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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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治安

 一片の可能性、その点においてナルが気を付けなければいけない事態というのは多数存在する。

 例えば同行者に関することが。

 そう、例えばの話である。


 リオネットはまずその問題から外して構わない。

 現時点ではレムレス皇国内であり、それなりに顔も名も知られている以上手出しをする馬鹿はそうそういない。

 いたとすればそれは他国の間者であり、ナルよりも先にリオネットや皇国の人間が気にしなければいけない事だ。


 強いて言うならばリオネットは生真面目だが抜けている所があるため、ナルが気を使う場面、主に酒の席でうっかり酔ったりしないように目を光らせる程度だろうか。

 加えて勝負ごとに熱しやすい性格をしている以上賭け事の場にもふさわしくない。

 法に関して、これは立場上の問題もあるが過敏であるという点にも目を向けるべきだろう。


 しかしそれ以外の点においてリオネットは優秀だった。

 自衛は十分、謎の一団が現れても逃げおおせるくらいの事は、それなりの負傷を覚悟すれば可能であり、そういった事柄に関しては軍人という身分故に引き際という物を十全にわきまえている。


 では、もう一人はどうだろうか。

 グリム、彼女は常識が通じない。

 外観は子供であり、しかし秘めているのは卓越した殺人技術。

 問題に巻き込まれる事も、問題を引き起こすことも一片どころではない。


 だからこそナルは治安に目を向けていた。

 裏路地に入った一番の理由は煙草、二番目が面白そうな店探し、そして三番目が治安についてだ。

 戦車街でも裏路地での犯罪率はそれなりにあったが、しかしそれは足を踏み入れようと思わなければ壁を一枚隔てた向こう側の世界である。


 ではこの騎馬街はどうか、一目でわかる、治安はよくないと。

 少なくともそれなりの治安を維持できている街であれば犯罪に関わっていそうな店が腰を据える事はない。

 いざという時の為にアジトを作り、そこで身を隠すというのが一般的な犯罪者の行動だがこの街では堂々と店を構えて商売までしている者達がいるのだ。


 更に栄えているのは表通りだけで、一歩道を外れれば浮浪者が藁を被り地面に横たわっている。

 生きているのか死んでいるのかさえ区別できない程の男が犬に手を噛まれている。

 昼間から違法薬物で陶酔している物がいる。

 そんな街である。


(リオネットの奴……大丈夫かね)


 このような街を管理している者の所へ馬車を、そして数日分の食料を積み込んでいる以上それはある種の財産だ。

 最悪の場合買い替える事もできるが、この手の街で一番横行している犯罪は賄賂であり、そして行政の腐敗に繋がっている。

 いわば上層部の汚職によってこの街はいまの形を作っているのだ。

 馬車や荷物の押収といった強引な手段は使えないだろうと踏んでいるが、リオネットがこの街の腐敗に気が付いたらどうなることか。


 最悪の場合血を見る事になりかねないとナルは判断したのだ。

 必然的に同行者であるナルとグリムもその惨劇の渦中に投げ込まれることになる。

 この際に一番心配しなければいけないのはやはりグリムの存在だ。

 彼女は、如何せん危険すぎる。

 聞いた話では王都で模擬戦をして殺さずに手加減をすることができたというがそれはひとえに武器の性能に頼っていただけだとナルは考察していた。


 もしグリムが手にしていた武器が自作の粗悪で稚拙、そして人命を最優先に考えた物でなければ良くて重傷者といった結果が舞っていただろう。

 では、今は?

 いうまでもなく、そして剣を抜くまでもなくグリムの後には死体しか残らない。

 剣を鞘に納めたままであろうとグリムの内にある【死神】は確実な死をもたらすだろう。

 だからこそナルは祈る。

 ここ数十年まともな理由で教会に足を運んだことは無かったナルだが、この時ばかりはと祈るのだった。


 誰でもいいから俺の悩みの種を増やさないようにしてくれと。

 具体的にはリオネットが余計な事に気付いたり、接待で酒を飲まされたりしないようにと。

 それ以外の面倒事であればナルだけの力で同とでも乗り切れる自信があった。


「グリム、この街では気をつけろよ」


「……? なにを? 」


「全部だ。とにかくこの街は危ない。危なすぎて子供を一人で歩かせられない街だ」


 その言葉にグリムは表通りを見渡す。

 子供は確かにいるが、全員が親に連れられている。

 裏路地に目を向ければ親のいない子供が地べたに座り込んでカビの生えたパンをかじっている。

 なるほど、とグリムは胸のうちに抱いた感想を飲み込んで頷いた。


「お兄ちゃん、手」


「あいよ」


 グリムの言わんとすることを察したのか、久しぶりのお兄ちゃん呼びになかなか強かになったじゃないかと感心しながらもその小さな手を握った。

 握手ではなく、兄弟として見せるための演技である。

 こうして異性と手をつなぐのは何年ぶりだろうか、等という事を考えながら煙草に火をつけようとしてすぐにやめた。


 兄弟仲良く手を繋いでいるというのに兄の方は歩き煙草というマナー違反をしている光景、それは悪目立ちする。

 少なくとも視線を集めるような真似は避けるべきだと取り出しかけた煙草をしまい、適当な宿を探し始めるのだった。


 今回ばかりは、だいぶ難しい仕事だなと言う感想を抱きながらも一つ一つの宿を吟味していく。

 あまりに高級な宿は避けつつ、それなりのセキュリティが期待できる所を選び、そして何件か回ってようやく満足のいく宿を見つける事ができた。

 一人部屋と二人部屋で階層が違うと言われたためわざわざ隣の部屋になるように二人部屋を二つ取る羽目になり、思わぬ出費に頭を抱える事になったのは余談である。

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