歓談
「ナル」
「おう、ナルさんだ。ようやくひと段落して合流できたが、随分面白い仕事してるみたいじゃないか」
ナルは初め、合流予定の宿に足を運んでいた。
しかしグリムとリオネットは出かけており最近は自由市で傭兵や兵士相手の教官を務めているという話を聞き、そこから得意の情報収取を駆使してこの酒場を見つけ出したのだった。
すると二人はガラの悪い男に絡まれており、更には一歩間違えればグリムを夢で責め立てる人間が増えそうな様子だったため【力】のカードを使い男を後方へ投げ飛ばした、それが事の顛末である
「まったく君という奴は……派手な登場をしなければいけないという信念でもあるのか? 」
「リオネット、相変わらずいい乳してるな」
「弁明もなくいきなり胸の話題を振るのもどうかと思うぞ」
「弁明も何も、助けてやったんだからこの程度の派手さは見逃してもらいたいね」
「君には何を言っても無駄のようだな……」
苦言を呈するのも限度があると諦めて、再び肉を切り分ける作業に移ったリオネットを尻目にナルも適当な料理を注文する。
手始めにエールを頼み、それで喉を潤してから小さく歓喜の声を上げる。
「くぅ……美味いなぁ……」
ここ数日軍から用意された傾向食ばかり口にしており、酒の類は用意できなかったナルにとって実に半月ぶりの酒は染み渡るほどうまかった。
もとより馬車を動かすことに加えて、いつどこから襲撃があるとも知れない一人旅の道中で飲酒はできないと割り切っていたナルだが、それでも酒を飲みたいという欲求は溜まっていた。
「あとは温かい飯と、水浴びができれば十分に満足できるな」
「それは安価でうらやましい話だが、ドスト帝国では何をやらかしてきたんだ? 」
どうせお前の事だから派手にやらかしたのだろうとにらみを利かせるリオネットに苦笑を浮かべたナルはそれまでのいきさつの一部を語った。
流石に人目のある酒場で暴動を起こしただの、カードがどうしただのと言う会話は避けるべきだと考えての事。
結果的に重要な部分のほとんどは語られる事なく、あとで宿に戻ってからという話に落ち着いたのだった。
それでもである。
「君は……行く先々で国を混乱させなければいけないという義務でもあるのか? 」
「ねぇよ、俺がいつどこの国を……いや、結構させてるな」
レムレス皇国では二度の叙勲にそれまでの過程、ついでに皇帝を爺というあだ名で呼び、ドスト帝国では暴動、過去の140年を遡ればいわゆる呪い事件もナルが引き起こした物であり、その引き金となった反乱と鎮圧に関しても中心人物、あまつさえ貴族との喧嘩で指名手配までされた経験もある以上ナルは常習犯と呼んで差し支えない程に問題を起こしていた。
「それで、その裏組織についてなんだが」
「悪いことはやってるけど、酷いことはしていないから安心してくれ」
「ならばよし、とでも言うと思ったのか? 良いわけないだろうに……」
「ほら、皇国じゃそれほど問題起こしてないから」
「それほどってなんだ、それほどって……」
「そりゃまあ……色々と? 」
「いろいろやってるんじゃないか! 」
そんなやり取りを見ながらグリムは人知れず微笑を浮かべる。
あぁ、やはりこうでなくてはと。
リオネットと二人での生活が嫌だったわけではない。
だが、ナルがいない生活というのは不思議と落ち着かないものがあった。
「そうだ、そう言えば二人のやってる教育ってどんな内容なんだ? 」
「剣の持ち方、気を付ける点、そういうのに、助言する」
「なるほどなぁ、グリムにはうってつけの仕事だな」
「そう……? 」
「あぁ、人を殺して夜な夜な魘されるよりはよっぽど向いている」
「ん……」
恥ずかし気に頬を染めたグリムだったが、薄暗い酒場ではその顔色の変化に気付くことができなかったナルは運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。
酒同様半月我慢していたまともな食事、それがどれほど美味い物なのかを全身で表現するように身震いさせて堪能していたのである。
そしてある程度空腹が満たされたところで、ナルはテーブルに紙幣を数枚置いて立ち上がった。
「じゃ、俺安宿泊るから。積もる話もあるだろうけどそれは明日な」
「なぜだ? 同じ宿でいいと思うのだが」
「俺高級な宿って苦手なんだよ。寝床は馬小屋で十分、そもそも二人の泊ってる宿は一人で止まるような場所じゃないからな」
「そういうものか? 」
「そういうものだ、明日の朝。5つの鐘が鳴るころにここで集合でいいか? 」
「私はかまわないが、グリムは? 」
「ん、大丈夫」
「そか、じゃあおやすみ」
そう言って酒場を出たナルの置いていった紙幣を見たリオネットはため息を吐く。
「あの男、あれで性格がまともで難儀な体質でなければ人並みの幸せを掴めただろうに……」
そこに置かれたのは三人分の代金、加えて食後のデザートとそこそこの値段のドリンクを楽しめる程度の金額が置かれていた。
気遣いという点は完璧で、容姿も比較的整っている方だというのに時間をかけて歪んだ性格と、不老不死と言う体質がそれらを全て打ち消す程にナルという男の評価を下方修正させていた。
もとより性格に関しては当人の要望を叶えるべく、あえて胡散臭い人間を装っているようなものだが板につくという言葉の通り、被った猫が皮膚と同化してしまっている。
見下されるのも侮られるのも大歓迎という稀有な人間だが、それを武器にするのだから始末が悪いと再びため息を吐き、その呼気で紙幣がひらひらと揺れるのだった。
それからの二人は、ナルの厚意に甘えて食後にリンゴのパイを注文し、名産の果物をふんだんに使ったドリンクで喉を潤してから宿への道を歩んだのである。
あとに残されたのはグリムに投げられナイフを突きつけられ、最後にナルに投げ捨てられた男の無残な姿の身だった。




