ナル捕まる
それから一時間ほどたってからだろうか。
ナルが厳選した若手の兵士達が目を覚ました。
「っ……」
「よう、お目覚めかい? 」
状況を把握しようと周囲を見渡す兵士に、いかにも余裕ですと言わんばかりに煙草をふかして声をかけるナル。
「貴様は! 」
死屍累々、そう称するにふさわしい惨状と、血まみれで一般的には瀕死ととられてもおかしくない怪我を負っているナルに目を見開いて、そして一瞬で意識も覚醒したのか近くに落ちていた剣を拾い上げてふらつく足を無理やりさせえて身を起こした兵士が距離を取ったのを確認してからナルは笑みを浮かべた。
予想通り、この兵士は上からの命令で動いているだけのようだ。
兵士たちを見ればその鎧から大まかな階級は見て取れる。
さらに傷や留め具の汚れからベテランか新人かといった判断も付けられる。
そこでナルは、あえて新人数人だけを残し他は皆殺しにしたのだった。
「そう警戒すんなよ、俺は見ての通り重傷だ。仲間も失って戦意も残っちゃいないさ」
「信じられるか! 」
「一時間、おまえが寝ている間にやった事といえば俺が死ぬ前に起きて傷の手当てをしながら交渉出来る事を祈ってた程度だぜ。あぁ、暇だからタバコも吸ってた」
その言葉の証明と言わんばかりに、ナルの側には煙草の吸殻が山と積み上げられている。
更に太陽の位置や、すでに鎮火している草原を見て兵士は警戒心をほんの少しだけ緩めたのを確認できたナルはたった一言、若いと内心で呟いていた。
この程度の状況で敵の言葉を鵜呑みにしている辺り腹芸にも慣れていないのだろう。
おそらくは平民上がり、帝国とは近隣諸国を飲み込み肥大していく国の事である。
それはつまり、常に戦乱に供えなければいけない国という事でもあり使える物は何でも使うという主義を持っている。
一部の国家では軍事に携わる事が出来るのは貴族の身という法律まで存在するが、帝国にはそんな法律は存在しないだろうと当たりをつけて適当に抜擢した人間の一人だったが最高の札を引けたのではないかと自賛していた。
「つーわけで、俺はお前らに連行されてもいいんだが……戦うというなら命の覚悟をしてもらう事になる」
「……大人しく連行されるという保証はどこにある」
「この怪我、それからなんで俺達が狙われたのか知りたいってのが理由だが足りないか? 」
「あぁ、足りん」
「そうか、まぁそこまで馬鹿じゃないか。ならお前に一つ良いことを教えてやろうか」
悪魔のように口の端を吊り上げ、三日月のような笑みを浮かべたナルは目を覚ましたばかりの兵士にささやいた。
「お前、このまま俺の首を取って帰る事はできないぞ」
「なぜだ! 」
いくら自分が新兵とはいえ、両手両足からおびただしい出血を見せているナルがこの場を切り抜けられるはずがない、と考えた若手兵だったがそれが全くの見当違いであるとはつゆほどにも思っていない。
ナルは確かに致死量にも届くのではないかという血を流しているが、その程度では死ぬことはなく服の上から巻いた包帯は血をしみこませただけでその下の肌には既に傷一つ残っていない。
更に仮に両手足を捥がれていたとしても、首1つと胴体1つ、つまり生命維持に必要なだけの部位が揃っていればナルはこの程度の兵士を殺すのは雑作もない事だった。
「だって、敵対すればお前は死ぬから」
そう言って近くに落ちていた剣を飴細工のように折り曲げ始めたナルに目を見開いた若手兵。
当然【力】のカードを使っての芸当である。
飴と鞭、この場合飴は自ら掴み取るものだが鞭はナルの手に握られているのだ。
駆け引きの基本だと、この場にグリムがいたら教育を施していたかもしれないなと苦笑しながら兵士の返答を待つ。
あるいはハングドマンとの戦いで手に入れたカードの力を使えば、もっと楽に行動できたかもしれないとも考えていたが如何せん【吊られた男】も【節制】も扱いにくすぎるカードだとこの一時間で把握していた。
それと同時に、一つの疑念がナルの心中に渦巻いていた。
どちらも、洗脳のカードではないという事実が。
それが示すところは……と煙草を吸いながら一つの結論に行きついて、やはりここは若手兵数人に護送してもらうのが手っ取り早いと考えたのだった。
「いいだろう……ただし、縛らせてもらうぞ」
「ご自由にどうぞ」
やはり、この兵士は頭の回転は鈍いようだ。
剣を折らずに曲げる、そんな力の使い方ができる相手を紐で縛り付けたところで何になるというのだろうか。
その事実に気付いていない兵士はいまだ健在だった荷物の中からロープを取り出して、また無事な数人の兵士を起こしナルを包囲してから縛り上げて護送を開始するのだった。




