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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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面会

 重厚な扉を兵士二人が押し開けるのを見ながら、ナルは玉座の間の前でその光景を眺めていた。

 徐々に開けていく扉、合わせて内部の全容が見え始める。

 ずらりと並んだ兵士達は全員が殺意や怒気を滲ませながら、開ききる前の扉を抜けてずかずかと入り込んできたナルを睨みつけていた。

 本来こういう場では扉が完全に開いてから許可を得て入るのが常識とされているが、そんなものは知った事ではないと言わんばかりの態度を見せる。

 明確な敵意の現れを言外に証明したナルに、その場の空気は一層張り詰めた物となる。


「これはこれは皇帝陛下、先日はどうも。随分とお忙しかったようですが元気そうで何より」


 初手挑発、膝を付いて礼儀をわきまえる事もないナルに皇帝は苦笑を浮かべる。


(なめられてるな、重畳)


 その態度を見てナルは軽んじられていると感じ取ったが、実際の所皇帝はこの場で取り繕う事をやめていただけである。

 もはや隠し事をして得をする相手ではないと重々承知しているからだ。

 珍しく読み違えたナルは、それでも態度を崩さない。


「で、そっちが奥さん? 美人だな」


 皇帝の隣に立つ女性を見てナルは素直な感想を漏らす。

 金色の髪、しかしグリムとは違い手入れが行き届いており触れば絹のようなサラサラとした触り心地だろう。

 胸部は豊満という二文字で十分に言い表せるが、大きすぎず小さすぎずとまさに男心を刺激するサイズだ。

 腰のくびれはゆったりとしたドレスを着ていても一目でわかるほどであり、長いスカートの裾からちらりと覗く素肌が扇情的である。


「【女帝】のクインと申します。此度はご迷惑をおかけしたそうで」


「おや、これはどうも。こちらこそ随分ご迷惑をおかけしたかな。まぁ痛み分けという事にしておこうか女帝様」


 痛み分け、という言葉をあえて使ったナルだが結果的に見れば帝国が一方的な被害を被っただけである。

 ナルは数日の禁煙と多少の拷問程度の痛みしか受けておらず、たいして帝国は人員の損失、並びにその遺族への見舞金、ナルが引き起こした暴動の後処理にトリックテイキングという後ろ盾の損失とあらゆる面でダメージを負っていた。

 明らかに不釣り合いだが、それを指摘する者はこの場にいない。


「さて、本題だがカードの譲渡はしてもらえるのか? 」


 既にカードを隠す必要性は薄れている。

 今後潜伏できないのであればせめて大々的に動いてやろうという意思と、そもそも皇帝の側近である兵士達ならばある程度の事は知っていて当然だろうという考えの下その決断を下したのだった。


「譲渡契約ならば、一考の余地があると答えよう。条件を付けさせてもらうがな」


「聞こう」


 皇帝の返答にナルは満足げに頷いて話の続きをと促した。

 顎でしゃくって見せるという不敬極まりない態度に周囲から鎧を軋ませる音が響く。

 何人かの兵士が拳を握り締めた音だ。


「譲渡契約にあたって、我々を含む帝国の国民全員の無事を保障。並びにこちらに譲渡の準備が整うまでは保留にしてもらうという内容だ」


「命乞いか? それと時間稼ぎ」


「その通りだ。今私が死ぬわけにはいかぬ。だがそれ以上に帝国の国民の命を懸け皿に乗せる権利は持っていないのだ。故にこの場で地面に頭をこすりつけてでも条件を飲んでもらわなければならないのだ」


「その割には、高いところから見下ろしてくれるな」


 玉座に腰を下ろしたままの皇帝に向かってそう吐き捨てた瞬間、一人の兵士が我慢ならないという様子で一歩踏み出した。

 その手は剣に触れており、いつでも切り捨てるという覚悟を見せている。


「おい間抜け、お前は皇帝が全てを賭けて頼みごとをしているのにそれを無下にするつもりか? 話し合いがしたいならこんな部屋ではなく会議用の適当な部屋でも用意すべきだったという話をしているんだ。わかったらさっさと下がれ」


 ナルの指摘に、しかし兵士は憤りを隠そうともせずに視線を肯定に向け、そして返された視線から何かを悟ったらしく大人しく下がったのだった。


「さて、まぁ俺はただ嫌味を言いたかっただけなんだがな……その条件、俺の条件を飲むなら聞くぞ」


「ふむ、聞こう。こちらで用意できるものは全て用意するとこの場で誓う」


「じゃあまずは、今のカード保有者に合わせろ。それと馬を一頭、馬車が引ける力強い奴がいいな。あとはそれなりに質のいい宝石、あくまでもそれなりでいい。あまりに上物過ぎると売るときに困る」


「馬と宝石に関しては承知した。が、カードの保有者に関しては少し問題があるのだ」


「ほう……? 」


「今【皇帝】のカードを持っているのは我が孫だが、身体が弱いのだ。今まではトリックテイキングの力で支えてどうにか生きながらえていたがこのままではそれすらも怪しい。どうにかできる手立てはないだろうか」


 その言葉を聞いて、ナルは全てを理解した。

 ハングドマンの言っていた後悔するぞという言葉の意味。

 なぜ帝国ほどの戦力を持つ国が謎の一団に過ぎないトリックテイキングに従っていたのか。

 グリムのような規格外の存在であっても疲労は蓄積する。

 数の暴力にはいつか屈するのだ。


 だというのに皇帝ほどの手腕を持つ者が見切りをつけなかった理由。

 それら全てが線でつながったのである。


「一つ質問だ、この国の皇帝。あんたも含めて幼いうちは全員病弱だったってことはないか? 」


「そのような記述はない、が。歴代皇帝は全員若いころに何かしらの理由で命を落としかけている」


「そして一命をとりとめている……また面倒な事を」


「心当たりでも? 」


「あー、なんだ? お宅のお孫さん、トリックテイキングになんかしかけられてるぞ」


「やはりか」


 当然気付いていると言った様子の皇帝にナルは肩をすくめる。

 まぁ気付かないわけないよな、と苦笑を噛み殺す。


「まったくもって意地の悪い男だな、ハングドマン……つかそんな命令下してたトリックテイキング」


「よければ、聞かせてもらえるか」


「悪いが詳細は省くぞ。俺の力にも関する話だから」


「構わぬ」


 その一言を引き出した以上十分だとナルは口火を切った。

 トリックテイキングが帝国相手に優位をとれていた理由、それは間違いなくカードの力だ。

 【魔術師】や【隠者】といったカードの力を使えば呪いを人にかける事も、裏で毒を盛る事も容易かっただろう。


 それをハングドマンが癒していた。

 正確には【節制】のカードの力でだろう。

 それ以前は薬の提供で解毒を続けていたのかもしれないが、健康を意味する【節制】を手中に収めたトリックテイキングはさらに動きやすくなったことだろう。


 【節制】、そのカードに秘められた力は治癒である。

 本来の能力は永続的な健康であり、【愚者】や【皇帝】同様永続発動型のカードだった。

 それがどこで捻じ曲げられたのか、他人を癒す力を持つようになったのである。

 それを利用したマッチポンプこそが帝国を裏から操るという事態へと繋がっていた。

 以上の事を一部ぼかしながら伝えたナルは、沈黙を続ける皇帝に視線を向けた。


 後悔するというハングドマンの言葉、もしあの場でハングドマンを殺さなくともナルは【節制】を譲渡された後であり、トリックテイキングが何かしらの行動を起こさなければこの国の後継ぎは死んでいたかもしれないのだ。

 そうなれば国は混乱し、ナルという小事にこだわっていられなくなる。

 またハングドマンが生きて帰れば帝国への援助は続けるという方針になっていたのかもしれないが、結果的にナルが葬ってしまったのだ。


 そして今、ナルは帝国の後継ぎを治癒しなければカードの譲渡契約すら結べないという状況に追い込まれている。

 それ自体は大した問題ではないが、今後トリックテイキングが皇帝の後継ぎに手を出さないとも限らないのだ。

 そうなれば事有る毎にナルは帝国へ赴き、治癒をしなければいけない立場に立たされる。


 一度治した以上二度目三度目もと考えるのが人間の心理であり、拒否すれば今以上の敵愾心を抱かれるのは目に見えているのだ。

 結果的に、ナルは足かせをつけられたことになる。

 今後トリックテイキングとの戦いで先手を打とうとすれば帝国からの呼び出しがかかるという事態を招きかねない状況、まさしく後悔させるには十分すぎるだけの枷だった。


「で、俺に何ができると? 」


「今まではハングドマンが孫の治癒をしていた。その方法はお主に伝授すると言っていたのでな」


「ちくしょう、逃げ道塞がれた! 」


 ナルはもはや取り繕う事も止めて慟哭した。

 皇帝は藁にも縋る思いでの事だろうが、しかしそれはトリックテイキングの企みであり、結果としてナルへの最大の嫌がらせに繋がる。

 ここで断れば関係の悪化に加えて帝国の混乱という事態を招くため、ナルは断る術を失ったのだった。


「わかったよ……ただしお孫さんと皇帝、あとクインさんだっけ。あんたら三人を含めた合計四人だけの場での治療だ」


「構わぬ、もとよりこちらの頼みだ」


「それが終わればカードの譲渡契約は結んでもらえるんだな」


「然り、その契約も私ではなく妻と孫が行うものではあるが、皇帝命令として正式に発令することを誓おう」


「ならいい、善は急げだ。さっさと行くぞ」


「ふむ、では付いてまいれ」


 皇帝は玉座から立ち上がり、重厚な扉の前でナルを手招きした。

 その隣には相変わらずクインが立っており、徐々に開いていく扉には目もくれずにナルを見ていたのだった。

 だからこそ、気付くのに遅れたのだろう。

 迫りくる凶刃を。

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