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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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勝たないけど負けない

 一方その頃のリオネットとグリムは。


「チェックメイト……」


「また負けた! 」


 暇つぶしをしていた。

 身を隠すことができる場所というのは当然ながら人里からそれなりに放れた場所であり、傭兵などにも絶対に姿を見られるなとナルから言われていたため森の奥深くに身を潜めていた。

 ある種の決断を迫られることになったが馬車は捨てて馬だけを連れて森の奥へと進んだ二人。


 荷物はナルが抱えていたため馬車に有った物の大半は持ち出すことができた。

 痕跡を残さないように馬車は丁寧に解体して後程簡易的な物に作り替えられるように適当な場所に隠しておいた。

 穴だらけとなったホロはどうするかという話になったが、切れ端は焚き火の着火剤に利用して残りは同じように穴だらけになってしまった毛布の代わりや、穴の開いた小麦袋の修繕に利用した。


 あとはナルが帰ってくるのを待つばかりという状況、狩りにいそしんでいた日も有ったが即席で作った弓ではさほどの効果を上げる事もできず適当なわなを仕掛けて兎のような小動物を捕らえるのが精いっぱいだった。

 それでもグリムの活躍で十分すぎる量の肉と毛皮を手に入れていたため、これ以上の殺生は無駄になると襲い来る狼のような肉食動物や魔獣以外は全て放置していた。


 結果的に暇を持て余す事になった二人はどうにか持ち出せたゲーム類を手あたり次第に遊んでいたのだ。

 トランプ、チェス、オセロとリオネットが知る限りのルールを教えた物は全てやりつくしてしまい最初に遊んだものからやり直す。

 それを何度くりかえし、そしてどれほどの時間がたっただろうか。


 はっきりとここに記す。

 全36種のゲーム、全564戦、グリムの勝率は10割である。

 つまり全戦全勝だった。

 運で結果が左右するゲームがあれば結果は違ったかもしれない。


 しかし、グリムを相手にリオネットが挑んだゲームは全てが実力がものをいうものだった。

 結果が全敗という悲惨な物である。


「くっ……なぜ勝てない! 」


「リオネット、愚直」


「くぅ! もう一戦だ! 」


 リオネットの戦法はとにかく前進あるのみという物である。

 これが局面とうまく合致すれば非常に手強い相手だが、ナル直々の敵の弄び方を教えられ、また戦場で数々のいやらしい策に翻弄されたことのあるグリムにとって、言葉通り愚直に前進するのみのリオネットはまさしくいいカモだった。

 その結果。


「チェック」


 わずか数手で追い詰められることになっていた。


「くそ! 」


 グリムにしてみれば既にリオネットの指し筋は見えてしまっている。

 あの手この手を駆使しているように見えるそれも結局のところはグリムの想定内の手でしかない。

 完全に手のひらで転がされているという事実を認めたくないのか、それとも純粋に気づいていないのかリオネットはその後数手で完全に詰んでしまった。


「リオネット、愚直」


 再び同じ言葉を繰り返す。


「……むぅ」


 そうしてようやく、リオネットも今の自分がグリムに適わないと悟り休憩となった。

 久方ぶりの休息、しかし暇つぶしはこれしかない。

 グリムが飽きたと言えば早々に別のゲームに興じる事になり、そして再び負けるのだろうと理解したリオネットは近くに置いていた水を飲む。


(なぜ勝てない……いや、理由はわかっている。グリムの打ち方はナルをモチーフにしているが、しかしナルを相手にする時は私の戦術も組み込んでいる。ならば……純粋に先を読まれている。だとしたら……)


 思考を巡らせて何かに気付いたリオネットはハッとした表情からにやりと笑みを浮かべた。

 それはこの場にいないナルが悪だくみをしている時の表情だった。


(勝てなくてもいい、か……そういう戦い方もあるのを私は忘れていたらしい……)


「グリム、もう一度だ」


「ん……」


 リオネットの言葉に駒を並べなおしたグリム。

 先手である白をリオネット側に向けていたが、しかしリオネットはチェス盤の向きを反転させた。


「……? 」


「後手を譲ってくれ」


「いいけど……」


 チェスは先手有利のゲーム、わざわざ自らの優位を潰す行為にグリムは警戒した。

 先程までの愚直なリオネットとは違うと自らの六感が告げている。


「……チェック」


 とはいえ、小さな気付き一つで圧倒的な差を埋める事はできない。

 あっという間に詰められたリオネットはそれでも笑みを崩さない。


「では、こうだ」


「……? 」


 リオネットはナイトの駒を動かし、その手を阻む。

 しかしそのナイトは簡単に奪えてしまう物であり、以後リオネットの盤面は厳しいものになるのが目に見えている。

 その事に気付かないリオネットではないと、更に警戒心を高めた。


「チェック」


 再びのチェック。

 このままでは必敗の状況でもなお笑みを崩さないリオネットにグリムの背筋に悪寒が走る。

 トンッと小さな音を立てて今度はルークがその手を阻む。


「チェック」


 常に攻め続けていたグリムの駒が、次々とリオネットの駒を取っていく。

 このままいけばあと数手で詰みだ。

 しかし。


「私の駒は美味いか? 」


「……」


 グリムの顔色が曇った。

 何を考えているのかわからないと言った表情のグリムは次々と駒を取っていき、そして最後にキングの逃げ道が塞がれた。


「チェックメイト」


「そうか、ではこうだ」


 詰みを宣言されたにもかかわらず、リオネットはキングの駒を動かした。

 一手、グリムはその意味も分からずにキングの駒を取り盤上には白い駒しか残されていなかった。


「ふぅ……初勝利だ」


「……? リオネットの、負け」


「ふふふ、グリムには教えていなかったな。世の中には特殊ルールという物があるのだ」


「特殊、ルール? 」


「うむルージング・チェスと言ってな。すべての駒を相手に取らせれば勝利というルールもあるのだ」


 正確に言うならば、そういう遊び方があるというだけの話だ。

 リオネットの敗北は揺らがない。

 ゲームを始める前に宣言していない以上これは通常のチェスだからだ。


「……リオネット、せこい」


「ぐっ……しかし特殊ルールを採用すれば私の勝ちに変わりはないのだ」


 何度も言う、リオネットの負けである。

 ただしあくまでもそれは通常ルールの範囲においてという話であり、グリムが通常のルールで、リオネットがルージング・チェスで打っていた場合両者の勝利で終わる。

 つまり引き分けとなるのだ。


 これこそがリオネットの考えた負けない方法だった。

 相手の土俵に立つ必要はない、自分の土俵で勝手に勝利条件を決めてしまう。

 そういう戦い方もあるのだとリオネットは気づくことができたのだった。


「さて、もう一局行くか」


「ん、普通のルールで」


「聞こえんなぁ」


 この後もリオネットは何かにつけて特殊ルールでグリムと引き分けていく事になった。

 盤面だけを見ればグリムの圧勝と言えるが、水面下では引き分けの回数を増やしていく。

 それはまさにナルが先日皇帝とのチェスでやって見せた物だった。


「ふぅ……まけないというのは良い物だな」


「リオネット、いんちき、した」


「したとも、正攻法で勝てないのならば卑怯な方法だって使うさ」


「……ナルに似てきた」


「ぐはっ……」


 グリムが何気なしに呟いたその一言は、これまでリオネットが受けたどんな傷よりも深くその心を抉ったのだった。

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