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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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逃走劇

「くっそ、マジでどうなってやがる! 」


 そう叫びながらナルは悪態を吐きながら再び矢の雨にさらされていた。

 ドスト帝国軍との一戦後レムレス皇国へと踵を返した一行は国境線で待ち構える騎馬隊、つまりは騎馬街から出撃してきたと思われる軍隊と交戦、現在は逃走を続けていた。

 ドスト帝国軍同様倒してしまっても問題はないのだが、リオネットの立場を考えると逃げの一手を撃つしかなく完全に後手に回っていた。


「まったくもってどうなっているのだ! 」


 リオネットも射線上から逃げようと右へ左へと馬を走らせてナル同様に悪態を吐く。

 グリムに至ってはその小さな体躯のせいで激しく揺れる馬車の上で踏みとどまる事ができずにコロコロと転がっていた。


「とにかくドスト帝国もレムレス皇国も俺達を、理由は知らんが敵対視しているってことだけは確かだ! 西か東へ逃げるしかねえぞ! 」


「ならば西だ! 数日でアルヴヘイム共和国に行ける! 」


「頼んだ! グリム! 俺が支えるから矢を切り落としてくれ」


「……うぷっ」


 転がりまわったことで目を回したのだろう、顔色を悪くしたグリムはそれでも承知したと頷いたのを見てナルは【力】のカードを発動させてグリムの身体を固定する。

 いまだ不安定ながらもどうにか二足で直立することのできたグリムはマインゴーシュを引き抜いて、ホロを突き破って飛来する矢を切り落としていく。

 普段の剣を使わなかったのは単に狭すぎて振り回すだけの余裕がないからである。


「こいつも使え! 」


 ナルは懐からナイフを引っ張り出してグリムに差し出すと短剣二刀を構えたグリムは全ての矢を切り落としにかかったのだった。

 そして数時間後、どうにか追撃を逃れた一行は息も絶え絶えながらに各々の仕事を済ませていた。

 ナルは積み荷のチェック、先程の一戦で小麦粉の詰まった袋に穴が空いて中身がいくらか漏れていた。

 グリムは矢の回収、切り捨てた物だが鏃を集めれば鉄を回収することができるというナルの言葉に従っての行動だった。

 そしてリオネットは長時間無理な動きをさせた馬をねぎらい、専用の軟膏を馬の足に塗っていたのだった。


「ったく、どうなってんだお前の国」


「知らん、私が知りたいくらいだ」


「だよなぁ……あいつら確か皇帝の意思に従ってとか言ってたっけか」


 レムレス皇国、ドスト帝国両国に置いてナル達の前に立ちはだかった軍隊は必ずその言葉を口にしていた。

 皇帝の意志に従いと、それはつまり国の最高権力者からの抹殺命令である。


「こういうのは君の領分ではないのか? 」


「カードの力って言いたいのか? だとしてもな……」


「なんでもいい、心当たりは? 」


「そうは言うがな、カードの力ってのは多種多様な人間に受け継がれることで徐々に変質しているから俺の持ってる知識は役に立たないと思った方がいいぞ」


 はじめて【愚者】からカードについて教わった時、ナルが得た知識の中にそれぞれの効果に関しても伝えられていた。

 しかし【月】を筆頭にそれぞれの在り方が、効果が変質していたのだった。


「それでもだ」


「……いくつか候補を上げれば【皇帝】、これは集団を率いる際に真価を発揮するカードだが敵にまで効果を発揮するようなことはない。【恋人】はこれまた微妙なカードで共闘という限定条件下で能力を向上させる力がある。あとは……【節制】、カードの効果とは違うが意味の中に他者のコントロールという物があるからな」


「洗脳か……」


「あくまでも可能性だ、その事を忘れるなよ」


「あぁ、しかしもし洗脳ならば厄介だぞ。私達は逃げ場がないという事になる」


「それは本気で言っているのか? 」


 リオネットの言葉に、不機嫌そうにナルが返した。

 事実不機嫌極まりないと言った様子を見せており、ナルにしては珍しくいらだっている。


「何か気に障ったか? 」


「……すまん、八つ当たりだ。これを仮に洗脳としてだ、敵は俺達よりも先にドスト帝国とレムレス皇国に潜入していたという事になる。この意味はわかるか? 」


「先回りか」


「あぁ、もっと最悪の場合を想定するなら先読みだ。俺達の動きが筒抜けになっている。今も何処かで俺達を見張っている可能性だってある」


「……なるほどな、いや機嫌を損ねるには十分すぎる理由だ」


「そう言ってもらえれば気が楽になるな」


 口ではそう言いながらもナルの表情は相変わらず硬い物だった。

 苛立ちを抑えきれず、食料の一部が駄目になってしまっている。

 矢が刺さった肉を片手に、2人にこれを食べさせるのは危険だと判断して自分用にと分けてから煙草に火をつけた。


 もはや馬車の外も仲も関係なく、穴だらけとなったホロは屋根の役割を果たしていない。

 今後の食料事情にも気を使わなければいけないと考え、更には共和国へ逃げたとしても同じような対応が待ち構えているだろうと予想してどうにか相手の裏をかかねばいけないと思案している。

 そしてリオネットへ八つ当たりしてしまった事への罪悪感と、そんな自分への嫌悪感と不信感。


 ここの所妙に自分の感情が抑えきれないのだ。

 【悪魔】のカードの副作用を疑いながらも心のどこかでそれを否定している。

 思い返せばこのカードを使う前から兆候はあった。

 それは、【悪魔】を手に入れてからのこと。

 あるいは、グリムとリオネットという久方ぶりの仲間を得てからの事である。

 もしかしたらという考えを振り払って、煙を吸い込みながらリオネットに向き直った。


「改めて、すまなかったな。それと今後の進路だが……ドスト帝国へ向かおう」


「……正気か? 」


「あぁ、何処へ逃げても同じような対応が待っているのは目に見えている以上当初の目的通りに動いた方がいくらかましだ。心構えをして挑めば勝てない相手ではない」


「もう一度言うが、これは別の意味で聞く。正気か? 」


 ナルが言っている事は帝国相手に勝ち目があると言っているに等しい。

 例えばこれがナル個人であれば、あるいはグリムとの共闘であれば方法によっては勝ち目もある。

 しかしリオネットが危惧しているのは、足手纏いの存在だ。


 つまるところ戦車を持たない【戦車】の保有者。

 言い換えるならば剣を取り上げられた剣士のような物。

 どれほど尽力しようとそれは最低限にも満たない働きしかできないのだ。

 そんな荷物を抱えながら国を相手に戦いを挑む、無謀どころの話ではない。


「一応策はある。どこまで通用するか分からんが、食料という点においてはどうにかできる自信がある。ただ寝床の確保は無理だと考えてくれ」


「そうか、君がそういうならば信用しよう」


「やけにあっさりと……」


「君は私よりも戦術面で長けている。策士の言葉を疑う軍人はいないよ」


「策に溺れなきゃいいけどな……」


 自嘲気味に笑うナルは口の中の不快感に気付いた。

 じゃりじゃりとした触感のそれは、根元まで燃え尽きた煙草の灰が口内に落ちた物だった。


(……気付かなかったな)


 煙草の熱にも気づけなかった自分が今後どれだけ相手の動きを察知して策を練れるのか。

 そんな不安を抱きながらも灰を吐き捨てて、馬車に刺さった矢を引き抜いて行った。

 それから数日後の事。


「策とはこの事か……」


 あきれた様子でナルに視線を向けた、正確に言うならばそこにいるはずのナルに視線を向けたリオネットだった。

 現在ナルは【隠者】のカードを発動させ、限界までその気配を希薄にしている。

 眼前にいてようやく認識ができるかというその様子、一瞬でも目を離せば存在を見失ってしまうであろう様子に感嘆と呆れを含んだ声を放った。


「なんというか君は犯罪で出世できそうだな」


「犯罪でのし上がるのも面倒だぞ。金を盗んでも足がつかないように寝かせるか洗うかしないといけないし、宝石や絵画なんか盗んでも金にならない。換金しようとすれば即座にお縄だ。殺しは簡単だが自分の痕跡を消さなければいけないから仕事にするにはリスクが大きすぎる。そもそも普通の仕事に比べて犯罪家業というのは国を敵に回す危険もあるからな」


「詳しいな」


「実体験だ」


 犯罪の手口についてこれでもかという程詳しく語って見せたナルに懐疑の眼を向けたリオネットは、自分が抱いていた考えが事実であると証明されたことでどうしたものかと頭を抱えた。

 一度捕らえた方がいいのではという考えが頭をよぎったが、ここでナルを失う事の意味を考え直して諦める。

 そもそもの話、捕まえる手立てがないのだからどうしようもない。


「君という奴は……今度その辺りの話を詳しく聞かせてもらおうか」


「お? 興味ある? やり方教えるぞ」


「違う、犯罪者逮捕の為に手口を知りたいだけだ」


「真面目だなぁ……とりあえず俺はこれで食料確保に努める。二人は街の外で身を隠す。あまりに暇なら適当な動物でも狩って燻製とか作っててくれればいいさ」


「そうだな……それならば私達でもできそうだ」


 幸い弓はともかく矢はある事だしな、と続けてから徒歩で一日ほどの距離にある街へとナルを送り出したリオネット達はその後姿を即座に見失い敵対だけはしないようにしようと決意した。

 一方のナルはそんなことはつゆ知らず、街へと潜入して店先にある食料を勝手に袋に詰めてはその分の代金を律儀に置いていき、ついでにいくらか周辺情報に関する記事を自由市で調達、その他消耗品や衣類、馬車の修理に使えそうなものなどを片端から入手して街から運び出すという作戦を実行していった。


 そして、ナルをある問題が襲う。

 【隠者】の隠密力はこの場において絶対必要ともいえる武器だが、しかしナルの膂力で運ぶには荷物が多すぎた。

 流石に台車のようなものを使えば【隠者】の効力も落ちるという物。

 だからと言って【力】のカードを行使する事はできないと先日の実験で分かり切っているのだ。


「困った……本当に困った」


 荷物に押しつぶされながらそんなことを呟くナルは、致し方ないと強硬手段をとる事にした。

 どうにかこうにか、渾身の力で荷物を路地裏に全て運び込みホロの修理用にと入手した皮をその場で縫い合わせて一枚の袋を作り、そして【隠者】を解除して【力】を発動させる。

 そして荷物を抱えて屋根に飛び乗り、そこからは全力で地面を蹴りながら街を覆う外壁を飛び越えてから【悪魔】のカードに切り替えての逃走。


 まさしく力業である。

 追手がいない事を確認してから【力】のカードを再度使用して、念のためにルートを変え適当な森を走ったり、意味もなく適当な方角へと歩いたり、そんな行動をしながら待ち合わせ場所へと向かったのだった。

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