ハングドマン
「黒色火薬と火矢の合わせ技、これで一度は死んだか? 」
ナルが爆発に巻き込まれた位置から数十メートルほど離れたところで、全身に縄を巻き付けた男が一人双眼鏡を片手にその様子をうかがっていた。
爆炎と濛々と漂う煙でナルの姿は確認できない。
いや、そもそも周囲一帯を吹き飛ばすような爆発を起こせば人体など跡形も残らず消し飛ばされてしまう。
「……ふむ、再生する姿を見てみたいところだな」
「あーそれはおすすめしないぞ」
縄を巻き付けた男は唐突に声をかけられたという事態に、すぐに反応を示すことができなかった。
油断していた、そう悟ったのは一瞬の後。
身をひるがえして自分の背後に立っていた男の首にナイフを突き立てようとしたのは悟ると同時、しかしそれは圧倒的な握力でいともたやすく掴み取られてしまった。
「はじめましてだな、お前が敵か」
そこに立っていたのはナルだった。
服の一部は焼け焦げ、頬に煤をつけているが怪我をした様子は見られない。
縄の男からは確認できないが、人ならざる腕力はカードの能力である。
「……そうだな、はじめまして。私の名前はハングドマンだ」
「ナルだ。互いに難儀な名前だな」
悠長にも挨拶を交わす二人を、地面に伏せて土をかぶせた皮で身を隠していた多数の兵士が見守る。
「ほう、こんな原始的な方法で隠れてたのか。すっかり騙されたわ」
「それなりに期待していた方法だったのだがな、無駄に終わったようだ」
「そうでもないさ、これ気に入ってたんだぞ」
焼け焦げた服の端を手に、ひらひらとそれを見せるナルは懐から取り出した煙草を手にそれを投げ捨てた。
爆発の影響か、それとも爆発の範囲から逃れるための高速移動が原因か、煙草は見るも無残な姿へと変貌していたからだ。
「あーあ、もったいねえ」
次々と煙草を取り出しては地面へ投げ捨てていくナル。
それとは対照的に、縛られたように動かない縄の男ことハングドマン。
ようやく無事な一本を見つけて火をつけてからライターを取り出して、これでもかというほど盛大に顔をしかめたのだった。
「おいおい、これ親父の形見なんだぞ」
「それは申し訳ない事をした」
パーツに亀裂の端っているライターを片手に抗議するナルに対して、ハングドマンは心の片隅にも考えていない言葉を口にする。
「火、あるだろ? 貸してくれよ」
「お望みとあらば存分に」
その言葉と同時にハングドマンも巻き込む程の火矢がナルに向かって放たれた。
このまま何もしなければ間違いなく二人を貫く無数の矢は、しかし空中で何かに弾かれたように落ちていく。
そしてナルとハングドマンの居た場所だけが開けるように火矢は草原に着弾し、周囲には草の燃える香りが充満した。
「仲間は優秀だな」
「仲間も、だ。俺も優秀だぞ」
「のこのこと敵の前に姿を現す者が優秀とは、まさか私を笑い死にさせる魂胆か? だとすれば相当優秀だと皮肉を送ろう」
「ブーメランって武器があるけどご存知? 」
皮肉の応酬が続く中、再び火矢が放たれようとしていた。
しかし射手が、森に近い位置にいた者達から順に意識を刈り取られていく事になる。
グリムとリオネットの存在を失念していたためだ。
ある者は馬に踏まれ、ある者は鞘で殴られ、運が良ければ骨折、運が悪ければ苦しみぬいた挙句に死ぬことになる。
「罠を用意しているのは当然読めていたが、それを食い破るのは読めていたか? 」
「無論」
ハングドマンは笑みを浮かべる。
ナルも負けじと笑みを浮かべる。
始まりは微笑みだった。
それが互いに相乗するように高らかな笑いへと変化していく。
「で、あんたは名前からして【吊るされた男】なんだろうけど他に何もってる? 」
「ふむ、教えると思うか? 」
「いんや? 殺してでも奪い取る」
ナルがカードを欲する理由は存在する。
しかし殺してでもというのは方便であり、実のところ【世界】以外のカードにはそれほど興味を抱いていない。
その上で、あえて強い言葉を選んだのには理由があった。
つまるところ宣戦布告である。
既に先制攻撃を受けている以上、布告など不要ではあるが意思表示をするのとしないのとでは大きな差があった。
やる気なら、相手になるぞという言外の脅しである。
「ふはは、恐ろしい男だ。我が主と同じ気配を放つだけある」
「あぁそれそれ、あんたらについても聞きたいんだった。情報を置いてから死んでくれないか? 」
「ふむ……まぁもとよりそのつもりではあったのだがな」
「あ? 」
「私の役目はいくつかあったが、一つはお前達に宣戦布告する事。マギカとジャッジ、そしてフライが先走ったがこうなっては互いに殺し合う以外の道はあるまいと改めて伝えに来たのだよ」
あまりにも素直な態度にナルは笑みを崩さないまま地面に刺さった火矢から煙草に火を移す。
用のなくなった火矢を片手でもてあそびながら、続けてと身振りでハングドマンを促した。
「二つ目に、ここで殺せるならば殺してしまおうと思っていたのだがそれは無理だな。魔獣に蟻をどれだけ膨大な数けしかけようとも殺しきれるものではない。したがって私には無理だと判断して手を引く事にした」
「逃がすと思うか? 」
「最後まで静聴するのが礼儀というものではないか? そこで三つ目だ。私はこれから命乞いをしよう。私の権限で話せる内容を全て語る故に命だけは助けてほしいとな」
「カードも付けるなら考えてやるぞ」
「それは四つ目だ、生まれ持ったカードを渡すことはできないが、代わりを用意している。主の許可も得ているので気兼ねなく受け取るといい」
「はーん、つまり死にたくないけど持ってた才能を失うのも怖いから他のカードと情報差し出すんで助けてくださいってか? 」
「おおむねその通りだ」
「潔くて結構、それで俺が断ってお前を問答無用にぶち殺してカードを奪ったらどうする? 」
「その時は、おまえが後悔することになる」
なるほど、とナルは内心でハングドマンの裏について理解した。
この男の役割はフライと同じ、斥候でしかない。
ただ【隠者】を持っていたフライと違うのは攻撃的な斥候であり、殺してもそれは仕事の一環でしかないと割り切っている部分があるという事。
それは、この場で殺しておかなければ危険であるとナルの直感が告げている。
しかし同時に殺せば後悔するという言葉が気にかかった。
ナルの脳裏をよぎったのはマギカという少女。
本来カードは一人一枚、ナルという元の持ち主を除けばそれが原則である。
だというのにマギカは【太陽】と【魔術師】という二枚のカードを所持していた。
それが意味するところは、カードの譲渡について知っている人間がいるという事実。
そしてハングドマンの言葉から察するに、この男は死後の譲渡契約を済ませているのだろう。
グリムとリオネットに書かせた書類のようなものを使い、自分が死んだ際はどのような理由が有れど譲渡される人間は決まっている。
「じゃあ、先にカードだ」
「ふむ、いいだろう。私はハングドマン、【節制】のカードを持つ者なり。今この時をもってナル殿に【節制】のカードを譲渡する」
そん言葉と同時に小さな光の球がハングドマンの胸の内から湧き上がり、ナルの懐へと吸い込まれた。
間違いなくここに【節制】の譲渡が行われたのだ。
「まさか本当に譲渡するとは思わなかった」
「さて、あとは私達の情報を開示すれば見逃してもらえるのだろう? 」
「情報次第だな」
それによって決める、と言いながらもナルは答えを出していた。
この男は何があってもこの場で殺すと。
「私達は『トリックテイキング』、カードの保有者、あるいはカードそのものを収集している」
「目的は」
「言うまでも無いだろう」
「それでもだ」
「ふむ、トリックテイキングはカードの力を使いあらゆる事態に対処する。裏の仕事を請け負い、金を集める。時には国を奪い、内側から支配する。表の仕事に着き真面目に働くこともあるな。だがその真の目的は世界の統一である」
「はっ」
ばかばかしいと、鼻で笑うナルにハングドマンは表情を変えない。
世界の統一、その理念が意味するところは分かる。
今現在ナル達がいる場所は一つの大陸だが、その中には大小さまざまな国家が点在し覇権を争っている。
その争いもグリムというイレギュラー一人の手である程度の鎮静化を見せているが、いまだに小競り合いは多い。
そして小競り合いによる被害者の数も相当数に上る。
おおかたその被害者の誰かがカードの力に気付いて行動に移したのだろう。
ナルが能力に目覚め、時間をかけて復讐を果たしたようにその誰かは大陸の在り方そのものを変えてしまおうと画策しているという事だ。
「心中察するとだけ言っておこう。しかし私達の理念は常にその一点、仮初であろうと平和こそが私達の望む物である」
「だから、死ぬわけにはいかないが殺しはすると」
「その通りだ。大事の前の小事とはよくぞ言ったもの、異世界の人間はさぞや修羅の道を経験してきたのだろう」
異世界から伝わったことわざを交えて淡々と語るハングドマン、ナルはその様子を見ながら懐を探り二本目の煙草を探し当てた。
「それで、構成員は。その主とやらは何者で今どこにいる」
「それを語る許可は出ていない」
「死ぬとしてもか」
「死ぬとしてもだ」
一本目の煙草をいまだ火の手が上がっている草の上に吐き捨てて、二本目に火を灯した。
「なら語れる範疇の事は全て語れ」
「既に、語り終えている」
「そうか、なら死ね」
そして手に持っていた火矢、既に半分以上が燃え尽きて炭化しているものの鏃はついたままのそれを【力】のカードを発動させてハングドマンの心臓に突き立てた。
「ふ……ごふっ……愚かなり……まさしく愚者よ……」
「そうかい」
胸に突き立てた矢を引き抜くと同時に鮮血が噴き出した。
即死しなかっただけでも十分に称賛できるが、しかしハングドマンは確実に死ぬ。
命乞いをして、カードを譲渡し、情報まで開示して尚死は避けられない所まで忍び寄っていた。
それでも。
「愚者よ……ナルよ……愚か者よ……北を目指せ……」
「あ? 」
「そこで待つ、それが私の言える……今際の言葉だ」
「そうかい、さっさと死ね」
ハングドマンの言葉に耳を貸すことなく、ナルは再び矢をハングドマンに突き立てた。
炭化していたこともあり半ばで折れているそれは、ハングドマンの眼球を貫いて脳髄に穴を穿った。
そのまま中身をかき混ぜるように矢を動かしたナルは、健在の瞳から光が消えうせるのを確認して遺体をその場に下ろした。
異変はそれと同時に起こった。
ハングドマンの胸から光の球が浮き上がり、その場で揺れ動いている。
これはナルがリオネット達と躱した契約と同じような絶対不変の条文によるものだろう。
しかし普通の死であれば条文は絶対順守されてしかるべきだが、その例外ともいえるナルが自らの手で殺したという事実。
それが光の球をこの場に押し込めていた。
同時にナルの懐にあったカードが震え、光の球がもう一つ抜け出そうとしているように感じたナルはそれを抑え込む。
なるほど、ハングドマンの言っていた後悔とはこの事か。
たとえカードを他者へ譲渡した後でも死後その力は別の物へと譲渡される、という条文を記せばその通りになるのだろう。
しかしこの手の事象は総当たりによる手探り実験だったのだろう。
相手がナルでなければ、この交渉はわずかな情報を得るだけに収まりカードは一枚も得られず、そして帝国軍を何人も殺した悪名高い傭兵という話だけが世間に広まっていたはずだ。
だが直接手を下したのはナルであり、カードの優先順位がどちらにあるのかという点が問題だった。
ならば、とナルは考える。
おそらくこれも、つまりハングドマンが死にカードの在り処がどうなるかという点も含めて謎の一団改めトリックテイキングの実験だったのではないかという事。
そして事実ナルは後悔している。
たしかに殺しておくべき男ではあったが、こんな面倒な二択を迫られることになるとは思わなかったと。
一つは【吊られた男】と【節制】をあきらめる。
まさに前述の通りわずかな情報以外何も得られなかったという結末。
もう一つは両方のカードを無理やりにでも手中に収めるという事。
しかしどちらも大きなデメリットがある。
いや、後者に関してはアドバンテージを潰すという事になるだろうか。
もし二枚のカードをあきらめたら、ナルが殺しても条文が優先されるという前例から相手は油断する可能性が高い。
しかし二枚をそのまま手中に収めれば、相手はナルを危険視して今後の対応に変化が出るだろう。
「くそっ……」
そう呟いて、ナルは二枚のカードをどうするか悩みぬいた挙句、手中に収めることにした。
警戒はハングドマンという個人に対してだったが、その理由の一端にはハングドマンの能力、つまりカードの力にも起因する。
故にその力を野放しにするのは悪手と判断してのことだった。
かくして7枚のカードを手に入れることができたものの、その心中には不安が残る。
この程度なのか、あのハングドマンが後悔するとまで言った事柄、それがこの程度で終わるのかという不安が残った。
それほどに、ナルは得をしている。
失ったものは無く、対して得た物は二枚のカードとトリックテイキングに関する情報。
リスクに対してのリターンの大きさ、ナルの意思でその道を選んだならばともかく、現在の状況は選ばされたものである。
その事実があまりにも不気味だったのだ。




