叙勲
そして事有る毎に手を変え品を変えナル達を監視しようとするたびに居場所を見抜かれていた監視員たちの精神が限界に近付いた頃、ようやく叙勲式当日となった。
「いいか、絶対無礼な真似をするなよ。ちゃんと礼儀を尽くせよ」
リオネットが再三にわたりナルとグリム、この場合主にナルに忠告する。
グリムの場合は数々の武勲を上げた傭兵という事で多少の無礼は目溢しされる可能性があったが、ナルに至ってはその素性すら定かではない完全な不審者である。
最悪の場合その場で斬首という事にもなりかねない以上、リオネットはナルを警戒していた。
それに対して生返事をしながら煙草を吸うナルは豪胆である。
流石に謁見の場に武器を持ち込むことは許されず、落ち着かない様子のグリムにも気を使ったリオネットだったが茶菓子を用意する以外の方法が思いつかず、結果として何もできずにいた。
「グリム、大丈夫か……? 辛ければ私から体調がすぐれないため代理人を立てると進言するが」
「大丈、夫……」
あくまでもやろうと思えばできるという事であり、そのためにリオネットがどれほどの苦労をするか、そんなことを考えながらもグリムの言葉に嘘偽りはないと確信していたナルは特に口を挟むことなくその様子を見ていた。
そしてついに、謁見の間の前まで来てしまった3人は服装を整える。
ナルも煙草を靴の裏で揉み消して吸い殻を近くに控えていた使用人に手渡し処分を頼んでから軽く背筋を伸ばした。
「扉が開きます」
兵士がそう伝えると同時に荘厳な扉が音を立てて開いた。
謁見の間に設けられた扉は開けば音が出る仕組みになっている。
これは有事の際の防犯機能の一つだった。
叙勲式は実のところ珍しくはない。
レムレス皇国だけで見ても500を超える勲章が有り、年に一度は誰かしらが叙勲を受ける。
その大まかな理由として、この叙勲は平民で儲ける事があったからだ。
些細な事にも目を向けるという政治方針に加えて他国への牽制を合わせたものであり、事有る毎に勲章を用意できるという金銭的余裕の周知と勲章目当てに努力を惜しまない国民、あるいは勲章を貰い名を上げようという傭兵が集う国となる事を見越しての事だった。
結果的に他国の間者も呼び込みかねないため、あらゆるものに防犯設備が用意されていた。
過剰なまでの、そしてどこにいるのかさえも見抜かれて尚ナルとグリムの監視を続けた理由もそこにあった。
「剣掲げ! 」
玉座に繋がる赤絨毯を挟むように立つ兵士たちが一斉に抜剣、各々の眼前で剣の腹をナル達に向けていた。
レムレス皇国の兵士が行う儀礼的な物であり、客人に対する最大の礼儀として行われるそれを横目に、リオネットの後に続いたナルはすぐに足を止めた。
リオネットが玉座に腰かける皇帝から一定の距離を保ち膝を付いたからである。
一呼吸おいてナルもそれを真似、グリムも同様にナルの後に続いた。
「獣騎士隊大隊長リオネット中佐、ここに恩人二名を連れてまいりました! 」
頭を下げたままそう宣言したリオネットは、頬に汗をにじませる。
皇帝と直に会う機会というのはなかなかないというのも理由の一つだが、それ以上にこの場には得も言われぬ圧迫感が存在したからだ。
周囲にたつ兵士は誰もがグリムに勝るとも劣らない強者であり、先代獣騎士隊大隊長であり現総括のエコーにも匹敵する強いオーラを纏った皇帝とその側近たち。
緊張するなという方が無理な話である。
しかし、そのような状況でも平然としている者が二人。
ナルとグリムだった。
正確に言うならばグリムは闘争心を抑えるべく平常心を保とうと努力してそれどころではない。
ナルは単純に王族や貴族と言った人間を殺しまわっていた過去があるためこの程度の威圧感などそよ風のようなものだと感じていたからだ。
「面を上げよ」
皇帝の言葉が静寂に満ちた謁見の間に響く。
素直に従って顔を上げた3人の瞳に皇帝の姿が写し出された。
50は過ぎているだろう、髪は白に近い灰色をしている。
顔のしわも離れた位置から確認できるほどに深い。
しかし皇帝が放つ威圧感は最盛期の傭兵をも圧倒する物だった。
「グリム、ナルの両名に勲章を授ける。我が部下にして剣を護り通したことに対する武勲を称え、盾装武勲章をここに。第14代皇帝ロニエ・フォン・アウディトーレの名のもとに授与する」
皇帝の宣言と同時に二人の兵士が煌びやかな台に乗せられた盾の形をした勲章をナルとグリムの胸元に着けた。
「何か望みがあれば叙勲に合わせて授けよう」
「それを申し上げるのは恐れ多い事です」
「……です」
ナルの言葉、続いてグリムの言葉が謁見の間に響く。
「よい、言ってみよ」
目線でグリムに合図を送ったナルは、小さく頷いたグリムを確認してから頭を下げる。
自分は後で言うという意思表示だ。
「では、お金を、少しください」
「いいだろう、貴君には感謝の証として金一封を用意しよう」
打ち合わせ通り金銭を要求したことにナルは安堵する。
同時にリオネットも妙な事を言い出さなくて良かったと人知れず胸を撫でおろしていた。
それが早すぎる行動だとは気づかずに。
「して、そちらは何を望む」
「では僭越ながら……皇帝陛下を占ったという実績をいただきたく」
リオネットとグリムが目を見開くのを、見ずとも感じ取ったナルはそれでも堂々と言い切った。




