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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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招かれざる客

 それからのナル達と言えば、グリムとリオネットはそれぞれ個室へと案内され護衛という名の見張りがつけられた。

 リオネットに関して言えば遊び相手だろうか、先程のチェスを見て戦略の練り方という物を見直したいと護衛の騎士と共にチェスよりも更に面倒なルールを加え駒を増やしたゲームを楽しんでいた。

 グリムはナルが与えた薬煙草を吸って即座に眠りについた。

 ナルは、ほろ酔い気分のまま皇帝と共にタロットカードの検査に立ち会っていた。

 毒見役として呼ばれた男がしきりにカードに触れては指を舐め、そして都度汲みなおした水で手を洗って別のカードを検めるという行為を繰り返していた。

 彼が一晩、明日のこの時間まで何事もなければナルは皇帝を占う事ができる。

 すでに目的を達成しているとも知らずに彼らは神妙な面持ちでその作業を繰り返し、皇帝とナルはうたた寝をしながらもそれを見届けて鍵付きの箱に厳重にしまわれたカードを金庫に保管してようやく解散となった。


 そして翌日の同じ時間、夜も完全に更けているというタイミングにナル達は謁見の間にいた。

 用意された丸いテーブルにカードが入った箱が置かれ、そして護衛の兵士や皇帝の前で開錠される。

 本来であればこのカードを【隠者】の能力を行使してすり替える魂胆だったナルだが、その必要もなくなり偽物のデッキで皇帝を占う事にしたのだった。

 【隠者】は名の通り物事を隠す力を秘めているカードである。

 本来であればナル本人の気配を消し、潜入や情報収取に役立てる物だ。

 しかしその本質は『隠す』という一点に有り、言い換えるならば注意を逸らすことができる。

 以前相対した、このカードの持ち主フライのように気配をまぎれさせ眼前にいても気付けない程の隠密性を発揮するのだ。


「では……たしか混ぜるのだったな」


「はい、お好きなように混ぜてください」


 昨晩の食卓同様、人前という事もありナルは敬語を使いながら皇帝にカードを混ぜるように指示した。

 それに従った皇帝はカードの向きを変えるようにテーブルの上に広げて混ぜる。

 そして集めたカードをナルがシャッフルして、テーブルの中央に置いて一枚引いた。


「女帝、成功を表すカードです。今後レムレス皇国の未来は明るいでしょう」


 いかさまである。

 配置の記憶とフォールスシャッフルの合わせ技でナルはそのカードを引き当てた。

 ここで下手に塔、破滅や崩壊を意味するカードを引けば面倒な事になりかねないと考えての事だった。

 もちろんカードのすり替えも考えたが、それでは面白みがないと考えての事だった。

 仮にカードを入れ替え、そして配置の記憶とフォールスシャッフルを合わせたとしてもどのような原理か皇帝が引き当てるのは【愚者】以外にあり得ないのだ。

 それはそれで、言葉面を正直にとらえて愚弄したと言い出す者がいるかも入れないと危惧していかさまを行使することにしたのだった。


「ふむ、この占いが当たったら改めて叙勲しなければならんな」


「それは嬉しいお言葉、しかし成功の日時迄は指定されていませんので皇帝陛下が皇国の繁栄を感じた時に出もまたお声かけ下さればと思います」


「そうするとしよう、明日発つのだったな」


「はい、いつまでもお邪魔するわけにはいきませんから」


「そうか……我が友ナルよ、王都に来る機会が有れば顔を出すが良い。これは命令である」


「では我が友皇帝陛下、命令などなくともその言葉に従いましょう。友情に基づいた約束として」


「ほっほっ、では約束じゃ」


「あぁ、約束だ」


 最後は互いに言葉遣いも普段通りの物に戻して検討を祈りあった。

 その時である。

 荘厳な、謁見の間の扉が音を立てて開いた。


「おじゃましまーす」


「失礼する」


 同時に二つの声が響く。

 ナルとグリムが臨戦態勢をとるのは同時の事だった。


「何者だ! 許可無くここへ立ち入る事がどれほどの重罪か……」


 兵士の言葉はナルの投げたテーブルによって遮られた。

 【力】のカードを使っての投擲、王城で使われている物とはいえ華奢なそれは爆散し欠片を辺りに飛び散らせた。


「おいおい、マジかよ……」


 リオネットとグリムという阻害があって気付くことができなかったが、この距離にして、目視してようやくナルはその気配に気づく。

 カードの物だ。


「はっじめまして! 僕はマギカ! 【太陽】マギカだよ! 」


「【正義】ジャッジ、故有って邪魔をする」


 高らかに名乗り上げた二人は武器を手にしていた。

 その武器には真新しい血が付着しており、わずか数秒前に誰かを傷つけた、否、殺害してきたのだという事が見て取れた。

 マギカと名乗った少女の持つ杖にも、ジャッジと名乗った少年の持つ剣にも明らかに致死量と見て取れるだけの血液が付着している。

 どころか、少女の杖には人の肉片が付着していた。


「へぇ……あんたらがエコーと接触したっていう謎の一団かな」


「そういう君はナル君だよね! はっじめましてー! 」


「おうはじめまして、そしてさようならだ」


 先制攻撃とマギカにテーブルの破片を投げつけたナルは、そのまま自身も突撃して拳を振り下ろす。

 どちらを躱しても、どちらを受け止めても必殺となりうる連撃。

 それだけの力を込めた一手は、いともたやすく防がれることになる。

 木片はマギカに届く前に蒸発した。

 ナルの振り下ろした拳は熱波を感じ取り無理な姿勢を取りながらも立ち止まって、そして飛びのいた。

 手の甲には重度の火傷の跡、少女の周囲には熱気が漂っていた。

 杖に付着した肉片が炭化して砕け散り、血液は乾燥してぽろぽろと地面に落ちた。


「女の子相手に手が早いって本当なんだね! 」


「そりゃ誤解を生む発言だな……」


「それじゃあ今度は僕の番だよ! 」


 そういうや否や、ナルは再び熱波を、今度はその身全身で感じ取り飛びのく。

 一瞬前までナルが立っていた絨毯には焦げ跡が残り、その周囲をチリチリと小さな火種が舞っていた。


「……厄介だな」

 思わずそう呟いたナル、【太陽】のカードの能力は熱だ。

 魔術ではない純粋なそれは察知が難しい。


「では、もう一つ厄介になろう」


「げっ」


 ジャッジと名乗った少年が剣をナルに向けて突進してきた。

 同時にマギカも熱波をナルの周囲に配置し逃げ場を無くす。

 痛みと情報の拡散を覚悟したナルは、しかしその剣が止められる瞬間を見た。

 腰から剣を引き抜いたリオネットがグリムにそれを投げ渡し、ジャッジと同時に踏み込んだグリムが剣を受け止めたのだった。


「ナル、これは、任せて」


「流石、頼りになるな……リオネット! 皇帝を逃がせ! その後お前の戦車で護衛してろ! あと誰でもいいからグリムの剣を持ってこい! 」


 そう叫んで、グリムと鍔迫り合いをしていたジャッジの腹部に蹴りを見舞う。

 しかしわずか数ミリ届かせてもらえない。

 一寸の見切りでナルの攻撃をかわしたジャッジが再び構え、その前にグリムが立ちふさがる。


「【死神】……その悪、ここで断ち切らせてもらう」


「【正義】、胡散臭い」


 何か相容れない思いがあるのだろうか、視線を交わした瞬間に殺気が渦巻いてその場にいた者達の神経を刺激した。


「あー、なんかあっちは盛り上がってるみたいだが……俺達もやらなきゃダメかな」


「んー、私達はお仕事だからねー」


「そっかー、君達が何なのか教えてくれると嬉しいんだけどな」


「それはー、まだ秘密にしてなさいって言われてるからだめー! 」


「あつっ、まったく厄介だな」


 そう言って頭をかこうと手を挙げたナル。

 そのわずかな動作に含まれた意味を理解した者はいない。

 【力】の解除と【隠者】の発動、手の内には気配を消した木片。

 投擲の瞬間まで【力】を発動させたまま、手を離すと同時に【隠者】でその存在感を抹消した木片は見えない凶器である。

 しかし。


「むだむだー」


「まぁ、そうだよね」


 その木片も蒸発して消滅する。

 わずかに残った欠片があったのか、顔をしかめて頬を拭うマギカは一連の動作を終えるとまさしく太陽のような笑みを見せたのだった。


「私は【太陽】、全てを焼き尽くし、全てを照らし出す存在! 」


「はい、端的にどうぞ」


「【隠者】フライ君は私が苦手でした! 」


「やっぱりあの野郎も一団だったのか……」


「うん! それでナル君の手札は後いくつ? 【力】と【隠者】が効かないのにどうする? 【悪魔】? 【愚者】? それとも他に何かあるの? 」


「どこまでこっちの手を知って……」


 そこまで口にしてナルは気づく、【悪魔】のカードを持っている事を前提に語られている。

 しかしそれ以上は何があるのかと聞いてきた。

 【愚者】も指定しているが、その効果は知らないらしい。

 ならば【月】は、人前で見せる事のないカードであり、戦闘では一切役に立たないそれについて言及しなかったのか、それとも純粋に知らないのか。

 断定はできないがある憶測を立てる。


「【悪魔】もお前らの仕業かよ」


「あ、わかっちゃった? 」


「もうバレバレですよお嬢さん」


「へー、すっごい! 」


 何度目かの熱波を回避しながらナルは周囲に目を向ける。

 兵士達は数人を残してこの場から逃げおおせている。

 リオネットも同様、ナルの言いつけ通りに皇帝を連れて逃げたのだろう。

 ここにいない兵士たちは皇帝の護衛に回り、残った奴らはナル達を見張っている、そういう事だろうと考えて最悪巻き込んだらごめんと謝りながらも一つの決心をする。


「ねぇねぇ、このままじゃつまらないよ! 後ろの人たち巻き込まれたくなかったらちゃんとしてよー! 」


「そうだなぁ……何とかしたいんだけどなぁ」


「それとも、【悪魔】を使うのが怖いとかぁ? 」


「……ばれた? 」


 歯を見せながらそんな風におどけて見せるナル、しかし実際の所怖いわけではない。

 単純に準備が必要なのだ。

 【悪魔】のカード、それが意味するのは暴走であり、【力】のカードが膂力を10倍にはね上げるとすれば【悪魔】は人体の持つあらゆる能力を100倍まで延ばす。

 その反動として理性を食い破らんとするのだ。

 それに耐えるには強い精神力が必要であり、心を落ち着けていなければ使えない。

 もし適当に発動させたら、ナルの意識は【悪魔】に食われ永遠に死なない災害へと変貌するだろう。


「もーしょうがないなぁ。じゃあ使わなきゃいけないようにしてあげる! 」


 マギカはそんな事を言いながらもナルを中心に10m程の範囲に熱波を発生させた。

 なるほど、これならば回復力などを底上げしなければ戦線離脱、そしてグリムが集中砲火を受けて敗北となるだろう。

 残されたのはあらゆる面で危険視されるナル一人、間違いなく完全敗北である。

 あわせて皇帝とリオネットまで死ねば最悪極まるという物だ。


「しゃーない……デビル」


 押し寄せる熱に、ナルは【悪魔】のカードを発動させた。

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