00-01 プロローグ
新作開始です。
章ごとに書き溜め、集中不定期連載になるかと思います。
よろしくお願いいたします。
深い水底から浮かび上がるように、ゆっくりと彼の意識は覚醒した。
彼は重いまぶたをゆっくりと開けてみる。そこには薄明るい世界が広がっていた。
だがその身体は、まるで鉛でできているかのように重かった。指を動かすにも苦労するほど。
それだけで疲れた彼の意識は、また闇の中に沈んでいった。
彼が再び目を開いた時、身体の重さは少しましになっていた。頭と目玉を動かすこともできる。
そこで彼は、自分がどのような状態になっているのかを確認してみると、どうやら全裸で横たわっているようだった。しかも水……あるいは液体の中に。
(どういうことだ? どうして溺れない?)
未だ靄が掛かったような彼の意識に疑問が浮かぶ。
その時突然、影が差した。
彼がそちらに目をやると、人間らしき輪郭が見えたのだ。
逆光なので顔はわからない。髪が長かったのでなんとなく女性のようだ、と彼は感じた。
もう少し確認したかった彼だったが、その人影はすぐに引っ込んでしまった。だが、すぐに人影は戻ってきた。しかも2つに増えて。
新しく増えた人影も女性らしかった。彼が見たところ、最初の人影と同じくらい小柄だったからだ。
『+*うや<?=+せ;たよ@&$%う=〜*だ??』
何か声が聞こえたような気がする。彼の聴覚はまだ鈍く、何を言っているのかはわからなかったが。
そしてまた、彼の意識は闇に飲まれていった。
* * *
2つの人影は会話をかわしていた。
「どうやら成功したようだね」
「はい、ハカセ」
「56体目にして、ようやく完成することができたよ。37号、お前もあたしの傑作だが、この56号はお前を超える最高傑作になるだろうね」
「おめでとうございます」
「うん。お前の協力あってのことだ。礼を言うよ」
「あとは調整、仕上げ、ですね」
「そのとおりさね」
* * *
三たび彼の意識が覚醒した時、周りにあった液体はなくなっており、全裸だったはずの身体には服が着せられていた。
「ここは……」
彼にとって、知らない天井どころか知らない部屋だった。
起き上がってみた彼は、以前より身体が軽い……ような気がした。
「……以前? 以前っていつだ?」
だが、その問いには誰も答えてくれない。
「俺は……誰だ?」
彼がそこまで自問した時、後ろから物音が聞こえた。
「な、なんだ?」
彼が振り返ると、壁の開口部から巨大な人影が入ってくるところだった。その身長は4メートルくらいもある。
「……ロ……ロボットか!?」
思わず口をついて言葉が出たが、同時に彼の脳裏に疑問が浮かぶ。
(ロボットってなんだっけ?)
そんな余計なことを考えていたら、そのロボット? が襲いかかってきた。
「うわっ!」
彼は、とっさに身をかわす。
一瞬前まで彼のいた床が、ロボット? の拳で凹んでいた。
「あ、危ねえ……」
彼が冷や汗を流す暇もなく、ロボット? の拳が水平に振るわれた。
「ぐあっ!」
避けきれず、もろにその一撃を喰らってしまった彼の身体は、宙を飛んで壁に激突した。
「痛ってえ……」
背中と後頭部をもろに壁に打ち付けた彼はその痛みに呻いた。そのまま壁をズルズルとずり落ちる。そんな彼の腹部めがけ、ロボット? のパンチが飛んだ。
「やべえ……」
痛みに呻く彼は避けることもできず、そのままパンチを喰らってしまった。
「げっ……ふぅ……」
普通なら、壁とパンチに挟まれ潰されるところであろうが、有ろうことか、彼の身体は、ロボット? の拳を受けても潰されることはなく、背後の壁の方が粉砕されてしまったのだ。
その衝撃で壁や天井を構成していた石材が破壊され、降り注ぐ。
彼とロボット? は瓦礫の下に埋もれた……。
「うっ……く」
瓦礫が崩れ、彼はなんとか瓦礫の下から這い出してきた。
「どうやらロボット? は瓦礫に埋もれてしまったらしいな。助かった……」
彼は、自身の身体をチェックする。痛いことは痛い。だが、壁を粉砕する威力のパンチを受け、瓦礫の下敷きになったにもかかわらず、彼の身体はなんともなかった。むしろ背後の壁の方が粉砕されている。
おまけに、数百キロはありそうな瓦礫を軽々押しのけることができていた。
「……俺の身体はいったいどうなっているんだ?」
瓦礫を押しのけ、立ち上がった彼は周囲を見回した。
壁の向こうは広い空間……いや、外だった。岩がゴロゴロした荒れ地である。
少しよろめきながら、彼はその光景を見つめた。
背後で瓦礫が崩れる音がする。
「ま、まさか……」
振り向くと、瓦礫を押しのけてロボット? が姿を現す光景が見えた。
「嘘だろ……」
ロボット? は見た目無傷だった。そして彼を目指して歩いて……いや、駆け寄ってきた。それを見た彼は悟った。逃げられない!
「ちくしょう……」
眼前に迫ったロボット? の拳。彼は半ば反射的に、それを受け止めるべく両手をかざした。
常識的に考えれば、受け止められるはずもないのだが……。
「……え?」
間抜けな声が漏れる。もちろん彼の声だ。
自分でやっておいて、彼は目を疑っていた。
「ど、どうなっているんだ?」
なんと、彼はロボット? の拳を受け止めていたのだ。それも、それほど力を込めたつもりもなく。
「えーと……ここからどうしよう?」
受け止めた後のことは考えていなかった彼は、しばし考えてしまう。
「……とにかく……」
受け止めたロボット? の拳を、思い切りひねってみる彼。
「おお……」
ロボット? がひっくり返る。
「え? 俺がやったのか、これ?」
再び自分がやったことを信じられないように彼は一瞬惚けてしまった。
「俺って……力持ちになっているのか?」
ならばと、彼は心を決めた。
「ここでケリを付けないといつまでも追い回されそうだな……」
ひっくり返ったロボット? に止めを刺すべく駆け寄った彼だったが、それは悪手だった。
「うげっ」
ロボット? の足に蹴り飛ばされたのだ。
宙を舞う彼の身体。痛みと浮遊感の後、10メートルほども飛んで地面に激突。だが。
「……痛い、で済むんだな」
確かに痛い。だがそれだけだ、と彼は感じた。身体に不具合は出ていない。骨も折れていなければ、内臓もやられていないようだ。
どうやら、力持ちになっただけでなく、相当頑丈になったことを彼は実感する。
しかし問題もある。この身体能力を使いこなすことができていないのだ。
それも当たり前のこと。普通? の人間に4メートルもあるロボット? と戦うような戦闘技術があるはずがない。
「よし」
彼は足下の石を拾った。拳大のものを3個。
「こんにゃろ!」
彼はそれをロボット? に投げ付けた。狙い過たず、見事命中。
石は粉々に砕けたが、ロボット? もぐらついた。
「こんにゃろ! こんにゃろ!!」
続けて2個、投げ付け、さらに石を拾って投げつけていく。
頑丈そうなロボット? も、どうやらこの攻撃は堪えたようだ。
次々に激突する石に、ロボット? の表面も少し凹んだ。
「丈夫だな……なら、こいつはどうだ!」
彼は、バレーボール大の岩を持ち上げ、思いっきりぶつけてみることにした。
ガーン、という轟音がして、ロボット? が再びひっくり返る。
「やったか?」
だが、フラグを立てる間もなく、ロボット? はのそのそと起き上がった。
とはいえ、先ほどよりその動きは鈍い。
「効果あり、かな?」
彼はもう一度、今度はバスケットボール大の岩をぶつける。
先ほどより大きな音が響き、ついにロボット? は転倒したまま起き上がらなくなった。じたばたもがいているだけだ。
「追撃だ!」
彼は一抱えほどもある岩を持ち上げ、倒れたロボット? に叩き付けた。
岩は粉々になり、ロボット? の胸部は大きく凹む。
「今度こそやったか?」
だが、ロボット? はしぶとく、まだもそもそと動き、起き上がろうとした。
「なら……もう一丁!」
彼はさっきより大きい岩を持ち上げ、再び叩き付けた。
ガアーン! という轟音、砕ける岩。
ロボット? のボディはひしゃげ、動き出す気配はない……。
「助かった……のかな?」
疲れた、というより、精神的に気が抜けて、彼はその場に膝を突いたのだった。
某サイボーグへのオマージュも含みます
お読みいただきありがとうございます。
20190602 修正
(誤)そこで彼は、自分がどのような状態になっているのを確認してみると
(正)そこで彼は、自分がどのような状態になっているのかを確認してみると
随分見直したんですが orz
(誤)疲れた、というより、精神的に気が抜けて、彼はその場に膝を付いたのだった。
(正)疲れた、というより、精神的に気が抜けて、彼はその場に膝を突いたのだった。
20230902 修正
(旧)だが、壁を粉砕する威力のパンチを受け、瓦礫の下敷きになったにも関わらず、
(新)だが、壁を粉砕する威力のパンチを受け、瓦礫の下敷きになったにもかかわらず、