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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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【釣られた男】

 その晩、ナルはハングドマンの持っていた【吊られた男】の効果を試していた。

 【愚者】の知識では【力】の対極、忍耐の力であり自分の防御力を10倍まで引き上げる。

 【力】のカードはあくまでも膂力を10倍にしてくれるが、それに耐えうる力の大半は自前である。

 つまり反動があるのだ。

 ナルはそれを持ち前の不老不死の副産物である異常な回復力で補っていたが、わずかばかりの恩恵か一般人から見れば筋肉の硬化などにより相当丈夫な肉体を手に入れられる効果も持ち合わせている。

 それでもせいぜい三倍がいいところだろうか。


 もし【吊られた男】の効果が防御力であるならば、【力】との相性も良く同時使用も可能かもしれないという期待を胸に抱きながら発動させたナルだったが、特に変わった様子は見受けられず不発か? と頭を抱えていた。

 外観からはどうにも確認できない物なのでナイフで指先を切ってみたが肉体が丈夫になったような感覚は無く、当たり前のように指先には小さな切り傷ができて血の球が滲んでいた。


「どんだけ変質してるのやら……」


 【月】のカードという前例がある以上、変質の幅がどれほどのものなのかはナルにも想像がつかない。

 できる事ならば街の外でやりたい程ではあったが間違っても人目につくわけにはいかず、特に街を囲う巨壁と外門を超える労力を考えればという理由から安宿の一室で行っていた実験だったが、これは想像以上だと煙草に火をつけて気づく。


 部屋に置かれていたぬいぐるみである。

 こんなものあっただろうかと首をかしげながら、埃一つ被っていないそれをテーブルに乗せて観察してみる。

 まさかこれが能力じゃないだろうなと言う僅かな希望を抱きながらの事だったが、【吊られた男】を解除してもその場に残り続けている事から誰かの忘れ物か、あるいはインテリアの一つとして置かれていたのだろうと結論を出して、念のために【月】のカードを発動させた。


「じゃじゃじゃじゃーん! どったの? ナルちゃん! 」


「このぬいぐるみからカードの力感じたりしないよな」


「んー? んー、普通の可愛らしいぬいぐるみにしか見えないよ? カードの気配はないけど……んー? 」


 妙に歯切れの悪いルナにナルは少し首をかしげながらも尋ねる。


「なんか気になる事でもあるか? 」


「んー、なんて言えばいいんだろ……ナルちゃんの気配がぬいぐるみから残滓みたいになってて……ナルちゃんこの子に何かした? 」


「残滓……」


 同じ街の中とは言えグリムとリオネットは離れた宿に泊まっているため多少の集中は必要だが【愚者】のセンサーが使えるとナルは意識を集中させた。

 自分自身の気配を探るなどと言うのは初めての試みだが、自分の中に有ったカードの力を探る応用でその痕跡を見つけ出す。

 たしかにぬいぐるみの中にはわずかではあるがカードの力があるようにも感じられた。

 まさしく残った滓ともいうべきわずかなそれを感じ取って、ナルの脳細胞が動き始める。


「まさか……いや、でもそれはさすがに……」


「ナルちゃーん? 私お邪魔? 」


「ん? あぁすまん、考えごとしてた。いや助かったよルナ。今度お礼するわ」


「じゃああまーいおかしでも頂戴ねー。またなんかあったらいつでも呼んでね! 」


 そんな挨拶を躱してから【月】のカードを解除してから再び【吊られた男】を発動させたナルはぬいぐるみに手を伸ばし、降れる直前で止めた。

 イメージは自由市で見かける事のある人形劇。

 ナルの導き出した答えはそこにあった。

 どのような変質を遂げればここまで別物の力になるのだろうか、そんなことを考えながらも今は正面に集中しなければとぬいぐるみに自分のイメージを送り続けた。


 そして、数秒が経過した頃。

 ぬいぐるみの腕が跳ね上がった。

 そしてそれと同時にナルがイメージしたとおりに動き始め、多少複雑な動きをさせる事にも成功した。

 【吊られた男】は変質を重ね続けた結果、無機物をマリオネットとして扱える能力に変貌していたと理解したナルは大きくため息を吐いた。


 使い道がない、と。

 例えばマネキン人形や、全身甲冑を用意すれば戦力増強は見込めるだろう。

 ただしカードの力を使うため、ナルの戦闘力は大幅に低下する。

 そもそも掌に乗せられるぬいぐるみを操るのにも多少の時間がかかったのだから、サイズが大きくなればそれも比例するはずだと考えて皿にため息を吐く。


 間違いなく【力】のカードで殴り掛かった方が早いのだ。

 数を揃えて押しつぶそうにも、このカードで操れる数に限りは無いが複雑な動きをさせる事はできなくなる。

 つまり数が増えれば増えるほどに、出せる命令の幅が狭まる。

 10体も用意すれば先程のぬいぐるみのように手足のように扱う事はできないだろう。

 ともすれば、『殺せ』という命令以上の事はできなくなるだろう。


「……使えねえ」


 まさしく、使えないのだ。

 だがナルはここで悪魔めいたひらめきをしてしまう。


(無機物だけなのか……? 例えば中に人間が入っていても鎧を操れれば……いや、もっと単純に……中に入っているのが死体だったらどうなる……。死体を生物ではなく物体ととらえるならこいつは……)


 その発想に思わず身震いしたナルは、ハングドマンを殺しておいてよかったと、今度は安どのため息を吐いた。

 ここ最近戦争や紛争は減っているものの零にはなっていない。

 少なからず方々で死者が出ている以上、このカードと死体を集めるだけの力があれば無限に兵を増やせる事になる。


 まさしく無限の軍勢にも等しい地獄のような様相を想像したナルは使い道は無くとも敵の力は削いだのだと考えてから、やはりそれを否定する。

 たしかにハングドマンを屠った時は周囲に死体になりそうな兵士は山ほどいた。

 実際ハングドマンを最初に殺したというだけで、そのあと大半の兵士を殺したものだ。


 思惑としては殺したはずの兵士が起き上がりナル達を包囲する作戦だったのかもしれないが、それにしては穴だらけである。

 そもそもナルをどうにかしたいのであれば多数の兵士に囲ませてから【魔術師】のマギカが転移の魔術で【正義】のジャッジを飛ばしてナルの急所を一突きするという戦法が一番効く。


 あるいはこういった街中の人目につかない場所で同様の方法で奇襲をすれば十中八九とまではいかなくとも五六の勝算は見込めるだろう。

 だとすると、敵はこのカードをナルに渡す事も想定内だったのではないか。

 そんな予想が脳裏をよぎった。

 いや、想定していたと考えるのは甘い。


 むしろそれを前提にしていたと考えてもいいくらいだ。

 それが意味するところは……。


(俺にカードを集めさせている……? )


 可能性は十分にあり得た。

 状況証拠でしかないが、【悪魔】をはじめとする【隠者】に【節制】、【吊られた男】は全てトリックテイキングがナルに与えたといっても過言ではない。

 【皇帝】と【女帝】の譲渡契約、加えて【太陽】、【魔術師】、【正義】の情報もトリックテイキングの動きが発端だ。

 9枚ものカードを実質手中に収めていた彼らがそれほどの動きを見せている理由を模索し、すぐにある一点に目が向けられる。


 先程購入した安いワイン。

 葡萄の栽培から収穫までを簡略化させたことで量産が可能になり、その上で一定の味を保てる技術力。

 それなりの規模を持つ国家ならば雑作もない事ではあるが、であるならば……。


「一網打尽、それが狙いか」


 現状カードの気配を探れるのは【愚者】のカードを持つナル一人。

 そこでカードを与えて収穫をさせて美味しいところだけを狙うのが敵の狙いではないかと予想を立てた。

 だがそこには一つ落とし穴がある。


 ナルがカードを手に入れればそれだけ戦力が強化されるのだ。

 つまり収穫を任せたところでナルからカードを奪うのは至難の業。

 そこから読み取れることは、やはり一つだけ。


 特大の隠し玉である。

 それがカードに起因しているかどうかはともかく、厄介な物であることは疑いようもない。

 なにせ【吊られた男】の効果を忍耐から傀儡へと変貌させるほどの相手である。

 カードに込められた意味を無視して、絵面から読み取れる内容、マリオネットへと変質させることの難しさを想像したナルはその隠し玉にどれほど注意を払わなければいけないのかと辟易としながら、安酒を舐めるのであった。


 カードの効果を試したナルはほろ酔い気分のままに宿の主にぬいぐるみを忘れものが落ちていたと届けて部屋に戻り酒を飲み干してからぐっすりと眠ったが、一方その頃グリムとリオネットはというと。


「チェックメイト」


「ぐぬぬ……」


 チェスを楽しんでいた。

 ここしばらくは指導で利益を上げていた二人だが、時間が取れるようになってからは再び遊戯の腕を磨いていた。

 その際にリオネットは立場が逆転することも恐れずにグリムに手ほどきを受けていた。

 結果はやはり惨敗だったが、それでもグリムは内心でリオネットを称賛する。

 どれほど負けようともリオネットは諦めることなく、グリムが教えた事を着々と積み上げて物にしていく。


 もはや数えるのも馬鹿らしくなるほどの敗北の先にただ一度の勝利を目指す姿勢、何処が悪かったのかを知れば次は同じ悪手は踏まず、かと思えばあえて悪手を打ち相手を罠に誘い込むという戦法を織り交ぜてくる。

 よい意味でナルの影響もうけていると感じ取ったグリムだが、一度逆転した腕と言うのはなかなか覆す事が敵わない。


「どこが悪かったのだろうか……」


「一度目のチェック、あそこでキングを逃がしたの、悪手。あの盤面ならナイトを捨てて守った方が、よかった」


「むむ……捨て駒か、どうにもその戦法は苦手なんだがな」


「でも、必要」


「それはわかっているつもりだが、やはり向き不向きがあるのだ」


 口ではそういうリオネットだが、苦手分野を放置する気は無いらしく研究に余念がない。

 指導講習を開く前にリオネットが目を通していた書物の中にはチェスの戦略について書かれた物もいくつかあり、それらを実践で試してはグリム相手にどれほど通用するのかと邁進していた。


「だが今ならナルにも勝てる気がするぞ! 」


「気の、せい」


「辛辣な! 」


 たしかにリオネットは強くなった。

 今までの力押しの戦法から、相手を罠にはめる戦略も使いこなし歯車がかみ合った際はグリムでさえ危ういところまで追いつめられることになったほどである。

 とはいえ、ナルには一日の長があるため付け焼刃の戦術では逆手に取られて簡単にあしらわれてしまうだろう。


 リオネットが100戦に一度グリムを追い詰めるのであれば、ナルは20戦に一度グリムを追い詰める。

 あくまでも相性の問題だが、それでもナルとリオネットでは踏んできた場数が違いすぎるのだ。

 その事は重々承知のリオネットだが、明日にでもナルに一局申し込んでみるかと考えながら新たに駒を並べなおすのだった。

 なおナルに勝てるかもという思い上がりは完膚なきまでに叩きのめされたことで即座に崩壊したという事実だけを記しておく。

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