裁判前日
どうにか煙草の入手先を得たと思ったナルだったが、異例の速度で裁判の日時が知らされることになった。
なんと移送された翌日の午後、その早さにナルも隣の牢獄の男も驚きを隠せずにいた。
「俺が知る限りこんなに早く裁判が行われるってないぞ……お前本当に何人殺したんだよ」
「えーと……帝国軍人を一個師団くらい? 」
正確な人数は覚えていないが間違いなく百人以上は殺しているナルはそう答えた。
「そりゃ……いや、それだけ殺すってその前に何をしたんだ? 」
「心当たりが多すぎてな……」
裏組織を立ち上げて、違法薬物の売買、貴族や王族の情報を事細かに集めて、時には暗殺や窃盗といった事柄にも手を染めている。
誘拐からの身代金要求なども何度か、ナルが直接指示を出したわけではないが組織を維持するための資 金調達のために手を出したこともあったため表向きはその頭目として偽名ながらも席を置いているナルは狙われるには十分な理由が有った。
(まぁ実際はカード狙いだけどな)
当然それらの理由は方便だが、事実である以上ナルに罪をなすりつけるのは難しい事ではない。
最悪の裏組織の首領、ならびに行動を共にする一派ともなれば相応の人数で殺しにかかるのも不思議ではない。
強いて不審な点を挙げるのであれば、その事実を知っている相手という一点だろうか。
ナルは表舞台に顔を出すことが極端に少ない。
数十年おきに世代交代という名のもとに自分を別の名前で組織に招き入れ、適当に功績を積み重ねて幹部へと昇りつめ、そのまま次代の頭目になるために裏工作をする程度である。
結果として裏組織のトップだけは代替わりしても人が変わることなく、方針はそのままに動きを悟らせない厄介な組織という認識が下されていたのだ。
ではどこからその情報が漏れたのか、あるいはそんな情報は関係なくトリックテイキングが裏から手を回してナル達に適当な理由をつけて捕殺命令を下したのか。
やはり結論の出ない疑問ばかりが浮かんでくるのだった。
「俺も大概悪人だと思っていたんだがな……」
「上には上がいるっていうからな。おかげで食事にも苦労してるんだわ」
「あ? 」
「さっき煙草貰った時はちょっとした裏技使ったが、今俺後ろ手に拘束されてんだよ。足も枷付き鉄球付きでまともに歩くのも大変でな」
「まぁ……しょうがないんじゃねえか? 」
「やっぱりそう思うか? 」
「だってよ、一個師団壊滅させる危険人物だろ。俺が帝国軍でも同じ処置するわ」
「だよなぁ、俺だってそうする。誰だってそうする」
「しかし、その裏技ってなんだ? 」
「関節をゴキゴキっとな、結構痛いからおすすめはしないが」
「あぁ……そりゃあやりたくないな……」
男はその光景を想像したのか、声のトーンを幾分か下げてそう呟いた。
(この男は灰色か……白ではない、俺の情報は間違いなく裏で流されているな)
男の声色から何を考えているのか察したナルは、これ以上余計な情報は与えないようにしようと決意した。
少なくともこの男は味方ではない。
敵と言い切る事もできないが、ナルの情報を後で何かしらの方法で他人に伝えて見返りを貰うのだろう。
手枷の意味を成していないという情報も明日の裁判までには広まっているはずだと考え、計画を見直す。
もとより裁判で暴れるつもりはなかったが、この際大々的に暴れるのも悪くはないかと考えてにやりと笑みを浮かべた。
「あ、煙草くれ」
そう言ってからナルは、今度はわざと聞こえるように関節を外して腕を前に回して肩をはめなおし、懐から取り出した銀貨三枚を隣の牢に差し出す。
男はそれに対してマッチと煙草を一本ずつ差し出して、それらを受け取ったナルは早速一服を楽しんでいた。
「その音、痛々しいな」
「だから結構痛いんだって、やり方教えようか? 」
「あー……後学のためにも聞いておくかな」
「煙草3本な」
「おいおい……随分とぼったくるな」
「そもそも煙草の値段がおかしいからな」
「まぁいいさ、それでやり方は? 」
「物が先な」
ちゃっかりしてやがる、と笑い声を交えてマッチと煙草を四本ずつ差し出した男に見えるように腕を差し出したナルはそのまま説明を始める。
「こう、腕をこれ以上上がらないって方向に向けて肩の力を加えると外せるんだがこれは慣れが必要だな。あまりやりすぎると脱臼が癖になっていざという時に困るからあまりやらない方がいいが、慣れないうちは壁とかを使って外す方法もあるぞ」
「へぇ、それはどんな方法だ? 」
「壁と関節でてこの原理を使ってだな」
ナルの痛々しい講義はその後数分間続き、男はナルにとってばれても痛くない情報を得る事になった。
対してナルは煙草三本、レートとしてはナルに不利な物だが実のところ両者共に得をした取引だった。
男はこの情報を引き換えに見返りを得る事ができる。
いざという時ナルは関節を外す前兆があり、再び関節をはめなおすまでにはラグが発生するのだ。
その隙を突けば拘束は難しくない。
それは明日重鎮たちを交えた裁判の場においてこれ以上なく有益な情報の一つであり、それなりの警備がひかれることになるだろうと、ナルは一つの予想を立てる事ができるようになった。
この場合拘束に要する人員は最低でも二人、もとよりナルの見張りとして最低二人以上の見張りが側にいるだろうことから配置される人員の数と立ち位置は予想がつく。
合わせて弓兵、遠距離からの攻撃であれば後ろ手でなくとも拘束され続けているナルを射抜くことは容易い。
更にナルには【力】や【悪魔】といったカードで無理やり手足を拘束している鎖を引きちぎる事も出来るのだから、関節を外してなどという面倒な手順を踏むことなく即時攻撃に移る事もできるわけだ。
結果として男が、間違ってはいないが正しくもない不完全な情報を流してくれた方が対処しやすいのだ。
「関節の外し方はわかったが、はめ方はどうなんだ? 」
「煙草二本にまけといてやるよ」
「ちゃっかりしてやがるなぁ……」
そう言いながらもしっかりと煙草とマッチのセットを手渡した男は実に律儀である。
あるいは稼げるうちに稼いでおこうという魂胆なのかもしれない。
「慣れれば筋肉の動きでどうにかできない事も無いが、基本的には壁に押し付けたり重りを利用して吊るしたりだな。地面に指先が着かない高さで寝転がって重りを腕の先に着けてぶら下げておくと十分くらいでハマる」
「なんにせよ痛そうだな……」
「痛いぞ、もう泣きたくなるほど痛い」
「で、お前がやる方法は? 」
「俺は壁でやる事が多いかな。なければ地面とか適当な台とか、とにかく肩を押し付けられるものがあれば何でもいい」
「器用だなぁ……筋肉の動きでどうこうはできないのか? 」
「できなくはないが、普段やらないからあまり慣れてないんだよ。ちょっと間違えると筋肉痛めるし」
「あぁ……それじゃあいざという時に使えないわな」
「だろ? だから安全策としては他人にはめてもらうのが一番なんだがなぁ……俺の仲間死んじまったし」
ここで初めて嘘らしい嘘を吐いたナルだが、その言葉から嘘の臭いを漂わせるようなことはしない。
死んだ仲間というのはグリムやリオネットの事ではなく、数十年前に共に傭兵として活躍していた恋人たちの事を指して言っているからである。
もともとこの技術を教えてくれたのはならず者の一人で、いざという時に役に立つと丁寧に、つまり実際にナルの関節を外してやり方を教えた物だった。
結果的に嘘を言いながらも真実も含ませるという方法で誤魔化したナルは、吸い殻を吐き捨てて新たな煙草に火をつけた。
「他になんか聞きたいことは? 支払いは煙草でいいぞ」
「そうだな……仲間ってのはどんな奴らだったんだ? 」
「今回旅を共にしていたのはおっぱいのでかい女と、絶壁の女だった」
身代わりに選んだ帝国軍の兵士も同様に巨乳と絶壁の女性兵士だったが、どちらも肉まで炭化して元の姿はわからないだろう。
念のためほかにも数人原形をとどめないほど念入りに潰して焼いて行方不明となる形で証拠の隠滅を図っていた。
「ハーレムじゃねえか! 」
「そうでもないぞ、片方は想い人がいて、もう片方は色恋とは無縁だった」
「それでも女二人に囲まれての旅なんざうらやましいことこの上ないがな……」
「そう思うか? 男だからという理由で酷使されるんだぞ」
「む……だが覗きとかできるだろ」
「残念、片方が見張りに着くから生殺し」
「……なんか、すまん」
「気にするな、もとより色恋沙汰に希望を抱いていた相手じゃない」
「まぁなんだ、そのうちいい事もあるさ」
とは口で言いながらもナルの情報を売る気満々の男に、こっそりと苦笑したナルはそのうちってのはいつ頃の事なんだろうなと空気穴からわずかに見える空を見ながら思うのだった。
ここ数十年、確かに喜ばしい出来事はいくつもあった。
カードを回収できたのも悪くはない状況だし、グリムやリオネットと契約できたのも上々。
反面厄介な連中に目を付けられ、しかしそれがカードに関する集団であるとわかったのも収穫の一つとして考える事もできる。




