旅立ちを新たに
「一時はどうなる事かと思ったが、いろいろ情報を得られて足まで手に入ったと考えれば悪くはないな」
呑気にタバコを吸いながら馬車に揺られるナルは天幕を見上げながら乗り心地を確かめるように何度も尻の位置を調節していた。
レムレス皇国で疑いが晴れたわけではないが、こうして旅を続けられることになったナルはご機嫌だった。
収穫に対して払ったリスクの少なさたるや、本人も自画自賛する程である。
「私は左遷されたのだが……」
「栄転だろ、危険人物の監視という名の功労者の護衛の任務。お勤め御苦労! 」
「くそ……いつか覚えてろ」
「それだけの価値があったらな」
荷馬車を操るのは獣騎士隊元大隊長のリオネットだった。
そう、元である。
そして仮でもある。
現在は特別任務のために一時職務から外れる事となり、ナルの動向を見張るという名目でレムレス皇国から貸し出されていた。
その際にリオネットが持ち出しを許可されたのは資産とごくわずかな装備のみ。
戦車とグランドドラゴンは国防に必要という結論から国に置いていかざるを得なかったのである。
つまりほぼ丸裸で送り出されたようなものだ。
「まったく、この際だから言わせてもらうが君はもう少し態度を改めた方がいい! そもそもこの監視任務だって君の発案だというじゃないか! それで誰が被害を受けるか考えなかったのか! 」
「考えたよ、そんでリオネットがあてがわれる可能性が高いなと思ってた。いやーこれでようやくグリムの世話係ができたわけだ」
「貴様……」
「ナル、私、迷惑? 」
「いんや、グリムは迷惑じゃないけど常識知らずだからこういう堅物の教育者が欲しかっただけだよ。それにいつまでも男女同室というのも問題だし、水浴びの時に見張りを交代で立てている状況ってのは言い換えれば覗き放題ってことになるから対外的に印象が悪かったからな。女手が増えて助かったわ」
「ようし、そこに直れ。根性叩き直してやろう! 」
「軍隊式の根性直しなんて御免被る」
よそ見運転とは褒められたことではないが、視線を外した程度で操作を間違えるほどリオネットの騎乗技術は低くない。
ともあればチェスを打ちながらでもこの程度の事はやってのけるだけの実力があった。
しかし今はその技術を恨みがましく思うリオネットであった。
例えば一般兵のように集中する必要があった場合、口論の為に馬車を止めるぞという脅しも使えたかもしれない。
それを封じられてしまったのだから歯噛みするしかないのだ。
「それで次の目的は北でいいのか」
苦々しげな表情を隠すこともせずに別の話題を振ったリオネットは英断だったといえる。
これ以上余計な事を言えば更にからかわれることになっただろう。
「あぁ、ドスト帝国の皇帝陛下と謁見してカードの有無を探る」
ナルも空気の読めない男ではない。
あえて言うなら読まない男だが、それでも必要な時に必要な配慮をするだけの度量はあるのだ。
「そうか、では道中いくつかの街や村を回って行くとしよう。地図を貸してくれ」
「今持っていく」
そう言って御者台に出たナルは地図を片手に、方位磁石と照らし合わせながらリオネットにそれを見せていた。
進んでいる方角は北で間違いない、しかしこのまま直進するには食料が心もとないと途中立ち寄れそうな場所をいくつか挙げていった。
「ま、どんな道を行くかはリオネットに任せるさ」
「む……そこまで信頼されるとやりにくいのだが」
「だってリオネット、俺の事は平然と切り捨ててもグリムに被害が及ぶような真似はしないだろ。そこは信用しているからな」
「……まぁそうだな、その通りだ。よし、私に任せておけ」
「リオネット、頑張っ、て」
「うむ! 任せろグリム! 」
こうして一行は新たな旅を満喫するのだった。




