そうしてみると、自分たちの身体能力は並みの人間の5倍くらいか、と見当を付ける56号。




