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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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久しぶりの一服

 その翌日、帝都への移送が始まりナルは両手の拘束はそのままに、両足にも枷がつけられ麻袋をかぶせられることになった。

 新たに付けられた枷は両足を繋ぐ物であり、肩幅以上に足を広げる事ができない。

 合わせて鉄球が両足に繋がれている事から移動も一苦労である。


 麻袋のせいで周囲の状況を把握しにくく、また首元で紐を結ばれているため振り払う事もできない。

 このまま水でもかけられたらさぞかし苦しいだろうと今後自分がどのような拷問を加えられるのか想像しながら、檻付きの馬車に乗せられていつも通り睡眠をとろうと床に転がっていた。

 移送は比較的手荒な物だったが、道中拷問や暴行を受けることなく帝都までの道のりをそれなりの速度で移動していると揺れから感じとったナルは持て余した暇をどうにか解消しようと兵士たちに話しかけたり、体調が悪いふりをして見せたりしたがすべて無視されてしまい、最後はふてくされてひたすら寝ていたのだった。


 そうこうしてようやく、帝都にたどり着いたナルは再び牢獄へと押し込められる。

 拘束は全てそのまま、麻袋だけ外されてどうにかこうにか呼吸の自由を得る事ができた。


(えーと、右に5回曲がって、左に3回、階段を38段上がってから52段降りたからここは地下だな……周囲の音は聞こえにくかったからこの建物全部が牢獄かな? )


 そんな状況でも自分の居る場所を的確に観察して、脱出経路の確認を怠ることなく独房を堪能したナルは檻の隙間から外の様子をうかがう。

 同じような鋼鉄製の檻が並んで、いくつかから人の気配を感じ取る事ができた。


(悪くない、これなら脱走の時に他の奴も巻き込んで暴動に発展させることもできる)


 そんな計画を練り始めた瞬間だった。


「よう新入り、何やらかした? 」


「あ? 」


 すぐ隣の牢獄からそんな風に声をかけてきた男がいた。

 声色から察するに中年くらいだろうか、しわがれた声だが覇気を感じ取らせるその声。

 帝都に着いてすぐにカードの気配を感じ取っていたナルだが、今感じ取る事の出来る気配は比較的放れた位置にある。

 つまりこの男は純粋に囚人としてここに捕らえられている可能性が高いと感じた。

 故に、適当な返事を返すことにした。


「いろいろやらかしたからなぁ。どの罪で捕まったのかはわからんよ」


「はっはっは、おまえも悪人か。ここに来る奴はだいたいそうなんだがな、たまに無実だと言い続ける奴もいるんだよ」


「へぇ、そう言う奴はどうなるんだ? 」


「どうもこうもないさ、裁判にかけられて二度と戻ってこない。それだけだ」


「まぁ妥当なところだな。そういうあんたはどうなんだ。元気そうだが」


「俺か? 俺は殺人と強盗、窃盗に強姦に……法に触れる事は大体網羅しているな」


「へぇ、気が合いそうだな」


 もちろん嘘である。

 そんな悪人と同調できるほどナルの精神は捻じれていない。

 ただし、相手が悪人だろうが善人だろうが話を合わせる事も殺し合いをすることもできる程度に狂った神経の持ち主ではある。

 数秒前まで談笑していた敵意の無い子供であろうとも必要ならば即座に心臓を握りつぶす事もいとわない、それがナルの今、この時代においての精神状況だった。


「そんなあんたに頼みがあるんだが聞いてもらえるか? 」


「お、なんだなんだ? 俺に頼み事とは新人にしちゃいい度胸だな」


「煙草、持ってないか? 」


 その発言に数秒の沈黙、そしてこれでもかという程の笑い声が響き渡った。

 一瞬の出来事だがその隙を見逃さずにナルは【月】のカードを発動させる。


「ルナ、今は静かにしていろ。ちょっとこの辺りとカードの気配のある辺りを探ってきてくれ。ただし誰にもばれないようにな」


 笑い声に紛れて周囲に声が聞こえないように指示を出したナルは何事も無かったかのように隣の牢に向き直った。


「あいあいさー! 」


 そう言って飛び出したルナを見送ったナルは相も変わらず爆笑を続ける男は、やがてそっと手を差しだした。

 そこには一本の煙草とマッチが握られていた。


「まじかよ……だめもとだったんだがな」


「俺にかかればタバコくらい朝飯前よ。久しぶりに笑わせてもらったから今回はサービスしてやる。次からは有料だがな」


「そうかい、じゃあどうにか金を用意しておくか」


 ゴキゴキと小さな音を立てて関節を外してから後ろ手に拘束されていた腕を手前に回してからありがたく煙草とマッチを受け取ったナルは、久方ぶりの煙草を堪能する。

 陣割りと染み入る煙に充実感を覚えながら、煙草の味を記憶と照らし合わせていき、北方で収穫されるものと同じ味だと見抜いていた。


 危険な薬物の味は一切しない事に加えて金を要求したという事から巡回の兵士に金を握らせて調達した物だろうと考える。

 どれほどぶりかの煙草にめまいを覚えながらも、それでもものすごく美味いというシンプルな感想を胸に抱きながら男との談笑をつづけた。


「で、結局何をやらかしたんだ? 」


「んー、殺人」


「ほう、何人くらい殺したよ。おれは……18人だな、殺した人数だけ刺青を入れてるんだ」


「へぇ、結構殺したな」


「まぁな、それより質問に答えろよ」


「残念だけど無理だな、殺した数なんて覚えてねえんだわ」


「はっはっはっ、そりゃまたたいそうな悪人だなおい! 」


「そうそう、極悪人なんだよ。だから遠からず俺も裁判にかけられてここに戻ってくることはないと思うぞ」


「そりゃあ……久しぶりにこんなことを言うが残念だな。お前さんとは仲良くやれそうだと思っていたんだが」


「そういうあんたはどうなんだ。それだけ罪を重ねているならいつ裁判で死刑になってもおかしくないだろ」


「そりゃ賄賂だよ。世の中金で動いているんだ、獄中だろうとそのルールに変わりはないのさ」


「はぁん、この国も大概だなぁ……いや、まてよ。つまり金を積めば自由の身になれるんじゃねえのか? 」


「できなくはないが、三食昼寝付きで命の心配もいらない場所だぞ。今更自由なんてものを金で買おうなんて思わねえな」


「なるほどな」


 会話の節々からナルは情報を得ていく。

 この牢獄は特別な人材が収容されているのだろう。

 過去の無実の者達、これが何を意味するのか断定はできないが想像はできる。

 金払いが良ければ命も自由も買えるというのは実力主義の帝国らしい有り方だ。


 それよりも気になるのはこの男だ。

 あまりに口が軽すぎる、自分の利益となる賄賂の件に関してもあっさりと暴露して見せた。

 他に隠し玉があるか、あるいは密偵の一人としてナルから情報を引き出すのが役目か。

 そんな疑惑がナルの心中で渦巻いた。


「ところで、次から煙草はいくらだ? 」


「口止め料込で1本銀貨3枚だ」


「うわたっか」


 通常ならば20本分の葉、それも上質な物が同程度の値段である。

 国によって金銭は違うが、金貨や銀貨といった物の価値は大抵の国で統一されているため他国との交流が盛んな国はこぞって貨幣を集めているが、あまりのぼったくり価格にナルは両目を見開いて半分ほど燃え尽きた煙草に目を向けた。


 言うなればこれは高級煙草を超える超高級品である。

 それを普段の調子で半分も吸ってしまった事に対する勿体ないという念を込めながらも、やはり吸い込む煙の量は変わらずじりじりと燃え尽きていった。


「……さて、しかし暇だな」


「トランプならあるぞ」


「何でもそろってるな……そっちの檻はさぞかし住み心地がいい事だろう」


「おうよ、今じゃ貴族の寝室に負けない程荷物であふれかえっているぞ」


「うらやましい限りだねまったく……」


 そう言いながらもナルもタロットカードを持ち込んでいる。

 砦への移送中や牢獄ではどうにか死守できたが、さすがに帝都の牢獄ではとりあげられそうになった。

 それを様々な場所に隠して、イミテーションのタロットカードを没収させることで死守したものである。


 あとは体内に隠した金銭がいくらかと、服の襟に仕込んでいた噛み煙草。

 ニコチンを摂取しようと思えばいつでもできたが、如何せん噛み煙草は手持ちが少なくばれる危険性も高かったため隠し通していたのだった。


 水溶性の毒であるニコチンは唾液に溶け出し、その唾液を飲み込めば最悪死に至る。

 そのため都度唾液を吐き捨てる必要があり、黒く染まった唾液は噛み煙草の存在を露呈させる。

 ナルであればその点は無視して構わないのだが、他人の飲食物に仕込むだけでも十分毒として作用する以上煙草はほぼ必ずと言っていい程没収されて管理下に置かれてしまうのだ。


 金銭を持ち込んだ理由に関してはこの手の調達屋がいる可能性を考慮しての物だったが大正解だったと自分の直感を褒めたたえたナルだった。

 それから改めて関節を外し、元の通り後ろ手に拘束されているように見せかけて適当に話を合わせながら時間が過ぎるのを待っていた。

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