囚われ
そして護送三日目の夕方に差し掛かった頃である。
馬車が止まり、ようやく飯の時間かと本日分の煙草を一本残していたナルは食事が出されるのを今か今かと待ちわびていた。
本音は食後の一服を待ちわびていたのだが、どういうわけか一考に食事は出てこずに再び馬車が動き出した。
同時に周囲からざわめき声を確認したことで、砦に到着したのだと理解した。
「やっとか……あ、煙草くれ」
「却下だ、煙草は一日10本、これは護送中の話であり既に護送は完了した」
「引き渡すまでが護送だろ、まだ俺は馬車の中にいるからギリギリ護送中だ」
「屁理屈が通じると思うな」
「ですよねー、まぁこれから一日20本吸わせろって交渉するからいいけどさ」
そんな風に嘯きながらもナルはそわそわと体を動かす。
昼食後の一服、そして時間を空けながら3回の煙草休憩をはさみながら適当にそれらしい話をして見せていたものの、それでも煙草が吸いたいという気持ちを抑える事ができずにいたのだ。
「護送任務御苦労である! 」
「囚人を引き渡します! 私はこれより報告書を作成しますのでこの場は失礼させていただきます! 」
「重ね重ね御苦労! 」
短い会話、最低限の情報伝達を終えた兵士はナルを馬車から下ろし、新たに金属製の手枷をはめてから目隠しをした。
それから砦の中を右へ左へと歩き回らせてからナルを牢獄の中へ放り込んだのだった。
(二度目の右折はフェイク、その後左に進んだから直進で、五度目の左折もフェイクだからこの砦の内装は……)
囚人を逃がさないための措置だったが、そんなものは無意味と、むしろ砦の内部に関する余計な情報を多数与えたとも知らずにナルを連行した兵士は嘲笑を浮かべていた。
「おい、飯と煙草はどうした」
しかし傲岸不遜にも食事と煙草を要求するナルに、兵士は怒りの表情を浮かべて牢を一度蹴り飛ばしてからその場を去っていったのだった。
(さて、あとは……特にやる事がないな)
この後ナルを待ち構えているのは十中八九極刑である。
その際に正式な裁判が行われる可能性もあるが、略式でこの場で切り捨てられる可能性もあった。
そうなった場合は全力で抵抗して見せて砦の機能を奪い、帝国相手に交渉を行うつもりでいたが正式な裁判にかけられるならば間違いなくて糸へと連行されるだろう。
その際にタバコを吸えるかという問題だけが残っていたが、当初の目的である皇帝との謁見、正確には裁判という形でだが姿を見る事は叶うだろうと目隠しをされたままその時を待っていた。
なお、夕飯は提供されることなく当然煙草も抜きだったためその日のナルの機嫌は最悪な物になっていた。
翌朝になってようやく食事と水が運ばれてきて、目隠しを外されたナルはそれでもなお熟睡を続けていたため腹部に蹴りをみまわれることになり、その衝撃でようやく目を覚ましたのだった。
「いってぇ……酷い目覚まし時計だな」
「さっさと喰え」
「おいおい、まだ犬食いさせる気かよ」
ナルは相も変わらず後ろ手に拘束され続けている。
この状況で食事をとるには地面に這いつくばり無様な姿で食事をとるしかないのだ。
「貴様は危険だ、拘束を解くわけにはいかん」
「そうかい」
それをさして気にする様子もなく、当然ともいうように膝を付き、肩を地面にこすりつけて皿に顔を突っ込む。
薄くぬるいスープ、硬いパン、丸ごと出された林檎を咀嚼して胃に収めてから満足したと足で皿を牢の外に押し出してから改めて口を開く。
「食後の一服は? 」
「あるわけないだろう、立場をわきまえろ」
「その言葉、もう聞き飽きた」
一向に態度を崩さないナルに苛立ちを見せた兵士は牢越しにナルに蹴りを入れてから皿を拾いその場を後にした。
鋼鉄のレギンスで蹴られたナルは腹部の痛みに耐えながらも、それ以上に煙草が吸えないという現状に再び耐えねばいけないという事実に大きなため息を吐いていた。
(この様子だと……正式な裁判かね)
朝食が用意されたという事はしばらくはナルを殺す意図がないという事に他ならない。
もし略式裁判で判決を出すならば食料を無駄にする必要などなく、また絞首刑にせよ斬首にせよ胃に食べ物が残っていた場合掃除が面倒な事になる身体。
昨晩食事が出なかったのは処遇に関して話し合いでもしていたのだろうと考えてから堅いベッドに身を投げ出して他の事について思考を向ける。
グリム達はどうしているだろうか、と。
この状況から見ても、あの二人を死んだことにしてアルヴヘイム共和国に逃がしたのは正解だった。
少なくともナルと同等の悪環境に置かれていただろうことは当然、2人は女性である。
帝国軍の軍紀がどれほど清廉であろうとも人の欲望は時に法を無視することもあれば、その場の勢いや唐突な欲求で全てを投げ打ってしまう事もある。
グリムに関しては特殊な性癖さえなければ手を出そうとする者は……と一瞬考えたが、戦場という異常な場に身を置く者達である以上その点に関しても不安は残っている。
いかんせん顔が整っていれば男が相手であろうとも手を出すという輩が少なくない世界だ。
幼女であろうとその外見が襲うのに十分であれば性欲のはけ口にされていた可能性は十分にあり得た。
リオネットに関しては、考えるまでも無いだろう。
ナルが視線を誘導される程見事なスタイルの持ち主、ここにいるのは野獣のような男たち。
結果は目に見えている。
道中も排泄時だろうが常に見張りがつけられていたのだから、羞恥という面では十分逃がしただけの意味があった。
「それにしても……暇だな」
この砦から帝都までどれほどの時間がかかるか分からない以上、ナルが行動を起こすのは数日先の事になるだろう。
移送となれば伝令にかかった倍の時間を使うと考えるべきだが、最悪の場合半月以上の禁煙を強いられると考えた瞬間に、久しぶりに死にたいと思い始めてしまったナルだった。




