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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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大一番

 約束の10日目、下水の先にある排水施設の中を通って外に出たナルは久方ぶりの外の空気を満喫していた。

 汚水と酒と煙草の臭いは十分堪能したため、その空気の美味さに感動すら覚えるほどだった。

 過去、組織の施設にこれほど長く滞在した事はキングとして仕事に忙殺されかけた時以来だろう。


(煙草もそうだけど腐臭のしない空気ってのもしばらく吸わないとこんなに美味いんだな……あいつらよくあんな所で毎日生活できるなぁ)


 金の眼をはじめとする、毎日アジトに入り浸っていた集団を思い出してナルはその足を城に向ける。

 街の様子を一通り見て、10日前に起こした暴動の爪痕がそこかしこに点在していたが人々の間では活気を取り戻していた。

 どうせだからと自由市に寄って何枚か記事を購入したナルは、暴動に関する内容に加えて犯人の狂言一つでここまでの騒ぎになった原因などについて事細かに書かれたそれらを見て感嘆の声を上げた。


 ナルに関する情報は基本的に伏せられた上で、しかし重要な情報は余すことなく記載され、今後の対策についても市民の不安を煽らない内容が書かれている。

 それら全てが皇帝の発案によるものであり、またこの機に国益とならない貴族の一掃という内容までが記されているのだ。


 起こってしまったものは仕方がないと、むしろそれさえも利用してしまおうという皇帝の手腕に拍手を送りたい気分になりながらも修理されたライターでタバコに火をつけてから記事をゴミ箱へと投げ捨てて城への道を進んでいった。

 途中何人かの巡回中の兵士を見かけてはヒヤリとしたが、彼らはナルに目をくれる事もなくその場を立ち去って行った。

 情報統制も完璧であると思い知ったのだった。


(やばいなぁ……そんな相手とこれからやり取りするのか……すっげぇ帰りたい)


 実のところ今回ナルは【皇帝】のカードを受け取るつもりはない。

 この混乱を収めた一因にはカードの恩恵も含まれている可能性が非常に高いと踏んでいるからだ。

 加えて、皇帝の話していた『あ奴の言った通りだった』という言葉に加えて肯定。

【女帝】の存在もほぼ確認できたようなものだ。


 それが皇帝のでまかせでなければという前提はあるが。

 その二枚を手に入れる対価として大国の巻き起こす大事、普段であればこの機会を逃す事なくカードを手に入れてから潜伏する事もできたが今はトリックテイキングという敵が目下活動中であると知ってしまったため後手に回るような行為は控えなければいけない。


 結果的に、ナルは今回の局面で何かしらの行動を起こさなければいけないのだ。

 その上で潜伏を禁止されてしまっている以上、十分に後手に回ってしまっているともいえる。

 ならばこれ以上の遅れをとる事だけは避けなければいけない。

 そう考えて、重い足取りを城に向けたナルはカードの特性を利用することを決めたのだった。

 譲渡契約、グリムとリオネットに結ばせたこの方法を使えば多少は自分にとって優位に事を進める事ができる可能性が残されている。


(……違うな、可能性が残っているんじゃない。逃げ道を残して徹底的に潰す……いやらしい策だ)


 その裏にある意図をナルはすぐに察した。

 譲渡、ならびに譲渡契約に関しては敵も知る所であるというのはハングドマンとの一戦で既に露呈している。

 加えて契約よりもナルが関われば例外が発生するという事実も、敵側にはばれているのだ。


 選択を間違えた可能性がここに浮上していた。

 ハングドマンを殺すことはともかく、カードを手中に収めたのは失敗だったかもしれないと頭を抱えて、二本目の煙草に火をつけた。

 歩き煙草に顔をしかめる住民を視界の端に捕らえながらも、しかしどうしたものかと頭をひねっているうちに城にたどり着いてしまったナルはその場にタバコを吐き捨てて槍を構えた兵士の前に歩みを進めた。


「皇帝と面会の約束してるナルだ。通してもらうぞ」


「……確認する」


 通常であれば一蹴されるであろう話だが、既に門番を任されている兵士にも話は伝わっているのだろう。

 二人一組で見張りに当たっていた兵士の片方が城の中へと入っていき、そして数十分もの時間を待たされることになったナルの足元には吸い殻の山ができていた。

 当然門番はいい顔をしないが、やはり気にすることもなく新たな吸い殻をそこに吐き捨てた。

 今更罪の一つや二つを重ねたところでナルにとっては痛くもかゆくもないのだ。


「それは誰が片付けるんだ……」


 とはいえ、さすがに見かねた兵士が苦言を呈した。


「掃除人の仕事だろ、俺は客だから」


「もう一度捕まりたいのなら素直に言えばいい……」


「その時はもう一度、今度は本当に暴動起こすぞ? 国が転覆すると思え」


 当然本心ではないが、常に最悪の事態は想定している。

 いざという時はナル一人で国を転覆させられるだけの実力はあるのだから、この脅しは決して嘘ではない。

 むしろ立て直した直後に帝都でそれだけの事件が起これば、さすがの皇帝であろうとも立て直しにはそれなりの時間がかかるだろう。


 ある意味ではトリックテイキングの動きを鈍らせる事にもつながるため、無意味ではないと割り切っている節もある。

 だが、ここまで大々的に使い潰すと宣言したに等しい帝国をこれ以上酷使するような真似はできないだろうと踏んでいた。

 あくまでも予想の一つではあるが、今後さらに帝国からの追撃が来る可能性も視野に入れている。


 その時は遠慮なく帝国を潰してカードを持ち逃げ、そして戦乱を避けながら再び北上する予定でいた。

 グリムとリオネットの二人には一度顔を見せなければいけないが、状況次第ではそれも難しい。

 いっその事裏組織の人間を使って帝国を乗っ取り新たに建国するという手段さえも立てているナルにとって、この程度の事で目をつけられようと今更という感想しかないのだ。


「皇帝陛下の準備が整った、通れ」


 軽快に国の行く末を語り合っていた所でようやくもう一人の門番が戻ってきたことでナルは城へと足を踏み入れる事ができた。

 あとは、この局面をどう乗り切るかという勝負だけである。

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