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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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本性

「所でナル君―? 僕ってこの為だけに呼ばれたのー? 」


「もちろん違う、これから楽しい楽しい実験のお時間が待っているのさ」


「そう来なくっちゃー」


 朗らかに笑みを浮かべる二人を尻目に、皇帝は人知れず頭を抱えた。

 これから行われる行為は愛する孫、どころか孫の為にも守らなければいけない国の存亡にかかわる重要な事柄である。

 だというのにそれを実験呼ばわり、あまつさえ楽しいとまで称する二人の理から外れた者達に小さな頭痛を覚えていた。


「ここである」


 そんなことはつゆ知らず、というよりは意図的に見逃したナルは案内された城の地下に躊躇なく足を踏み入れた。

 何人もの男が鎖に繋がれ、怯えた表情を向けている場。

 寝台にも見える拘束台には既に一人の男が寝かされており、その手足はもちろんのこと指の一本さえ動かせないように縛り付けられていた。


「さて……はじめてくれ」


 ナルの言葉に従うように黒衣の男たちがペンチやのこぎりを片手に拘束された男へと近づいていく。

 そして、まず爪を剥がした。

 拷問の始まりである。

 城の地下に絶叫が響き渡る。


「んー? 今更人体に興味はないよー? 」


「いんや、興味を抱くはずさ。一度ストップだ」


 ナルが制止すると同時に男の指に触れる。

 爪がはがされたばかりの指に、その刺激はいささか強すぎたのか口から泡を吹いて痛みをこらえる男。


「おやおや、この程度でそんな表情をするなんて情けないなぁ……」


 そう言ってから【節制】を発動させたナルは、男の指先に新たな詰めがはえてくるのを鹿と見届けてからローカストにもそれを見せつけた。


「な? 面白いだろ? 」


「………………」


「ローカスト? 」


 声をかけられたローカストだったが、ナルの予想に反して沈黙を保っている。

 あぁ、しまった。

 スイッチを入れてしまったと苦笑を浮かべたナルだったが、それはそれで都合がいいと近くにいた黒衣の男からペンチを取り上げてローカストに手渡す。

 それを受け取ったローカストは、迷うことなく縛られた男の指先にそれを当てて、力の限り握りつぶした。


「ナル君」


「あいよ」


 そして【節制】を再び発動させる。

 男の指先は潰れた痕跡を残すことなく綺麗に修復された。

 その光景は再生と呼ぶにふさわしい物であり、ナルもこれは便利だと口笛を吹く。


「骨に異常は無し、神経も……通っている。傷跡もなく綺麗に元通りだ……ねぇ、そのナイフ貸して」


 ローカストは男の指先を確認してからナイフを手に取り、今度はその指を切り落とした。

 同時にナルに目配せをして【節制】を発動させる。

 切断された指は元通りに繋がり、しかし未だに痛みが残っているのか男は絶叫を続けていた。


「……傷口の再生まで1秒未満、切断してもその速度は変わらずか。神経や骨はちゃんと無事で血管の異常もない。これならどうかな」


 そう言って迷うことなく男の腹部にナイフを突き立て、縦一文字に引き裂き内臓を引きずり出したローカストはそのまま力任せに腸の一部を切り取った。

 内部から汚物が溢れるのも気にせず、手の中で痙攣を繰り返す内臓を炎の魔術で償却してからやはりナルに目配せをした。

 当然の如く【節制】を発動させたナルは、焼失した内臓の一部がじわじわと修復されるのを見届け、切り開かれた腹部の傷さえも言えているのを確認する。


「焼却しても復元……なら……」


 その後もローカストによる実験は続いた。

 明らかに致命傷である傷も【節制】の効果を使えば瞬時に回復するというのは十分に理解できたが、ナルが知りたいのはそこではない。


「ローカスト、どうだ」


「んー、見た所副作用なんかはないよー。ちょーっと精神が持たなかったみたいだけどー、せっかくだからこのまま毒も試してみようか―」


 普段通りの様子を見せるローカストに、ひとまずは満足したのだろうとナルは胸を撫でおろしながら懐に忍ばせていた即効性の毒を投げ渡す。

 それを男の頸動脈に注入したのを見届けて数秒、血反吐を吐きながら呻く男に【節制】を発動させたナルはしばらく様子をうかがっていた。


「ん、毒も分解されるみたいだねー。これならお姫様に使い続けても大丈夫だよー」


「そか、助かったわ」


「僕も面白い物が見れて満足だよー」


「そりゃよかった。んで……次にこうなりたいのは誰だ? もし知ってることを洗いざらい吐くならここまで酷いことはしないが」


 周囲の檻で震える男たちに声をかけたナルは、手にしたナイフを拘束された男の眼球に押し当てる。

 力を入れずともナイフの自重で徐々に沈んでいくのを確認しながら、引き抜いては【節制】で癒し、そして再び突き刺すという行為を繰り返しながらの言葉である。

 既に、他の間者に抵抗の意志などない。


 死なない拷問、否、死ねない拷問などという物に耐えられる自信があると答えられるほどの忠誠心を抱いている者はこの場にはいないのだ。

 そもそもの話、ナルはここで得られる情報に期待など指定なかった。

 おおかた適当に見繕った捨て駒だろうと見切りをつけていたが、些細な情報が今後を左右することもある。

 自分の知らないトリックテイキングのメンバーについて知る事ができれば十分な儲けもの、仮に知っている相手でもそれはそれで情報として使い道があると割り切っての事だった。


「と、いうわけであとは任せたよ皇帝陛下。明日また同じ時間に診察と、ここでちょっと遊ばせてもらいに来るからさ」


 不穏な言葉を残して立ち去るナル達を見る間者の眼は、悪魔を見る少年のような怯えに満ちた物だった。

 その後予定よりも早めに仕事が済んでしまった二人はそのまま街を散策することにした。

 ローカストは下水のアジトに戻り研究を続けたいと言ったが、これからしばらく城に通う以上あの悪臭をまき散らすのは問題としてその間別室での休息を命じたナルによって暇を持て余す事になり、渋々それに付き合う事になったのだった。


 実験の邪魔をするのは誰であれ容赦はしないのがローカストの主義だったが、今回皇帝に資金援助と施設の充実を約束させたことに加え、さらに実験を休む期間の手当ても保証するという条件に乗せられて態度を一変させていた。


「で、食いたいものとかあるか? 」


「とくにないかなー。あ、でもお姫様に上げてた果実、あれおいしそうだったー」


 城の内部に不穏分子が紛れ込んでいるのは重々承知のナルは、予め外で購入した適当な食べ物をジェネに与えていた。

 気休めにもならない行為だが、しないよりはましと考えての事である。

 少なくともどこで毒を盛られるか分からない以上、ナルの眼と手の届く範囲内であれば危険を避けるのは難しくない。


 あとはそれをジェネが受け入れれば完ぺきであるが、怪しい風貌に先日のセクハラまがいの診察とナルに対する信用は地の底まで落とされていたためジェネの態度は芳しくない。

 もっとも、それ以上に酷いローカストの診察を経た今多少なりともナルに対する懐疑心は薄れていた。

 酷いマッチポンプだと、トリックテイキングに悪態を吐けないと笑うナルだったが街中の散策では様々な物を見る事ができた。


 暴動の爪痕はともかくとして、方々に目を見張る品々が並んでいる店舗に足を運び、その先々で他国に行けば高額で売れそうな商品や、グリムやリオネットが喜びそうな土産物を購入してほくほくとした様子のナルだったが、対照的にというべきか、そう言った物に興味を示さないローカストは食指を引かれる食べ物ばかりに注視していた。


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