グリムの訓練
グリムは悩んでいた。
先日の一件、自分は早々に休むことができたのは幸いだがナルは一晩中尋問を受けていたと聞いた。
ナルなら大丈夫だろうと即座に切り捨てた。
そして今朝目を覚まして、豪華な朝食を平らげたところで近衛兵の一人からある申し出があったのだ。
曰く、剣の稽古をつけて欲しいと。
よく見ればそれは先日剣を届けてくれた勇敢な若い兵士だった。
その瞳には期待の色がうかがえる。
「私の剣、型破り、騎士の、剣じゃない」
「では模擬戦のお相手をしていただけませんか! 」
この調子でグリムは押し切られてしまったのだ。
そして他にも数名、同じようにグリムに模擬戦を申し込んだ者達がいた。
リオネットのような強者相手であれば手加減は不要である、しかし彼らは見たところ弱者の部類だ。
まだ経験も浅いという事も含めて、とにかく弱いのだ。
ナルであれば適当にあしらうか、相手をしてもケガをさせない程度の攻撃を当てて力の差を見せつけるところだろうけれど、グリムはそれほど加減が上手いわけではない。
ジャッジとの戦闘で殺さずに済ませる事ができたのも全てがうまくかみ合ったからである。
ではこの青年達をどう扱うべきか、それなりに偉そうな近衛兵にきいてみたが叩きのめしてやってくださいと笑顔で返されてしまった。
さてどうしようかとグリムが本気で悩んでいた所に、ある物を見つけることができた。
準備のために部屋に戻ると言ってから用意された部屋に帰ってきたは良いものの、普段の剣を使うわけにもいかないと考えていたグリムは一本のペンを見つける。
天啓が舞い降りた。
そして訓練所にて、木の棒に布を巻き付け、そこにインクをしみこませた物体をグリムは手にしていた。
「あの……それは? 」
「斬られたら汚れる、便利」
「はぁ……」
布をクッションに致命傷は防いでくれるが当たったかどうかを確実に教えてくれる武器の開発であった。
むろん意味はない。
グリムにしてみれば先ほど見たペンでさえも戦場で数多の命を奪う事ができるだろう。
ペンは剣よりも強しを物理的に実践できるだけの素質があるのだ。
それでも当てればいいというだけの物ならば殺さずに手加減することもさほど難しくはない。
「じゃあ、まずは一人ずつ」
そう言って構えた兵士、いつの間にやら順番決めが始まっていたが最初に言い出した青年から相対することになった。
「はじめ! 」
合図とともに青年は真っすぐにグリムに直進してきた。
悪手もいいところ、先日の戦いでグリムはわざと悪手を見せてジャッジの攻撃を誘ったがその類ではない。
愚直に教えられたとおりの戦い方をしていると言った様子の青年の上段からの一撃を難なく躱して腹部に触れるように棒を当てた。
あっけなく一本先取、それは審判を務めていた兵士さえも判断が遅れるほどの物だった。
圧倒的というにも差が開きすぎている、その場にいたすべての者にそう思わせるだけの一撃をグリムは早々に見舞ったのだ。
「次! お願いします! 」
そして同じような事を数回、人によって手を変え品を変えとグリムに挑むもその全員が初撃で即死という判定を下されることになった。
「……本気? 」
思わず漏らしたグリムの本音に兵士たちは心に傷を負う。
自分達よりもはるかに強いことは知っていたが、しかしどう見ても子供にしか見えない相手にそのような事を言われては、しかも今しがた圧倒されたばかりの相手であっては怒りが沸くどころか悲しみが噴き出す思いだった。
「集団線、やってみる? 」
流石に見かねての発言だったが、これに一度はやる気を取り戻した青年たち。
そうだ自分たちは個人の実力ではなくチームワークこそが求められるのだと思いなおしてグリムに挑んだ。
結果は、言うまでもないだろう。
しかし言わねばならない。
密集陣形でグリムの攻撃に警戒していた彼らは、今度はお返しとばかりに飛び込んできたグリムをどうにか剣先で捕えようとして兜にインクを付けられることになった。
前衛が即座に崩壊して、続いて周囲にいた兵士たちが切り伏せられる。
最後に残った一人に至っては早々に降参してしまったのだった。
こうしてグリムはレムレス皇国において新たな伝説を作る事になる。
死神と呼ばれた少女が、初めて剣聖という名で世に出た瞬間だった。
後の歴史書にこの日の事はこう記されることになる。
『剣聖の誕生』と。
ナルがこの記録を見る機会が有ればこういうだろう。
「どの時代においても、歴史家のネーミングセンスは変わらねえな」と。




