談笑
「そういや爺、謎の一団って結局何なんだ」
「知らぬわからぬ、結局謎のままじゃぞナル坊」
それからだいぶ打ち解けた二人は謁見の間の無駄に広い部屋の片隅でタバコを吸っていた。
本来汚れの一つも許されない部屋であるはずの場所には吸い殻が山になっている。
互いに敬意も警戒心もなく、話している間に適当に着けたあだ名で呼び合っていた。
「まじかよ、面倒くせえ……」
「悪党なんて連中は大抵身分を隠すからのう、そやつらも良からぬ集団じゃろうて」
「そりゃそうだ」
「お主も不用意に身分を隠すと怪しまれるぞ、ほれこいつを見て見ろ」
そう言って差し出された一枚の紙きれに目を通したナルは愕然とする。
挿絵こそないが40年ほど前ナルが近隣の国で貴族と殴り合いをして大けがをさせた際に指名手配された事を示す物だった。
身内の恥という事もあってか大々的に出回ったものではなく、近隣諸国で見かけたら一報くれという程度の内容だが指名手配という事に変わりはない。
しかしナルの見せた驚きはそんな古い物が残っていたという事、そしてそれをわざわざ保管してナルに見せる辺り正体は言い出す前から看破されていたという事実。
その二つに対してだった。
結果的にナルの口から飛び出したのはつまらない一言である。
「今更だろ、つーか誰が不老不死なんて信じるんだよ」
これである。
どれほどの大罪人でも人相書きが変わる事もあれば、その内容が風化して意味のない物となる事もある。
場所によっては数十年という時間書類棚に保管されることもあるが、それでも気に掛けるものは10年足らずでいなくなる。
それこそが不老不死の利点とも言えた。
しかし世の中には例外もいる。
「リオネットの小娘は信じたじゃろ、それに儂も信じておるしあのグリムという傭兵も信じているのじゃろう? 」
「あの二人は実際に見たからな。でもあんたは違うだろ」
「そこは歳と役柄のせいじゃ、相手が嘘を言っているかどうかくらいすぐにわかる」
「へぇ……それもまた面倒くせえ」
「しかし、お主も奇怪な人生じゃのう。そんなのに出くわした儂も大概じゃが」
「まったくだ、なにがどうしてこうなったってな」
吸い殻の山が更に高さを増す。
そしてナルの煙草ケースから中身が失われていく。
「儂もお主も生まれの因果じゃろうて、まったく面倒な立場に生まれたものよのう」
「あぁ、平凡な生まれだったらもっと楽な人生だっただろうに」
「しかし儂は後悔はしとらん、この身この人生一片たりともな」
「俺は後悔ばかりの人生だったが、それでも悪くないと言い切れる物だったよ」
「ならば良い、今は人生を恨む者をよい人生だったと思いながら死なせてやる事こそ年長者の仕事じゃろうて」
「含蓄のある言葉だな、重みが違う」
「伊達に国民の命を抱えてはおらんよ」
「その国民の人生を変えちまったかもしれんと考えると、俺は本当に後悔し続けるべきなんだろうけどな。そんな時期はもうとっくに過ぎたよ」
「じゃろうな、儂には想像もつかん時間じゃ」
「大体140年くらいか……上手くすればあんたもそのくらい生きられるかもしれんぞ」
「嫌じゃい、儂は太く短く生きるつもりだったんじゃ。本当ならもう死んでてもいいくらいじゃぞ」
「馬鹿言え、後継ぎちゃんといるんだろうな」
「おるぞ、30人ほど候補が」
「多すぎるわ、その10分の1に絞ってから死ね」
「いやぁ、権力が儂に集中しているのが問題じゃて。次世代は権力を分散させて平民からも政治に携わる者を用意しようと考えておるのじゃよ。そのための叙勲でもあるからのう」
皇帝は次の世代の事を考えて政策を進めていた。
今はまだ水面下ではあるが、徐々に民主制の政治体制へと移行を進めている。
現にここ数年で成立させた法案は平民の意見を取り入れて実施した物もいくつかあった。
「戦車街にいた頃から思っていたが、この国有能な人間多すぎるだろ。正直恐ろしいぞ」
「ふむ、あのような辺境でも芽がでていたか」
「それもあんたの仕込みかよ……」
「わかるか? 裏社会にも何人か手駒がいてのう」
「まじか……今度俺の知り合いも紹介してやろうか。あんたならその伝手をどうこうして戦争に持ち込むような真似はしないだろ」
「せっかくじゃが遠慮しておくわい。儂はしなくとも次の世代、次の次の世代、その次の世代と代を重ねれば何をするか分からぬからな」
「賢明だな、ここで目先の利益に飛びついてたら評価を変えていたってのに」
「変えてどうなる? 」
「レムレス皇国とのかかわりを一切捨てる」
「ほっほっ、餌に飛びつかんでよかったわい」
生涯の友を捨てるところじゃったと笑いながら答える皇帝に、やはりナルは好感を見せた。
この老人は懐が広い。
それこそ国を包み込んで余りあるほどだ。
それに見合うだけの知性も持ち合わせており、先見の明もある。
なにより、芯があるのだ。
堅く柔軟で折れず曲がらず突き進むだけの立派な芯がある。
それだけで十分尊敬に値する人物だと悟った。
「そうだな……もし俺が死ねるようになったらこの国に住まわせてもらおうかな」
「ほう、では貴族の席でも用意しようかの」
「いらねえよ、そんな重いもん」
「ほっほっ、意趣返しじゃよ。飛びついたらおぬしの見かたを変えておったわ」
「そんなこったろうと思ったぜ」
再び軽快に笑う二人は煙草を持った手をぶつけ合う。
その衝撃で小さな灰がポロリと落ちて皇帝の服に焦げ跡を作った。
「おっと、いけねえ」
「む、儂これ怒られるかもしれんの」
「皇帝を怒るってどんな猛者抱えてるんだよ」
「そりゃもう、海千山千の猛獣ばかりじゃよ。どつもこいつも、エコーに負けず劣らずの怪物じゃ」
ナルの天敵ともいえるエコーを思い出し、そして顔を青ざめさせる。
皇帝とは親しくなった、すでに爺呼ばわりしている程の間柄である。
だからといって他の者がナルにどのような視線を向けているか重々承知している。
敵愾心、疑心、そして嫉妬心だ。
この焦げ跡を理由にねちねちと、数十人のエコーから小言を言われる光景を幻視したナルは背筋に鳥肌を立てる。
「やべえ……俺、死ねないのに今日ここで死ぬかもしれない」
「そうじゃな……儂も遺言の準備をせねばならんようじゃ……」
祭りのような楽しい時間から一転、お通夜のようにどんよりとした空気になった二人はすぐさま気持ちを切り替える。
こういう時は、と互いに切り出して謁見の間から外に出た。
そこには相も変わらず警戒心をむき出しにしている兵士たちと、それを不安げに見守るリオネット、そして大きなあくびをしているグリムが待ち構えていた。
「酒を用意せよ! 」
「は……? 」
「この者はわが生涯の友として盛大にもてなす! 宴じゃ! 」
「は、はぁ……」
突然の宣言に虚をつかれた兵士たちがのろのろと動き始めた。
そして謁見の間に戻った兵士が煙草の吸殻を見つけて悲鳴のような叫び声をあげる。
同時に皇帝の服に穴が空いてることに気付いた別の兵士が同様に悲鳴のような声を上げた。
それらを見ていたリオネットの顔色は熟れていないトマトのように青くなっていたのだった。




