お疲れ
(あ、危なかった……)
今世紀初と言っても過言ではない程に追い詰められていた。
【悪魔】のカードの副作用、精神をむしばむそれを抑え込みながらの戦闘、そして防衛。
それらはナルの精神を限界まで疲弊させていた。
同時に徐々に回復していく肉体に鞭を打ち、体を起こして煙草に火をつける。
幸い服の一部が焦げただけで済んだため、所持品の大半は無事だったのだ。
(しかし……二枚目のカード、カードを知っている謎の一団、一団は俺の事を知っている……どうしようもなく面倒くせえ……)
今自分の置かれた状況を冷静に判断しながら、今までに起きた事を脳内で反芻した。
まずマギカという少女、彼女の持っていたカードは【太陽】と【魔術師】。
他にも持っている可能性はあるが、しかしそれは確かめようがない。
【太陽】の能力は熱を操る物、そして隠密性に対する絶対的な優位、つまりは看破だ。
まさしく太陽そのものであり、【悪魔】を使っていなければ避ける事も叶わなかったであろう攻撃を思い出して身震いする。
今後【悪魔】に魂を売る事もいとわない程の戦闘が待ち構えている可能性を示唆しているからだ。
少なくともマギカという少女はナルと敵対している一団の頂点ではない。
その事は会話の節々から見て取れたし、そもそもナル自身がそんな軍勢の頂点にいれば自ら乗り込んでくるような真似はしない。
結果がどうであれ、彼女らはレムレス皇国を敵に回したのだ。
自分が頭であれば切り捨てることなどできないが、末端であれば使い捨てにしても何ら問題はない。
しかしそこで問題になるのは、使い捨てにできる駒に二枚のカードを持たせているという事だった。
譲渡を利用すれば一人が複数のカードを所持することもできるだろう。
しかしそれはカードの存在を知って尚他者に預ける事ができるかという問題があった。
ならば考えられるのは強引な方法で手に入れたとみるべきだ。
そう、確かエコーが勧誘され、そしてそれを断ると職務妨害に加え直接的な攻撃も仕掛けてきたという話を聞いていた。
あらゆる方法を使えば多少強引であろうともカードの力を譲渡させることは可能だろう。
ナルであればそのような方法は使わずに、口車で騙して力を得る事もできるがその為の下準備が非常に面倒くさいのだ。
わざわざ悠長に準備を進めていたと考えるならば、それはそれでおかしいと思えた。
ここ数か月でナルの周囲にはカードが集まり始めている。
すでに七枚を手中に収めたも同然の状態、実質所持しているのは5枚だが、グリムとリオネットの持つ【死神】と【戦車】は契約上ナルの物になる事が確定しているからだ。
そしてマギカとジャッジという子供たちの持つ三枚を合わせれば10枚、ほぼ半分のカードがナルの知る所となった。
100年かけて3枚、おおよその見当がついている物が数枚と考えるとこの速度はおかしい。
ならば、皆目見当もつかないカードの所在は全て謎の一団が握っているとも考えられる。
だとしたらなぜこのタイミングなのか。
ナルがグリムと遭遇した時に出会った【悪魔】のカードも一団の打った手であるという事はわかった。
フライも一団の一人であると判明した。
しかし意図はどこにある。
ジャッジという少年はひたすら【正義】に固執していたようにも見えるが、それがカードによる副作用なのか、個人の意見なのか、それともなければ一団の見解なのか。
普通に考えれば個人の意見というのが一番強いかもしれないが、グリム程度の弁舌で効力の一部が消えかけていた辺りから察するに副作用に近い、おそらくは効果を発揮するために必要な物だったのではないかと考えて煙草を揉み消す。
そして二本目に火をつけながらその効果を思い返す。
【正義】のジャッジが持っていた能力は何だったのか、剣が光って軌道に残光、そしてその光がおさまれば弱体化、おそらくは条件付きでグリムのような戦闘に特化した能力を得る物だと言える。
【愚者】はカードの能力を教えてくれるがそれはいわばプロトタイプであり、カードの持ち主のありようでその性質は変貌する。
【月】のカードのように本来聞かされていた能力とは別の形でナルの元に戻ってくることもあるのだ。
対策を考えるのは十分に必要である。
【魔術師】はどうか、おそらくはそのまま聞き及んだ通りのものだろう。
つまり魔術の強化そのものである。
実現不可能と烙印を押された転移魔術まで行使して見せたマギカ、その後の光球も遅延魔術かあるいはカード同士の合わせ技という可能性が高い。
そしてナルは一つの考えを得る。
カード同士の組み合わせ、それはナルにも可能ではないかという物だ。
今までは一枚ずつしか使っていなかった。
それは【愚者】の知識でそういう物だと思い込んでいたからだ。
しかし正式な所有者でないマギカでさえも二枚同時の発動ができた、この違いは何か。
おそらく、相性だろう。
カード同士の組み合わせによっては相性の良し悪しが存在する。
例えば【力】と【悪魔】を組み合わせれば途方もない膂力を得る事ができるはずだ。
ただしその制御は単体のカードに集中するよりも難しいのは言うまでもない話。
では【隠者】と【月】ではどうなるか、こちらに関しては想像できないというのがナルの考えだ。
比較的危険の少ないこの二枚を遠くないうちに試しておこうと思いながらも、瞬時の切り替えはできたのだから練習次第だろうと考えて再び煙草を揉み消した。
そして顔を上げた瞬間である。
「ようし、ようやく話を聞く気になったか」
「ふぁ? 」
いつの間にかナルは包囲されていた。




