やはりセクハラでは
翌日、予想通りというべきかローカストは当然の如く皇帝の逆鱗を撫でまわす行為に出ていた。
出会い頭挨拶もそこそこにジェネの頬を掴み半ば無理やりに口を開かせて鼻先を近づけて臭いを確かめ、無遠慮に服をまくり上げてはべたべたとその体をいじりまわし羞恥の感情を抱かせる暇も与えずにてきぱきとセクハラ行為を働いていたのだ。
その間ナルはと言えば【力】のカードをフル活用して皇帝をなだめる、もとい取り押さえていた。
「で、何かわかったか? 」
「んー、一生お酒は飲めない体だねー。食べ物にも気を使わないとだし―、牛乳もちょっとよくないかなー。病気にしては不自然だからやっぱり毒かなー。生きているのが残念だよー。死んでたら解剖して内臓を直に見たかったねー」
とまぁこれまた皇帝の逆鱗を殴打するローカストだったが、その診断は完璧な物でナルが知識をフル活用して得た情報を一瞬で抜き出してしまった。
「というわけで、ちくっとするよー」
「瀉血ですか……? 」
瀉血とは体内に有る有毒な血を抜くという治療行為だが、現代医学ではほとんど無意味な行為であるとされている。
毒矢等を受けた場合に多少血を抜くことで毒を輩出する事もできるが、ジェネの身体を蝕んでいるそれを抜ききるには全身の血液をそっくり入れ替えるしかないだろう。
「君は原始人かなー? この血を持って帰って遠心分離して毒の成分を抜き出せたらいいなーと思ってるだけー」
「はぁ……それは治療につながるんでしょうか」
「つながるかもしれないしー、つながらないかもしれないー。でも僕の研究が捗るからー、損はしないよー」
この場合、損をしないのはローカストでありジェネに恩恵はない。
治療薬や解毒薬ができたとしても痛めた内蔵の治療までは不可能だからである。
「あの……おじい様、いたっ、この人は本当に信用できるのでしょうか……? 」
「どうなのだ」
「信用しちゃいけない類の人間だけど、この場においては俺よりも役に立つから我慢してくれ」
採血の痛みに耐えながらもジェネは皇帝を問いただし、皇帝はナルを問いただす。
それに対して一瞬答えに詰まりかけたナルだったが、ここに連れてきたのは他の目的もあった。
ローカストがジェネの治療をできるとなれば今後ナルを縛る枷を外すことも不可能ではない。
【節制】程の効力は見込めないが、ただの医者に任せるよりは十分な成果を出してくれると期待しての事だった。
また護衛としてもローカストは有能である。
周囲に気を使う事ができれば、あるいは護衛対象がローカストを容認できればという難関を乗り越える事ができればという前提はあるが。
たいていの場合はそこで躓く。
魔術師としても研究者としても超をいくつも重ねられるほどの天才が裏世界に身を置かねばならない理由はそこにあった。
一言で言い表すならば性格破綻者であるローカストに普通の仕事は向いていないのだ。
結果的に裏組織で資金援助を受けて見返りに研究成果の一部を利用させてもらう、そう言う契約を結んでいたのだが、それでもナルが手綱を握っているに過ぎない状況であり、一度暴れ出したら手が付けられないじゃじゃ馬だった。
「あー、ジェネ様には悪いけどこいつ専属医にしてくれ。無遠慮で無神経で不作法な奴だけど腕だけは一流だ。性格はともかく」
「ナル君ひどーいー」
「できれば……お断りしたいところですが……」
「私も反対したいものだ。孫にこんな態度をとる者がまともだとは思えん」
ジェネも皇帝も反対意見を見せながら、しかし腕が一流という点に関しては納得していた。
主に性格と態度を見て反対意見を出したに過ぎない以上、それは個人的な意見であり今後の状況を考えれば十分に役立つとわかっていたからだ。
「とはいえ、こいつをここに置くわけにもいかないからな。あとで連絡手段は用意してやるから」
「あの……だからできればお断りしたいのですが……」
「ざーんねん、僕君の毒に興味持っちゃったからねー。逃がさないよ」
「ひっ」
ローカストの視線がジェネを射抜く。
その視線のおぞましさに身をすくませて自分の身体を抱きしめたジェネを責められる者はいない。
ナルも、あーそんな反応になるよなぁと呑気な感想を抱きながらも自分の秘密がばれた時の事を思い出していたのだった。
ローカストが興味を抱いたときの視線、それは最大限好意的に表現して研究対象を見るそれである。
一番適した物を選ぶのであれば、空腹の猛獣がようやく見つけた兎を見る眼に近いが、その事を口に出すような真似はしない。
「で、見返りとしてこいつの研究資金とこの国で用意できる最高峰の資料、それと器具一式を要求に上乗せだ」
「むー、ナル君僕が国に使えない理由知ってるでしょー」
「だから、依頼を受けたのは俺。お前は俺からの依頼を受けた、いわゆる下請け。この場合国とのつながりができるのは俺だけってことだ」
ローカストが、その余りある性格を補えるほどの才覚を見せつければ宮仕えもたやすいことだが、それをあえてせずに裏組織に身を置くのにも理由が有る。
それはいたって単純、他者と協力するよりもローカスト一人で研究に没頭した方が良い成果が出るからである。
宮仕えとなれば必然的に周囲との協力が必要になり、一人抜きんでた才覚と破綻した性格の持ち主であるローカストは摩擦を生む。
それらの厄介ごとを避けるためにも、個人で研究をするというわがままを聞いてくれる上で資金と設備を提供してくれる組織を重視した結果ナルの下へとたどり着いたのだった。
「それならいっかー」
ナルの言葉にローカストも態度を一変させて、ジェネの手を握り上下にぶんぶんと降ってからよろしくねーと声をかけていた。
「……まぁ、孫の体調がよくなるならば黙認しよう」
「体調よりも先に心がどうにかなってしまいそうです……」
言いたいことは数あれど、それを飲み込んで承諾した皇帝に対してジェネは嫌がっていたが既に逃げ道はないのである。
心の中でご愁傷様と合唱しながらナルは、ジェネの腹部に手を当てた。
これも断りなしのものだったが、もはやどうとでもなれと言った様子のジェネは抵抗するそぶりも見せない。
「ローカスト、肝臓と胃。他に悪い部分は? 」
「頭くらいじゃないかなー」
「お前に比べたらみんな馬鹿になっちまうよ……」
「じゃあ特にないよー。強いて言うなら心臓がちょっと不自然に動いてることがあったくらいでー」
「それもお前のせいだろ」
「だよねー」
飄々とした態度を崩さないというのはナルの専売特許ではない。
むしろそれを自然体でやってのけるローカストこそがナルのモデルになっている節もあるのだ。
過去、人の機微をうかがうためにも演技を覚えようとしていたナルだったが相手の神経を逆なでる方法を学ぶ中でローカスト程参考になった男はいないのだ。
「はい、大きく息を吸って」
色々と諦めたナルはジェネに指示を出しながら、治療に見せかけて【節制】を発動させる。
先日同様最低限の効力を出す程度にとどめたが、この後拷問という名の実験の成果によっては予定よりも早くこの状況から脱することができるかもしれないと自分を奮い立たせていた。
そうでもしなければこの針のむしろに耐える事ができなかったのである。




