思案
こうして無事挨拶を終えたナルは城に戻り馬を引き取ってから帝都を後にした。
まず目指したのは以前グリムとリオネットに潜伏してもらった森、そこには解体した馬車を隠してあったからである。
帝都からは馬車を用いて約10日、馬の疲労を見極めながら走らせればその半分ほどの時間で向かう事ができる。
そこからアルヴヘイム共和国のミストレスの街を目指すのに荷物の重量などを考えて同じく5日と言った所だろうか。
久しぶりの乗馬に手こずる場面もあったが、数時間で感覚を取り戻したナルは快調に街道を疾走していた。
(カード使えばもっと早いんだがな、隠すのをやめたとはいえ無暗に目立つのもどうかと思うし二人には少し待ってもらう事になるか)
【力】や【悪魔】のカードを用いれば路程の短縮は可能であり、【隠者】で身を隠す事も難しくはない。
とはいえ、その後馬車を惹く人間という奇妙な光景はどうしても目立つ上に、【隠者】を用いたとしても馬の居ない荷台のみという酷く不自然な物体が街道を占拠しかねない。
その異様な光景を想像したナルは馬を貰うという選択をして、懐かしい乗馬にいそしむのだった。
思えばどれほどの期間、一人で旅をしていただろうか。
馬を連れている期間もあったが、道中で愛馬を亡くして以来完全な一人旅を数十年続けていたナルにとって仲間と旅をするというのは懐かしいを通り越して新鮮なものだった。
グリムやリオネットと共に旅をしていた間もその思いはあったはずだが、ここに来てどうしてかその思いが強くなっているように感じたナルは自分自身の感情に違和感を抱く。
(なんかここの所妙だな……なんというか、感情が抑えきれない? あまり気にするほどの事じゃないが……いや、気にした方がいいのかもしれんな)
一つ気がかりなのはリオネットが以前口にした言葉。
ナルの能力の不可思議な点についてだ。
通常英雄の血族と呼ばれる者達が得る能力は一点豪華主義。
あるいは器用貧乏のどちらかに限定される。
前者であれば、例えば魔法に特化している分肉体は脆弱で人並みかそれ以下という場合が多い。
後者であれば大抵の事は無難にこなせるが人よりも少し得意というだけで際立つ物はない。
ならばナルの力はどちらに分類されるか、強いて言うならば後者だが器用貧乏と呼ぶには語弊がある。
言い換えるならばそれは万能ともいえるべき能力であり、そして能力の一部とはいえ他者への譲渡も可能となれば英雄の血族の原点、つまり異世界から現れたとされる英雄達の力をも超越する。
文献の中に散見していた原初の英雄と呼ばれた、この世界に一番最初に現れたとされる異世界の英雄。
その能力の高さについて書かれた物はいくつもあったが、しかしその詳細はどこにも記されていない。
だが書かれていた内容はどれもが卓越した剣技と、尋常ならざる膂力、人並外れた魔法を操るというものであり、ある意味ではナルのそれに近い。
その親和性にひっかかりを覚えたナルだったが、わからない事を考えるのは無駄と早々に今後機会があれば調べるという方針転換をして馬の背にまたがりながら煙草に火をつけ、そしてやはり今のうちに纏められる事は纏めておこうと馬を走らせる速度を落とした。
まず考えたのは自信のルーツ、つまり英雄の血族の根源。
血の薄れた血族は能力を発揮することなく一生を終える事もあるが、ナルの血族も例外なくその末路をたどっていた。
140年前に英雄の血族を集めようとした国家が大量に発生した理由の一つがそれであり、血が薄れる事を恐れて貴族階級に祭り上げて血族同士で婚姻を結ばせ、これ以上血が薄れる事を避けようとしたというのが事件の発端に当たる。
その際に手荒な方法も辞さないという国家への反逆が『英雄の反乱』であり、十分な血族を確保できた国家による一掃作戦が『英雄の鎮圧』だった。
しかし時折隔世遺伝により血族の原点に近い強力な力を発揮する者が生まれる事がある。
そう言った者は数は少ないが、しかしあらゆる国家が血眼に探しだそうとしている存在だ。
ならばナルの原点はどこにあるのか。
今最も可能性が高いのは原初の英雄、あらゆる力を使いこなしたとされる掛け値なし、史上最強にして最高と呼ばれた英雄の血がどこかで混ざった可能性は捨てきれない。
その血が目覚める可能性は限りなく低いが、しかし捨てきれない以上放置はできないのだ。
(仮に、俺の原点がそこにあるならば……いや、だから何だって話だよな……)
自分の原点が原初の英雄だとして、この力が飛び散った先はナルには予想できない。
例えばグリムやリオネットは英雄の血族ではない。
純粋にこの世界で生まれ、この世界で過ごしてきた者達の末裔である。
とはいえこれも本人に自覚がない可能性も捨てきれず、特にリオネットに関してはカードを譲渡された立場であるため参考にならない。
また譲渡契約という例外も存在する以上、すでに自分の原点から探れることは限られてくる。
あるとすれば特別な力の持ち主を特定する方法、素手に心当たりは残り三つ。
帝国の皇帝から聞き出したミストレスの西にある街にいるという不思議な力を持つ人物。
グリムの心当たりであるミハシリ王国の人間。
法国を収める法王。
その三つを探し終えたらあとはどこにいるとも知れない相手を探す事になり、どころかそれらのカードを含めてトリックテイキングという敵が手中に収めている可能性は十分にあり得る。
であるならば、今考えるべきはトリックテイキングとの戦いにどう対応するかという一点である。
相手の規模は不明、所在地も不明、確認できているカードは三枚。
予測を含めるならば敵の首魁もカードを持っていると考えて最低でも4枚。
現在ナルが持っているのは【愚者】【力】【月】【悪魔】【隠者】【吊られた男】【節制】の7枚。
譲渡契約が完了している物はグリムの【死神】、リオネットの【戦車】、ドスト帝国皇帝の孫ジェネの【皇帝】、ならびに皇帝の妻クインの【女帝】の4枚。
確定しているのは14枚で、予測を含めて17枚は見当がついている。
あとの四枚、ナルが最重要としている【世界】は未だ行方が知れずトリックテイキングが持っている可能性は低いと考えている。
理由の一つに、願いを叶えるカードという破格の能力を持つそれが手中にあるのならばわざわざ回りくどい事をせずとも即座にカード全てを得る事ができるからだ。
あるいは、これはナルにとって最悪の結末だが他者の手に渡り長い時間をかけた事でカードの能力が変質している可能性である。
その場合はトリックテイキングの手中に有ってもおかしくはないと考える必要が出てくる上に、下手をすればナルの不老不死は永遠に解けることがないのだ。
ほかに考えられる可能性はいくつも存在するが、それら一つ一つを考察していく。
(おそらく皇帝の心当たりは【塔】のカード、周囲の人間を崩壊させるとなるとそれ以外には考えにくい。【世界】に周囲の人間の身を崩させたいと願えばあるいはってとこだが……まぁ違うだろう。ミハシリのカードはわからんが法国にあるのは【法王】の可能性、上手くすれば【女教皇】なんかもあるかもしれないが、どちらか片方と考えた方がいいな。帝国が例外なんだ)
カードの保有者は引かれあう運命にあるが、しかしそれでも保有者同士の婚姻というのは過去例を見ない。
明らかに異常な帝国は例外とする。
「……行き詰ったな」
そうして考えを纏めていくうちに、わからない事や不確定要素が多すぎるという結論に達したナルは馬を元の速度で走らせ、先程までの遅れを取り戻すように疾走させた。
考える時間は十分にあり、グリム達と合流するまで7日以上あるのだ。
急いで結論を出してもそれが誤りであれば目も当てられないと、当面の目標に集中することにしたのだった。
つまり二人との合流、その目的を達成するべく腰を浮かせて馬の腹を足で強く抑える。
この馬ならばまだ速度を上げる事もできるだろうと、たまには全力を出させるほうがこいつの為にもなるだろうという思いを胸にその旅路を爆走するのだった。




