潜伏
「拝啓グリム様、リオネット様。いかがお過ごしでしょうか……違うな、こうじゃない。よう元気か二人とも、俺は帝国で暴動引き起こしたぞ……リオネットにぶっ飛ばされそうだから却下だな……手紙って難しいなぁ」
ナルはグリムとリオネット宛の手紙を書いていた。
そして何文字か書く度に安価な紙を丸めて灰皿の上に乗せてから火をつけるという行為を繰り返していた。
「めんどくせえ。グリムとリオネット、こっちの問題片付くのそろそろだから半月後にアルヴヘイム共和国で合流! これでいいや」
近況報告などすべてを投げ捨てて簡潔に集合日時だけを記した手紙を金の眼の部下に手渡したナルは後はどうとでもなれと、久しぶりに慣れ親しんだ煙草の味を楽しむのだった。
「お邪魔するわよ……焦げ臭いわね」
部屋に入るなり開口一番灰皿に目を向けた金の眼が顔をしかめる。
燃え尽きた紙を見て、更に表情を曇らせる。
「紙もただじゃないのよ」
「どっかから横流ししたんだからタダだろ」
「そのための手間ひまを考えてちょうだいって言っているのよ……まったく、それで修理屋なんだけどね」
「お、直りそうか? 」
すでに原形をとどめていないとはいえ、ナルの持っていたライターは父の形見である。
直るのであればそれに越したことはない。
「ボディは一度鋳溶かして再形成しないと無理って言ってたわ。それ以外にも傷んでる箇所があったからそこは作り直すか交換するしかないって話よ」
「10日でできる範囲でいいよ。たぶんボディを直すだけでもそのくらいかかるだろ」
「そうね、じゃあそう伝えておくわ」
そう言って金の眼はナルの隣に腰を下ろして懐から取り出したパイプ煙草に葉を詰める。
何度か手順を踏んでから、ようやく煙を吸い込んだ金の眼を見ながらナルはいつもの事ながら面倒くさそうだという感想を抱き、そして煙を吐き出した。
「で、他に用件は? 」
「あら冷たい、用が無ければ来ちゃダメなのかしら? 」
「そうは言わんが、ライターの修理ってだけでここに来たわけじゃないんだろ」
「えぇ、暴動が収まったわ」
その言葉にナルは、そっちの方が優先順位高いのではと思いながらも、同時に皇帝の手腕を評価した。
口から出まかせを吐いたに過ぎないナルだったが、それでも鎮圧までは5日以上の時間がかかるだろうと考えていた。
いまだに水面下では火種が燻っているだろうと予想を立てつつ、しかしそれでも表向きは鎮火しているのだとすれば迅速といって差し支えの無い速度である。
「この国の皇帝は有能だな」
「ほんと、嫌になるくらい有能なのよ。おかげで何人が縛り首になった事やら……」
「それ下っ端だろ? 目をかけてたやつでも死んだか? 」
「いいえ、捨て駒。でもさっきの紙もそうだけどどんなものでもタダじゃないのよ。捨て駒なら捨て駒らしくこっちに利益をもたらしてから死んでほしいわ」
「それ悪党らしい台詞だな……英雄でも現れたら真っ先に狙われるぞ」
「さすが、血族が言うと重みがあるわね。でも大丈夫よ、その時は懐柔するから」
笑みを浮かべて煙草の煙をふかす金の眼、いまだに底知れぬものを抱かせるその姿にナルは両手を挙げて降参する。
なるほど、この女にかかればどれほどの英雄が呼ばれようともたちどころに篭絡される事だろう。
このアジトに逃げ込んでまだ3日しか立っていないが、その間ナルは手紙を書きながらも自分のルーツを探るために過去の文献を読み漁っていた。
所詮はならず者の集まりだが、情報の重要性を理解している者を幹部に仕立て上げているため下手な書店以上の書物を保管していたのが幸いして英雄の血族、その大本となった人物の情報をいくらか得る事ができた。
とはいえ、あまり重要な情報は無く、原初の英雄と呼ばれる存在が残した召喚陣を用いて呼び出された者は例外なく黒髪黒目という事以上の知識を得る事はできなかった。
それ以外に有益な情報といえば呼び出された者は全員が10代の少年少女である場合が多いという事。
子供の方が懐柔しやすいという理由か、それとも原初の英雄が何かしらの縛りをつけたのかはわからないがどちらにせよナルにとっては不要な情報だった。
「まぁ、おまえにかかれば異世界の人間だろうがこの世界の人間だろうが子供を手名付けるのは容易いよな」
「あら、大人だって私にかかればいちころよ」
「年寄りには効かなかったけどな」
「そうねぇ、会った時は100歳くらいだったかしら」
「正確には104歳、この組織の4代目キングになってからだったな」
「本当にあの時は若かったわ……自分に落とせない男はいないなんて自惚れてた時期だったし、私の魅了に一切ひっかからない男がいて歯噛みしたのはあれが最初で最後よ」
「それで食って掛かってきて、後日悪漢に襲わせて、でも自分の情報は一切漏らさない恐ろしい女だったな。今にして思えばなんでお前カードもってなかったんだって話だよ」
「ほんとよねぇ、私なら【恋人】とか持っていそうな物なのに」
自分で言うか、と苦笑を見せてから煙草を揉み消したナルはその場で立ち上がり背筋を伸ばす。
久しぶりの書き物に身体が凝っていたのだろうか、背骨がバキバキという音を立てた。
「せっかくだから組織が今どうなってるか教えてくれよ、クイーン」
「特になーんにも。度々事件はあったけど全部私が処理できる範疇だったわ」
「へぇ……カードの情報は? 」
「そっちもめぼしい物は特にないわね。南の戦争については知っているでしょうし」
「あぁ、つかその功労者って奴とはもう戦ってるから」
南方で起こった紛争が周辺諸国を巻き込む戦争へと発展し、わずか数日で終戦したという事件。
その功労者は光る剣を使う少年と、恐ろしいほどの熱を操る魔術師の少女だったという。
間違いなくマギカとジャッジの二人、【太陽】と【魔術師】、【正義】のカードをもつ二人の事だろう。
ナル達との一戦を終えてから二人は南方へ向かったのだと考えてナルはトリックテイキングの居場所を探ろうかとかんがえたが、転移という反則技が使える相手に距離の有無は無関係だなと考えるのを止めた。
「それ以外だと特にないわ。トリックなんちゃらっていう組織も尻尾を掴めてないし」
「あぁ、そっちも予想通りだ。あとはそうだな……外に出られるのはあとどのくらいかかる? 」
「あと三日ってところかしら。それで大火は水面下に残すだけになるわ。そうなれば私達はアジトを変えてここを放棄。しばらくはまっとうに働いて煙に巻くことにしましょうか」
「それがいいな。俺が口添えしてもいいんだが逆効果にならないだろうし」
「そうね、いつも通り私達はどこにでもいないのだから」
「なぁ……マジでそれ止めない? 」
「やめなーい」
部下であろうとも、ナルはこの女には一生勝てないなと少女のような笑みを浮かべる金の眼に酒瓶を渡しながら思うのだった。
あとはグラスに液体を注ぐ音と、小さくガラス同士がぶつかる音だけが下水の一角に響くだけであった。




