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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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騎馬街

 そんなこんなの道中、数日の道のりを経てナルたち一行はレムレス皇国最北端の街、通称騎馬街へと訪れた。

 獣騎士隊同様に魔獣や馬に騎乗して宣戦を支える軍隊を中心に作られた軍事街であり、なにかと戦車街と張り合い共には発展してきたこの街も活気づいていた。


「改めて思うが……レムレス皇国は随分と懐に余裕があるんだな」


 人と財布、両方の意味を込めてナルが呟く。

 毎年行われている叙勲式に加えてこの盛況ぶり、思わず口にしてしまった言葉だった。


「皇国はここ百年戦争も無く、飢饉にみまわれることもなかったからな。おかげで人の流入が多く、同時に潤い、発展してきたんだ」


 又聞きだがな、と苦笑を浮かべて返したリオネットの瞳には自慢げな者が混ざっている。


「皇帝の爺がカードを持っていない事が不思議なほどだ、と言いたいところだがなぁ。あのタヌキなら大体の事はやり遂げるだろうから納得できるのが不思議だ」


「爺呼ばわりもタヌキ呼ばわりも聞き逃せないのだが……まぁいいさ、私は馬車を軍部に預けてくるからお前たちは観光がてら宿でも探しておいてくれ。詰所に泊ってもいいがこの街も戦車街同様詰所内禁煙だ。賓客扱いも早々できる物ではないからナルは厳しいだろう」


「あぁ、一時間煙草を禁止されたら俺は発狂するぞ」


「そこまで言い切るのもどうかと思うが……まぁいい、グリム。ナルが変な事をしないように見張っておいてくれ」


「ん、ちゃんと捕まえとく」


「あれ、? 俺の扱いおかしくない? 」


 ナルの抗議を含んだ問いにグリムとリオネットは視線を逸らすことなく同時に言い放つ。


「お前は常識を知っているくせに非常識だから問題なんだ」


「ナルは、おかしい」


「えぇ……お前らに言われるとすっごい傷つくんだけど」


 そんな事を言いながら口元に笑みを浮かべている辺り、ナルは自覚を持っている。

 どころか二人のそんな様子を楽しんでいる節さえあった。


「この男は……まぁいいさ。とにかく妙な真似はするなよ。私もこの街で発言力はないのだからな。いざという時は庇えないと思っておけ」


「はいはい、しばらくは大人しくしているよ。しばらくは……」


 含みを持たせたいい方に、リオネットが顔をしかめるのも無視してグリムと共に雑踏に紛れたナルは早速というべきか、路地裏に入る。

 人通りの少ない道を選んだのは単純に煙草が吸いたかったという物に加えて、こういった裏路地にある怪しい商店こそ面白いものが置いてあるという経験則からくる行動だった。

 法に触れなければいいというわけではないと、リオネットがこの場にいたら抗議の声を上げただろう。

 あるいはグリムに一般常識があれば女児を路地裏に連れ込む怪しい男という時点で通報されてもおかしくはないと咎めただろう。

 しかしそんな常識人はこの場にいなかったのである。


「さーてと……どっかに面白そうな店はねえかな」


「ナル、この街の鍛冶屋、行ってみたい」


「またか? 本当に武器が好きだな……」


 グリムは既にメイン武器として長年使いこんだ剣と新たに手に入れたマインゴーシュがある。

 以前購入したロングソードは今はリオネットが使っており、ナルには鋼糸製のグローブと十分な装備があった。


「武器は、消耗品」


「予備を持っておいた方がいいってことか? つってもなぁ……まぁ見るくらいなら構わないか」


 そう言いながらも散策の手を抜かず、煙草を吸いながら路地裏で適当な浮浪者を見つけては小銭を渡して裏情報を買いあさり、そして適当な店を物色していった。

 中には法に触れる店もあったが、リオネットの忠告が効いたのか流石にそう言った店に踏み入る事は無く街の裏を余すことなく楽しんでからグリムの要望に応えて適当な鍛冶屋を転々とする。

 そこで見た商品達に、グリムは悲しげな顔を浮かべて首を横に振るばかりだった。


「お気に召した物は無かったか? 」


「ない、全部粗悪品」


「そか、見た限り腕が悪いわけじゃないみたいだが……」


「ん、鉄が悪い」


 戦車街はリオネットが乗っていたような金属のみで作られた重戦車等を用意する都合も有ったため優先的に良い鉄が回されていたが、そのあおりを受けてかこの騎馬街は質の良くない鉄が回されていた。

 結果的に職人はくず鉄でも十全に使えるように腕を磨くことができたが、しかし元が悪すぎる以上限界があった。

 素材さえよければナル達の装備と同等以上の物を用意できるだけの腕を持った鍛冶師が跳梁跋扈している。


 長期間の滞在を視野に入れて所持している武器屋貴金属を鋳つぶして再度武器の形に精製するという手順を踏めば、今の装備よりも良いものができる可能性はあったがそれはナルが却下した。

 急ぎの旅ではないが、しかし悠長にしていられる時間もない。

 少なくともグリムやリオネットが丸腰になった瞬間に謎の一団に襲撃されれば手の打ちようがなくなってしまうのだ。

 ならばこの先のドスト帝国でそれなりの武器を予備として購入するのを待ってから腕の良い職人にいざという時に使える物を注文するべきだとナルは主張した。


 グリムもその意見には同意し、この街の鍛冶師は腕は悪くないが粗悪な鉄に慣れすぎているよ言う評価も下していた。

 下手に良い鉄を渡せばどうなるか、酷い店に当たった場合は横領されて粗悪品を代わりに手渡されるだろう。


 そのような事態になった時グリムはその鍛冶師を切りつけてしまうかもしれないという自覚があったのだ。

 リオネットにしても正義感の塊のような女である。

 間違いなく大事になり、そして一度は別れた皇帝の前に舞い戻るという示しの付かない事をやらかすかもしれないという危惧もあったため、先送りは全会一致となった。

 なおこの場にいないリオネットの意見は換算されず、いたとしてもナル達の意見に同意しつつそんな事をする国民はいないと抗議を加えていただろう。


 仮にこの街で武器を造ろうと言い出しても民主主義にのっとった多数決という名の数の暴力で押し切った事だろう。

 少なくともナルはこの街の鍛冶屋への警戒心を抱いていたし、グリムも武器に関しては妥協することはない。

 正確には必要最低限を保証してもらえない以上は絶対に手にすることはないのだ。


 リオネットの名誉のためにも、彼女とて粗鉄で剣を作り続けている職人たちから武器を購入することを良しとはせずナル同様危機感を抱くのは間違いない。

 そして職人たちの名誉を守るためにも、彼らは生真面目で仕事に対して手を抜いたりいい鉄だからという理由で横領を働くほど向こう見ずでもないが、それを確かめる術がないというだけの話である。

 悪魔の証明と呼ばれるそれは、しかしこの場においてナル達にとってはどうでもいい事であった。


 重要なのは事実ではなく、一片の可能性というその一点にあるのだから。

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