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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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再会

 再び街に出るようになったグリムには日課ができた。

 ナルの物まねではあるが、自由市で小さな店を開くようになったのだ。

 仕事の対象は傭兵、あるいは兵士である。

 彼らは大なり小なり悩みを抱えている事を見抜いたリオネットの発案から始めた商売だったが、これが意外と繁盛していたのである。


「剣の握り、それと脇の締めが甘い」


 あくまでも我流に過ぎないグリムだが、殺すことに関しては右に出る者がいないと言われるほどの実力者である。

 それを生かすための方法へ転じさせたのは誰の影響だろうか。

 短いようで長い旅の中であって来た人々、いつぞやにレムレス皇国へ向かう途中で立ち寄った村の子供たちや、戦車街で出会った数々の兵士達、ナルやリオネットのような変わり種とみていく中でグリムは相手の弱点を見抜くという一点に優れている自分の観察眼に気付いたのだった。


 それを駆使して、彼らの抱えている悩み、あるいは立ちふさがる壁を乗り越えるための一助を商売としていた。

 自分ならばここを狙い隙を突いてどのように殺すかという観察を交えて彼らにアドバイスを送る。

 その対価は内容に反してかなり安価な物であるが、その値段とグリムの外見では余程のもの好きでない限り足を運ぼうとは思わなかっただろう。


 しかしそこはリオネットの存在が大きかった。

 彼女は曲がりなりにもアルヴヘイム共和国の近隣にあるレムレス皇国の防衛線を担う一人であり、ある種の最終兵器としても一部界隈では顔が効く。

 それを利用しての集客により、グリムの戦闘アドバイザーという仕事は数日分の貯えを賄えるほどの規模になっていた。


 あまり目立つべきではないと、2人は同じことを考えていたがそれも今更というレベルまで繁盛してしまっているため、ならばいっそ開き直ってドスト帝国が手出しできない程に顔を利かせてやればいいと店舗を拡大、実演ができる程度の広さを使い時には模擬戦までこなすある種の一大事業を起こしていたのだ。

 後にこれを真似て辺境の村などで剣術を教え始める傭兵なども現れるようになり、その発端として名が挙がるのは死神ではなく剣聖という呼び名である。


 また数十年後という時代では歴史書に名を残す人物になったグリムは、死神という通り名を持つ女神という扱いを受けており、後世では殺戮者ではなく人を生かすために尽力した人物として称されることになるのだがそんなことはつゆ知らず、2人は暇つぶしという名の事業に没頭していたのだった。

 中にはこんな小娘に何が教えられるという冷たい言葉を投げかける者もいたが、その手の評価は評判が塗りつぶしていった。


 結果的に二人は兵士達からある申し出が来ることになる。

 つまり、このままアルヴヘイム共和国の兵士、あるいは指南役として正式に働かないかという誘いだったがリオネットは立場を理由に、グリムは待ち人を理由にそれを断り、代わりにこの街に滞在する間はアドバイザーの仕事を続けるという約束を取り付けた。


 その返答に、致し方ないと諦めた兵士は逆に協力的な態度を見せる事になる。

 街を巡回する兵士の人数を増やし、その中から数名交代でグリム達の護衛を用意したのだ。

 この手の措置はある程度繁盛している自由市の人間にとっては慣れ親しんだものではあるが、国を通さない自由業の者達は危険と隣り合わせである。

 例えば腕のいい狩人が肉屋を通さず自前で得た得物を売りさばいた場合、街に拠点を構える肉屋などの商店から恨みを買う事は多々あるのだ。


 それが零才の小さな店であれば問題は無いが大手の商人は何かしらの形で裏の世界とも通じており、全面的に敵対した場合命の危険すらあり得る。

 過去そう言った事件が多発して自由市という国にとっても重要な場が閉鎖に追い込まれる危機に落ちったこともあるため、ある程度の人数であれば個人商店の護衛ができる程度の人員は備えておくのが常となった。


 グリムとリオネットに関してはその護衛は不要だったが、国の意向ともあればそれを排除するわけにもいかないと承諾しており、また共和国側も見返りは要求しないという条件を出していた。

 ただし派遣される兵士の質はよくない事から、グリムやリオネットの指導を見て学べる、つまりまだ伸びしろのある新人をこの場によこしているのは一目瞭然であり、その事にリオネットただ一人が苦笑いを見せていた。


 グリムはどうでもいいと、いつも通り傭兵達を相手に訓練をして、兵士相手に型破りな動きを見せながら模擬戦で圧倒、そして所定の時間が過ぎれば人員が入れ替えられ訓練が終わった者達は近隣にある出店で軽食を取り各々仕事に戻るという循環が起こっていた。

 周囲の店にも十分な見返りがあるからだろうか、2人の物騒な商売に文句を言う商店は今まで存在せず、また国が直々に護衛をつけるほどの者である以上傭兵の元締め達も口をつぐむしかない。


 そもそも今のグリムは傭兵としては半ば引退した身であるため、この一件で傭兵ギルドを通さずに仕事をしたからと言って罰せられたところで痛くもかゆくもないのだ。

 もとより根無し草、そんな集団である傭兵は基本的に依頼人の金払い次第で動きを変える。

 支払いが良ければ昨日までの味方を切り捨てる事もある傭兵を縛ろうというのは無理な相談であり、グリムに関してはそれ以上に死に場所を求めて勝手に所属を変えるような規律違反すれすれの行為を繰り返していた問題児であったのも影響して何も言うまいと不干渉を決め込まれていた。


 だからだろうか、グリムの情報は基本的に一部界隈を除いて、つまり直接面識のある人間を除いて正体が死神であると知っている者は少ないのである。

 それが意味するところはと言うと。


「最近設けてるらしいじゃねえか、嬢ちゃん」


 この手の悪漢である。

 自由市での出店を終えて帰り際に立ち寄った酒場でグリムは大柄な男に肩を掴まれていた。

 ニヤニヤとした笑みはナルが見せる挑発的な物ではなく、まるでこれから味わう得物を物色するような嘗め回す視線である。


 グリムはその笑みに嫌悪感を示し、鬱陶しいと手を払いのけたがそれでもしつこく絡んでくる男にため息を吐いた。

 いつの世もこの手の輩は絶えない。

 護衛の兵士達も既に寄宿舎へ帰っており、これ以上の護衛を求めるならば金銭で傭兵を雇えという暗黙の了解に従っていた二人は、しかし自分達だけでも過剰戦力とその助言を聞き入れる事は無かった。

 ナルがその場にいたのであれば迷わず屈強な男を適当な口車に乗せてそのまま護衛として使っていただろう。


 その理由はやはり外聞であり、小娘と胸のでかい女が荒稼ぎしているという風聞を耳にした荒くれものがどういう行動に出るか。

 しかも護衛の一人も付けていないとなれば……という所まで二人は気が回らなかったのである。

 結果としてこの通り、見事に絡まれる事になった二人はようやく兵士の言っていた言葉の本質を理解して、そしてどうしたものかと目を見合わせた。

 今二人に絡んでいる男、この程度をあしらうのは容易い事。


 なんなら打ち倒すのも難しい話ではなく、戦車はおろか剣すら持たないリオネットでさえも一瞬で意識を刈り取る事ができるだろう。

 その程度の相手だからこそ、あまりやりすぎれば過剰防衛となり立場を悪くしてしまいかねないと手を出しあぐねていた。


「ショバ代って言ってなぁ、おおっぴらにやるなら俺達みたいな人間にもいくらか金を納めなきゃいけんのよ。わかるかい? 」


「そんなものは、無い」


「あるんだなぁこれが、暗黙の了解っていう奴でなぁ。なにせほら、俺達は裏側にいる人間だからさぁ。表の人間が知らないルールってのも精通してるのよ」


「……面倒、くさい」


「いいから出すもの出せって言ってんだよ、そうすりゃ痛い目見なくても済むぜ? 金が嫌なら体でもいいけどなぁ」


 下種の発現にリオネットはかまわず堅い肉をナイフで切り分けて口へ運ぶ。

 グリムはグリムで肩を掴まれていて食事がしにくいと顔をしかめているが、テーブルに立てかけた剣に手を伸ばす気にはなれない。

 鎧を着こんだ相手や、それなり以上の相手であれば殺さずに気絶させることは容易いが、あまりにも男が弱すぎた。

 少し小突いただけでも死にかねないと判断したグリムは改めて自分に言い聞かせる。


(私は、死神)


 だから剣を抜いてはいけないと。

 そうして逡巡してから、男の手に自らの小さな手を重ねた。


「お、身体か? 起伏は少ないがそれなりに楽しめそ」


 その先を口にする前に男の視界が180度入れ替わった。

 天が地に、地が天にと全ての景色がひっくり返る。

 隙だらけの男をグリムが迷わず投げ、頭から落ちた男はその痛みに苦悶の声を上げ、すぐさま立ち直り反撃を試みようとしたところで喉元にヒヤリとした感触がある事に気付いたのだ。


「まだ、やる? 」


 それはグリムが先程まで肉を切り分けるために使っていたナイフであり、切れ味は悪くとも少し力を籠めればこの場を血の海に変えられるだけの殺傷力はある。

 同時にグリムの放つ殺気もその裏付けをしていた。

 街の一角、ごくありふれた酒場、どんちゃん騒ぎをしていた所に不自然なまでの静寂が訪れ、そしてそれは唐突に打ち破られた。


「はいはい、そこまで」


 そんな間の抜けた言葉と共に、喉元にナイフを突きつけられていた男の身体が後方へと吹き飛んだ。

 そしてグリムの持つナイフをするりと奪い去って、テーブルの上に置いてから勝手に席に着いた男はこんな一言を口にするのだった。


「2か月ぶりだな、2人とも」


 そう言って煙草に火をつけたのは、ナルだった。

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