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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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間者と患者

「ま、考えるまでもない事だったな」


 兵士の振り下ろした剣をナルが指先でつまみ、そのまま力任せにへし折った。

 【悪魔】のカードを発動させて瞬間移動にも等しい速度でクインの背後へと回り込み襲い来る剣戟を受け止めたのだ。


「内通者の一人や二人、どころか数百人単位で紛れ込んでいるとみるのは当然だが……あんたら気付いてなかったのか? 」


「気付いていましたわ。その上でこうすればあなたは必ず助けてくれるとも踏んでいましたの」


「うわぁ……食えねえ女だ」


 さらりと命の危機さえも受け入れるクインを見てナルはため息を吐く。

 自分を狙う何者かが攻撃を仕掛けてくることはもちろん、それをナルが救うという確信を得た言葉にナルは【女帝】の能力を思い出す。

 変質していなければ正確な助言を与えるカード、つまりこれから起こる事に対して予知ともいえる効力を発揮するのだ。

 人手に渡ったことで他者への助言だけでなく自身への助言、まさしく予知能力へと変質したのだろうかと考えながらもナルは眼前の兵士を鎧越しに殴りつけて気絶させる。

 加減はしたが、ひしゃげた鎧が内臓を圧迫しておりこのまま放置すれば死は免れないだろう。


「で、次は? 」


「ここに駆け付ける兵士は全員どうぞ」


「人使い荒いなぁ……」


 クインの言葉を疑うことなく、ナルはその場にいかにも皇帝とクインを助けに来ましたと言わんばかりの様相で駆け付けた兵士を一人残らず殴り倒していく。

 もはや加減も面倒といわんばかりに全員に致命打を与えて、そしてカードを【力】に切り替えた。


「謁見の間にいる兵士、あれと、そこの二人、それから玉座に近い男もお願いします」


 もはや反論もするまいと指示された通りに相手を殴り飛ばしていく。

 一番豪奢な鎧を身に纏った男だけは殺さないように手加減を加えた一撃を与え、この場で潜り込んでいたであろう者達を一掃したナルは煙草に火をつけて死体と気絶した者達が運び出されていくのを静観していた。


「せっかくだから他のも一掃しとくか? 」


「それはこちらでやりましょう。今はあの子の治療を優先していただきたいのです」


「へいへい……なぁ皇帝陛下、この女怖いな」


「然り、私も尻に敷かれている」


「まさしく女帝だな……予定はないが結婚する機会があれば相手の性格はちゃんと把握しておこう……」


 不死を解除した後の事を考えたナルだったが、まさしく捕らぬ狸の皮算用と即座に思考を切り替えて最初に殴りつけた男が運び出される前に鎧を引きはがした。

 続けて【節制】のカードを発動させる。

 流石にぶっつけ本番でカードを試すわけにもいくまいと考えての試みだが、男の傷はナルが考えていたよりも深い。


(……【悪魔】のカードが成長している? 精神を蝕む時間も短くなっているが効果もだいぶ上がっているように感じるな)


 このままではあと五分持たないだろうと考えながらも発動した【節制】は効力を発揮した。

 陥没した腹部、内臓のいくつかは破裂しているだろう。

 即死しなかったことを褒めたたえるほどの重傷であり、間違いなく致命傷ともよべるそれは恐るべき速度で回復していった。

 腹部に手を当てると内臓が蠢く様子が手から伝わり気味の悪い感触に顔をしかめる事になったが、しばらくするとそれも収まり後には傷一つない頑強な筋肉質の肉体が残るばかり。

 先程まで死にかけていたとは思えない姿だった。


「ん……? こいつは」


 とっさにナルは男の口に手を突っ込んだ。

 口内を抜け、喉に触れる。

 そのままさらに奥へと手を突き刺してナルは手探りながらに二股に分かれた部位に達した。

 片方は気道、片方は食道、一度食道に手を差し込んでから引き抜いて、続けて気道に手を差し込んで強引にかき混ぜた。

 吐血した時に血が気道に入り込んでいたのだろう。

 それを医者が見たら激怒するであろう方法で排除したのだ。


「がはっ」


 ゆっくり手を引き抜いたことで男は咳き込みながらわずかに残った血を吐き出し、そして吐瀉物で廊下を汚した。


「うへぇ……」


 その光景と、自身の右手を汚している体液に辟易としながらも平然と男の着ていた衣類でそれらを拭きとったナルは再び皇帝たちに向き直り、さっさと案内しろと顎で示したのだった。

 その無礼な行為に、しかし先程まで殺意や怒気を露わにしていた兵士たちは顔を青ざめさせていた。

 なんという強者か、戦って勝つことなどできるのだろうか、否、そもそもの話それは戦いと呼べるのだろうか、一方的な蹂躙、殺戮と呼ぶのが正しいのではないだろうかと戦慄していたのだった。


「随分、肝の小さい男どもだな」


「平和が毒だと言ったのはお主だ。毒は間もなく頭に回るという寸前まで来ていたという事であろう」


「みたいだな、危ないとこだったな? 」


「然り、助言が無ければ国は衰退していたかもしれぬ」


「また助言か……【女帝】がいなかったらとっくに滅んでいたんじゃね? 」


「うむ、それこそ我らの最大の幸運といえるだろう」


 隠す気配もなくそう言ってのけた皇帝にナルは辟易とした表情を浮かべる。

 すでに腹芸などしていないのは理解していたが、ここまで開けっ広げにされてしまうと逆にやりにくいという感想を抱いての事だった。

 腹の探り合いという一点においてナルは他の追々を許さないという自負はあった。


 エコーのような天敵を除いてではあるが、しかし探らせる腹もないと言わんばかりの態度を見せられては拍子抜けもいいところである。

 これからどんな強敵が待ち受けているのかと身構えていた直後ではなおのことだ。


「それで、お孫さんは今どんな調子だい」


 道すがら、得られる情報だけでも集めておくかとナルは【力】のカードを発動させていつでも襲撃に供えられるように身構えている。

 膂力が10倍になっている今、どのような襲撃にも対処できるがこの状況、実は歩く事すら困難である。

 単純な計算の話になるが成人男性の握力は50kgが平均値とされているため、ナルの握力は500kgに届く。


 同様に脚力なども相応に跳ね上がっているため、力加減を間違えればそれは跳躍とも呼べる行為に変化してしまう。

 また足場が悪ければ足元が崩れ階下への落下という可能性すらあり得る以上、普段はカードを使っての移動など滅多な事がない限りしない。

 先程の【悪魔】を使った高速移動に関しても床を壊さずに人外の速度でなおかつ周囲への被害を出さない配慮をした、最大限の手加減を加えた物なのだ。


「ふむ、今年で19になる。病に臥せっており、食事は流動食のみ。外に出る事も叶わず日がな窓の外を眺めて過ごしておる」


「だいぶ、悪そうだな」


「だいぶで済めば良い方であろう。すでに生きる気力を失いかけておる」


 それはマズいなと顔をしかめたナルは、果たして【節制】がどこまで通用するかという疑念に刈られていた。

 怪我に関しては先刻の通り十全な効力を発揮するだろう。

 しかし病、あるいは毒に対してはどこまで効力を発揮するかいまだ未知数である。

 また話を聞く限り適当な罪人に毒物を摂取させて試す時間も惜しい。

 更に言うならば【節制】に副作用がある可能性も考慮しなければいけないが、やはりそれを確かめるのも時間がかかる。

 ならば、とナルは一つの覚悟を決めた。


「皇帝、あとで契約書とは別に一通書状を頼む。あと俺がここに通う許可」


「かまわぬが、なにを考えておる」


「【節制】の力はさっき見せた通り傷には万全に働くが、お孫さんの容態をどこまでよくできるかもわからん。それに副作用が出る可能性もあるから今回は軽めの治療をして、さっき捕まえたやつらで実験をする」


「あいわかった、どのみち奴らは拷問室に送られる。その傷が癒えるというならばこちらとしてもやりやすい……否、やりすぎても構わないという事だ」


「おっそろしいなぁ……帝国は拷問大好きかよ」


「うむ、情報を引き出すには一番手っ取り早い手段であるからな」


 その言葉にナルは本気でいやそうに顔をしかめた。

 通常、大抵の国家において拷問は最終手段である。

 相手が情報を持っていない捨て駒や、あるいは故意に異なる情報を流そうとしている場合逆に危険を招きかねないのだ。


 誤った情報というのはそれだけで毒になりうる。

 合わせて拷問とは肉体と精神を疲弊させる行為であり、その傷をいやすのも安くない金銭が発生する。

 傷口を塞ぐための薬や包帯は最前線にこそ求められるものであり、殺してはならないはずの捕虜に回す余裕など普通は持ち合わせていないからだ。


 だというのにである。

 帝国においては常套手段としている以上、物資の余裕が見て取れた。

 また敵対するにしても、今回のようになる一人であればいい物のグリムやリオネットを連れていたらどうなっていた事やら。

 以前牢獄の中で考えていた最悪の事態に直面する可能性もある。

 願わくば無事アルヴヘイム共和国へと逃げ延びてくれていればいいが……と不穏な事を考えたが即座にグリムがいれば大丈夫だろうと考え直す。


 物量作戦でグリムを倒すことは可能だが、それは帝国の総力を挙げた場合の話であり木端な戦力では一蹴されてしまう。

 リオネットもあれで軍人であり、世間で言う所の一流だ。

 ナルやグリム、トリックテイキングといった者達と比べること自体が間違いであり、そもそも彼女の本領は戦車に乗っている時にこそ発揮されるのだから土俵も違う。

 むしろグリムがいるならば敵の戦車を奪い縦横無尽に戦場を駆け巡るくらいの事はやりかねないと考えて、心配よりも敵への同情心が高まったところで皇帝とクインは歩みを止めた。


「ここか」


「ここである。ジェネ、入るぞ」


 そう言って扉を開けた皇帝は、そのまま中へと入りナルを招き入れた。


「おじい様、おばあ様、ベッドの上から失礼します……あら、お客様ですか……? 」


 中に入ったナルを待っていたのは、青白い肌の少女だった。

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