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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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獅子身中の虫

 用意された馬はとても立派な物だった。

 寒冷地の品種だろうか、足が太く見るからに力強そうな外見。

 黒い毛並みは日光に照らされて輝いているようにも見える。

 たてがみは編みこまれており、つけられた鞍は誰がどう見ても高級品と一目で見抜けるほどに豪華な装飾が施されている。


「まじかよ……」


 しかしそんな馬を前にナルは不機嫌だった。

 何のためにわざわざ換金しやすい安価な宝石を頼んだと思っているのだと内心で毒づく。

 その馬は立派すぎるのだ。

 リオネットに下賜された馬車牽きの馬と比べても、明らかに二つほどランクが違う。

 この一頭はそこら辺の家一軒と同程度の値段が付くだろうと目算ながらに算出したナルは、今後この馬関連でどのような面倒ごとに巻き込まれるのやらと頭を抱えていた。

 皇帝としてもそこそこの馬をあてがえれば良かったと考えていたのだが、それでは対外的に問題が発生する可能性を考慮しての事だろう。

 あるいは【女帝】からの入れ知恵をどうにかしてこの結論を導き出したのだろうと考えていた。


「あー……後で取りに来るわ」


 流石にこれほどの馬を連れて下水道に繋がる裏路地を通るのは目立つ。

 どこかに適当に停めておいてくれというわけにもいかず、結局金の眼に挨拶をするためにもここに置いておき、後々必要な時に回収するほうがいくらか安全だと踏んでそう結論付けた。

 裏組織はなにもナルが支配している物だけではないのだ。

 犯罪者の集団である以上国を相手にするのは論外、敵対組織がいる事も見越して国とつながりがある組織と自分の所属組織以外に知られるのもマズい。


「まったく……あの爺本当に何を考えているんだか」


 兵士達から離れた事でようやく口に出せたと文句を吐きながらも人目につかない裏路地で適当にマンホールをこじ開けて中へと入る。

 そしてお決まりの合言葉と光による合図、迷路のような地下道を抜けて金の眼へとたどり着いたナルは早速その事を愚痴っていた。


「というわけで、こいつの半分は組織に預けるわ」


 予定よりもだいぶ多く貰ってしまった宝石の半分。

 例の換金不可能であろうと思われるエメラルドを除いたそれを金の眼に手渡した。

 一つ一つ、何か仕掛けはされていないかと慎重に探る金の眼だったが、しばらくして何も問題はないと判断して種類ごとにより分けて小さな革袋に詰め込んでいくのを眺めながらナルは煙草に火をつける。


「そのエメラルドも見せてもらえるかしら」


「構わんぞ」


 何か気になる所でもあるのだろうかと手渡したナルに、金の眼は思わずと言った様子でその額を小突いた。

 あだ名の通り、金の眼は優れた鑑定眼を持っている。

 それこそ金になる物であれば一目で見抜き、安価で買い叩いた品を高額で転売するというやり口で組織を裏から支える役割を担っているのである。

 その結果、組織内でも二番手と呼ばれるクイーンの駒を任される程の大物になっていたのだが、そんな彼女が拳を振るう様子を初めて見たナルはとっさに交わす事もできずにされるがままに額で受け止めた。


「これ、下手したら国宝クラスよ? 」


「値段がつけられないというとこまではわかったんだがな……」


「元々は二回り位大きい物だったはず……それを見栄えの為だけにこの大きさまで削ってるわ。そのせいで、というよりそのおかげで価値が跳ね上がっているの。それにこれ、私達で言う所の駒と同じ役割も持っているわ」


「……まじで? 」


「えぇ、それもナイト以上の幹部クラスに下賜されるような代物。ここ見て、浮き彫りになっている個所があるのだけど、数字が書かれてるわ」


 金の眼が指さした個所は遠目ではわかりにくいが、確かに数字が刻まれていた。

 21と書かれているそれは、ある意味ナルにとって思い入れの深い数字である。

 つまり【世界】のカードを示す番号。

 何の意図をもってこの石を渡したのか、これによりナルはさらに混乱することになった。


「まさかっ」


「違うわね、貴方がトリックテイキングなる輩の頂点にいて仲間はカードを知っている。そんな状況で【皇帝】に下賜するなら数字はどうするかしら」


 半ば以上まで燃え尽きた煙草を取り上げた金の眼は新たな煙草をナルに差し出して、燭台から火を差し出して訪ねた。

 一呼吸、煙草をの煙を吸い込んだナルは多少の落ち着きを取り戻す。


「4番、少なくとも【世界】を指し示す数字を与える事はないな」


「そういうこと。だからこれはもっと別の何かよ。少なくともトリックテイキングとは無関係と考えて問題ないわ。だからたぶん……あれね」


「あれって言うと……世界協定委員会か? 」


 世界協定委員会とは各国が秘密裏に行うとされている都市伝説の一つである。

 公にはされていないがその存在は既に裏世界では有名な物であり、各国の代表者を集めて今後の情勢について話し合う場が設けられるという物。

 それは戦時中の国家や、加害国被害国などの垣根を超えた先にある会議であり、法外な値段で様々な物事が売り解される場でもある。

 例えばレムレス皇国が食糧援助を求める立場になった際、公に他国へ求めた場合見返りとして相応の代金を支払う事になるだろう。

 だがその裏で行われる世界協定委員会による会合では、南方で発生している戦争の加害国が被害国に対して援助を求めるようなこともあり得るのだ。

 時と場合によるが、戦争に負けてしまった方が今後の為になるという場合は発生する。

 その際にわざと負けるように戦を動かしては世間的にどのようにみられるか。

 そう言った問題の解決のため秘密裏に行われる会合がそれである。


「ま、帝国がその席にいてもおかしくはないわね」


「だなぁ……ここ数年数十年の和平協定も今にしてみれば不自然な物が多かった」


「そうね、とくにアルヴヘイム共和国やハイエロ法国なんかとの協定は不自然な箇所しかないわ」


 睨み合いを続けていた三国が僅か数か月で戦況の変化もない中で突如の和平である。

 裏で何かがあったとみるのが常だろう。

 その中心に帝国がいたのはもちろんの事、ならば委員会のメンバーとして今の皇帝、あるいは先代皇帝が何かしらの動きを見せていた可能性は十分にある。


「けどなぁ……どこに奴らの手掛かりがあるかもわからん中で、突然賄賂に使えるぞと渡されても使い時を間違えそうで怖いな」


「あら、【女帝】様がいるんでしょ? 名前が似ているのが腹立たしいけれど」


 クインとクイーン、名前と身分ではあるが近しい名前を持っている事に苛立ちを隠していないのはそれこそ立場の違いによる嫉妬だろうか。

 生まれは貧乏だったがその身一つで成りあがった金の眼にとって、生まれながらに成功が約束されていたクインは到底見過ごせない相手である。

 暗殺や誘拐をもくろむようなことはしなくとも、呪詛の一つを吐く程度の事はやってのけるのだ。


「あー、今日は会ってないな……つーかあの女苦手」


「あら、ナルちゃんが女性に苦手意識なんて明日は槍でも降るのかしら。やめて欲しいわぁ、ナルちゃんの出国と同時にお引越しなのに」


 過去、長い時間を過ごす中でナルが誑かしてきた女の数は三桁に近い。

 酷いときには結婚詐欺にも近い手口で金を貢がせたこともあったほどだ。

 本人の為にも弁護しておくと、ナルがその手の悪行に手を染めた相手は例外なく悪人だったが、女性はナルにとって比較的御しやすいのだ。


「いや、俺基本的に女って苦手だからな。腹の底に何を抱えてるやら……じゃなくてだな。引っ越し先、つーか連絡先どこだよ」


「いいところよ。ナルちゃんが裁判受けた広場の目の前」


「……まじで? 」


 言うなれば国の中心に近い位置、それも日夜犯罪者が裁かれている広場を眼下にできる好条件の土地である。


「えぇ、ナルちゃんのおかげであのあたりの物価がそれはもう急転直下だったのよ。おかげでいい買い物ができたわ」


「大丈夫なのか? 国に目を付けられるとか……」


「しばらくしたらここに戻ってくるつもりだし、表向きのアジトが一つ増えただけだから気にしないでも大丈夫よ。それに……獅子身中の虫はトリックテイキングとやらだけの専売特許じゃないんだから」


「……やっぱり女は怖いな」


 暗に帝国の内部には金の眼の息がかかった者がいると告げられたナルは身震いする。

 そしてこの女だけは生涯敵に回してはいけないと警鐘を鳴らし続ける直観を黙らせながら、ついでのように危険な虫を腹に抱えている帝国に合掌するのだった。

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