グリム
時を少し戻して、一方のグリムとジャッジの戦い。
「【死神】……その悪、ここで断ち切らせてもらう」
「【正義】、胡散臭い」
互いにそう宣言した後の、人の域をはるかに超えた攻防は兵士たちを魅了したと言っても過言ではない。
片やジャッジは基本に忠実な剣技、多少のアレンジは加えられているが閃光を放つ剣の軌道は残光によって筋を見せるそれはまさに【正義】の名の通り英雄とも呼べる剣戟。
片やグリムはその対極、型破りどころか悪手とさえ言いきれる動きを織り交ぜながらもジャッジの一撃一撃を的確に切り払っては事有る毎に急所への一撃を見舞うべく剣を振るっていた。
互いに一手でも間違えれば即座に死にかねない、そんな状況が数秒、数十秒、数分と続く。
何度次で決まるという瞬間を目の当たりにしたことだろうか。
何度駄目だと思った事だろうか。
兵士たちはその予想を悉く覆され、魅入っていた。
彼らがここにいるのは乱入者とナル達の関連性を知るためだった。
もし共犯であれば戦う必要はない、逃げおおせてその情報だけでも持ち帰れば十分と言える。
しかしそんな思いは即座に払拭された。
それほどまでに二人の剣戟は苛烈であり、一切の加減がなく、むき出しの殺意のぶつかり合いとなっていた。
「【死神】、人に死を振りまく絶対悪……ここで斬る」
「無理、あなたが、斬られる」
加減は無く限界寸前の戦い、しかしそのような事態でも二人は言葉を交える余裕があった。
しかし状況はジャッジが優勢、グリムは使い慣れていない他人の剣での応戦という事もあり徐々に攻撃に転じる機会を失っていった。
そしてついに、グリムの頬に一筋の線が刻まれる。
赤い液体を流す線はジャッジの一撃がグリムの防御を破ったことを意味していた。
そこからは、更に苛烈だった。
防戦一方となったグリムにジャッジは必殺の一撃を繰り出し続ける。
それを薄皮一枚斬らせるだけで済ませているグリムの技量は途方もないものだが、しかしこの状況を覆すことは不可能に近いと言える。
(……ナルがやってた。不利でも、勝てなくても、負けない方法)
ふとグリムの中にある考えが浮かぶ。
この状況で無理に攻撃に転じればどうなるか、それは日の目を見るよりも明らかである。
確実にジャッジの剣がグリムの急所を穿つ。
しかしその後意識を保っている事ができれば、その上でグリムの一撃がジャッジに届けば引き分けに持ち込むこともできるかもしれない。
ならば決断は早い方がいい。
これ以上傷を増やして普段通りのパフォーマンスを発揮できなくなる前に……そう考えた瞬間だった。
ナルから、自分たちが放っていた物よりも更に濃厚な殺気を感じ取りジャッジとグリムは同時に距離を取った。
そして互いに剣を下ろしてナルに視線を向ける。
いうまでもなく重大な隙であるにもかかわらず、互いに手出しをしない、否、できない。
少しでも気を緩めれば、あるいはほかの事に意識を向ければナルの殺気に飲まれかねない程の状況だった。
そんな時である。
「グリム殿! 」
背後から声をかけられた。
殺気に疎いのだろうか、まだ真新しい鎧を身に纏った兵士がグリムの剣をもってそこに立っていた。
まずい、そう思う暇もなくジャッジの凶刃が若い兵士へとむけられた。
「ひっ」
今から体を動かしても追いつけず間に合わない、即座にそう悟ったグリムは叫ぶ。
「投げて! 」
いつ以来だろうか、グリムが声を張り上げたのは。
怯えながらも流石は近衛兵というべきか、二本の剣は放物線を描きながらグリムへと届けられようとしていた。
その軌跡を見ながら兵士は笑みを浮かべる。
自分の仕事は完遂したという安堵からくる物だろうか。
それともこれから自分を襲う死を受け入れたのだろうか。
しかしそれは叶わない。
グリムは剣を両手で掴み取った。
先程まで手にしていた剣は既になく、ジャッジの後頭部に差し迫っていた。
兵士と同時に剣を投擲したのだ。
「【死神】…… 」
「よそ見、だめ」
難なく剣をはじき返したジャッジだったが、兵士への殺意はどこへやら再びグリムと向き直って剣を構える。
対してグリムは鞘を腰に収め、すらりと愛用の剣を引き抜いた。
軽い長剣と重い短剣、勝手に姉妹と呼んだその剣達を手にしたことでグリムは先ほどまでの考えを払拭する。
言うなれば駒が足りなかった局面で、最高のタイミングで最強の駒が投入されたに等しい。
それはグリムに冷静さを取り戻させた。
この少年の強さはどこからくるのだろうか。
ナルに言わせるならばカードの恩恵だろう。
しかしそれが、何の副作用、あるいは条件無しに直接戦闘という一点に対して絶対無敵を誇る【死神】に匹敵するだろうか。
ナルは言っていた、【死神】は殺すカードではなく生かすカード、所有者を絶対に死なせないカードであると。
言い換えれば守りのカードという事になる。
ならば対極の攻めのカードがあってもおかしくは無いが、しかし【正義】と名乗った彼の言葉を信じるならばそれもまたおかしな話だ。
正義とは信じて貫きとおし守る物である。
断じて敵を滅ぼすための物ではない。
だからグリムは、依然ナルが酔った拍子に行っていたことを思い出した。
「貴様は絶対悪だ。ならば斬らねばならぬ。それこそが【正義】」
「私は、死神、でも半分間違い、私は」
聞く気はないと、ジャッジの付きだした剣がグリムの心臓を狙う。
硬質な音を立てて、明らかに肉を吊らぬ多感色とは違うそれを手に感じ取ってジャッジは初めてグリムの瞳を見た。
「私は、グリム」
どす黒い炎を宿した瞳、どれほどの人間を切り捨ててきたのだろうか。
殺人者という意味では絶対悪と言い切られても否定ができない立場であるにもかかわらず、グリムは一切臆することなくジャッジの眼を見つめ返していた。
真っ黒な炎の中に一握り、煌々と輝く炎を宿した瞳で。
「それがどうした! 」
「人殺しは、いけない事」
「そうだ」
「私はたくさん、人を殺した! 」
「だから悪だ」
「なら、あなたは? 」
「僕は【正義】だ」
「そう、正義を名乗る、人殺し」
「違う! 」
ジャッジが激昂した。
グリムの指摘に明確な返答をすることなくただ否定の言葉を口にしただけで二の句を紡ぐことができずにマインゴーシュで止められた剣を引き戻して脳天めがけて再び必殺の剣を振るう。
しかしその剣からは先ほどまでの光が失われている事に、ジャッジだけが気付くことは無かった。
「遅、い」
半身の姿勢で体の軸だけを動かしてその一撃を躱したグリムはお返しと言わんばかりにジャッジの肩に剣を突き立てた。
雑作もなく吸い込まれるように刺さる剣、それを信じられなかったのは、やはりジャッジただ一人だった。
先程までの威圧感はどこへ行ってしまったのか、あれほど兵士たちを魅了した剣技はどうしたのか、それほどにジャッジの剣が鈍っているのだ。
「攻撃は、こうする」
続けざまに身体を切りつけられるジャッジ、防戦一方どころではない。
グリムは小さな傷を全身に受けていた。
しかしジャッジは、明らかに重症ととれる攻撃を何度もその身に受けていた。
グリムはやはりと確信し、そして鳩尾にマインゴーシュをねじ込んだ。
マインゴーシュの柄を。
殺してはいない、しかししばらく目を覚ますことはないだろう一撃。
こうしてグリムとジャッジの戦いは、グリムの勝利で終わった。
「ナル、正解だった」
以前ナルに言われた言葉、そしてジャッジとの戦いで十全に働いてくれたそれをグリムは思い出す。
曰く、精神攻撃は基本と。
ジャッジの能力の根底には本人の意思が関係しているのではないかと考えたグリムはそれを揺さぶる事から始めた。
そしてそれが効を奏したというだけの事だった。
「これ、便利」
相手の動揺を誘うという戦い方、そして初めて人を、自分の意志で殺さずに倒したという達成感にグリムは笑みを浮かべてナルに視線を戻した。




