虜囚満喫中
暇を持て余したナルがこの数日やった事といえば何か。
ひたすら寝る事であった。
一日朝晩の食事と、昼の尋問という名の拷問を受ける日々。
日々異常な速度で傷が回復するという事象を目の当たりにした兵士たちの慄く顔を見てこれは本格的に一時隠居しておくべきだろうかという考えも浮かんだがトリックテイキングという敵が動いている以上悠長な事はしていられないと思考を巡らせながらもそれを切り抜けていた。
都度、煙草を要求してその見返りに情報を吐いてもいいと交渉していたがあえなく一蹴されていたのだが、むしろ傷は即座に直るという理由から拷問は苛烈な物へなっていったのだった。
しかしである。
数年、数十年と拷問よりも酷い実験の餌食になっていた時期を思い出せばこの程度は児戯といえる程度の物に過ぎない。
皮肉な事にナルを苦しめたのは拷問よりも禁煙だったのだ。
結果として、牢獄の壁に何日が経過したかを数えるため線を刻んではその日数に辟易としていたナルの前に一人の兵士が現れた。
軽装ではあるが、使い込まれた鎧、宝飾の付いた立派な剣を携えているその兵士は一枚の書状をナルの前に広げて言葉を発した。
「明日明朝、貴様を帝都へと移送する」
たった一言、それだけでナルは救われたような気持ちになった。
これで拷問から、正確に言うなら禁煙という拷問から解放される可能性が出てきたというわけだ。
そう考えるとナルは内心に秘めていた思いを表に出してしまっていた。
「まじか! いやぁ、助かった。もう何でもいいから煙草くれよ」
「伝達事項は以上である」
しかし取り付く島もないといった様子で立ち去って行った兵士に、ナルは抱えていた喜びの感情をあっさりと投げ捨てた。
もとより期待をしていたわけではないが、こうも簡単に切り捨てられてしまえば諦めもつくというもの。
何よりこの数日でタバコに対する依存心が多少なりとも薄れていた。
(なんだっけな……ニコチン依存症だっけ、むかーし英雄の血族でもまだ歴史の浅い奴がそんなこと言ってたっけな。その中毒作用から抜け出したと考えればいいのか? まぁ吸うけどさ)
煙草が出されればすぐに飛びつく姿勢を崩していないものの、しかしやはり正式な裁判にかけられるのだと知り面倒が省けたと安堵していた。
略式となれば砦を落として、帝都に応援を要請させて、それも蹴散らして、あとは悠悠自適に帝都を目指してという計画も立てていたがその手間が全て省けた以上喜ぶしかないのだ。
あとは煙草があれば文句はない。
遠征用の味は二の次という食事に劣らず不味い食事も立場を考慮すれば大した問題ではなく、むしろ一日二食が保証されているのは十分に幸運であると言える。
新鮮な果実が必ずついてくるのも高評価で、ぬるいスープも食べ方から考えれば合理的と理解を示していた。
拷問で口を割らず、口を開けば煙草の要求しかしない事を除けば非常に模範的な囚人であると言える。
とはいえ、ナルの立場は非常に危うい事に変わりはなく、殺した兵士の友人や部下からはそれなりの恨みを買っていたため時折無意味かつ非道な暴行を加えられることも多々あった。
一度は危うく殺されかける場面もあったため、その際はカードの力を使わないまでも本気の抵抗をして首を絞めていた兵士の股間を蹴り上げ、鎧の上からでも確実に急所を潰すという技術の一端を見せつける事になってしまっていたが、それ以来暴行が減ったので本人は比較的満足していた。
哀れな事に男としての生命を絶たれた兵士は事が明るみに出てしまい懲罰を受ける事になったため泣きっ面に蜂、あるいは踏んだり蹴ったりという状況に追い込まれてしまったのはナルも同情を隠せずにいた。
同情しながら爆笑していたが。
(さて、あとは……何もすることないな)
本日の拷問を終えて、残すは夕飯の身となったナルは再びベッドに横になり目を閉じる。
これからしばらく暇な時間が続くことを悟って眠る事にしたのだ。
また拷問後の休息と、これから起こりうるあらゆる事象に対する警戒を含めた準備も兼ねている。
これからの道中、事故という名目で殺しにかかってくる者がいる可能性は捨てきれない。
そうでなくともいつ殺されてもおかしくない状況である以上、警戒は続けているのだ。
常に警戒するというのは存外体力を消耗するものであり、これからの時間。
つまり護送されるまでの間は特に気を抜けない。
前述の通りナルを亡き者にしようとする輩に囲まれている状況であり、この機会を逃してなるものかと押し掛ける者も少なからずいるのだから眠りながらでも対処できるように脳の一部は常に覚醒させているのだ。
それでも休めるときに休んでおくのは必要な事であり、明日からの道中ではそれこそ休息も決められた時間にしかとる事ができないだろう。
排泄、食事、睡眠、全てを管理されるとなれば精神の疲弊はこれまで以上の物になる。
ならば今のうちに存分に休息をとる必要があった。
(まぁ、自分の立場を捨ててまで殺しに来る奴はいないだろうけどな)
ここ数日の間に兵士達の抱いている感情を大まかにだが把握して、更にこっそりと発動させた【月】の斥候で砦の人間関係も把握していたため多少気を抜いても問題ないと判断していたのだった。
ナル達を捕殺しようと出向いた部隊の人間と仲の良い者達は相当数いたが、しかしそれはあくまでも同僚としてであり友情を抱いていたかと言われれば首をかしげる者ばかり。
一部に深い情を抱いている者もいたが、そう言った手合いはナルに近づけないよう先日の一件で周知され、また帝都から派遣された人員によって交代で見張りがつけられていたため今日に限っては暴行をくわえられることもなかった。
その見張りのせいで今更やる事もないと考えながらまどろみに沈みゆく意識の一端を現世に残しながらも、浅い眠りを享受していたのだった。




