ひまつぶし
「栄えてるな」
王都について外を見たナルが開口一番にそう言った。
それなりに栄えている街は王都に限らず防衛のための外壁が建てられている。
その近辺にあるのは大抵が簡素な作りの家であることが多い。
理由は様々だが第一に街の拡張に伴い破損しても修復が可能な家を建ててから新たに外壁を建築するという手法がとられるという事。
次に敵に責められた場合真っ先に被害にあう位置にあるため土地代が安く、比較的貧しい者が住んでいるという場合が多いというものだ。
しかしレムレス皇国王都に関してはその例外と言ってもいい程に立派な建築物が建てられていた。
「皇帝陛下の政策の一環でして、外壁を突破された際はこの辺りの家を崩して急造の壁として使う事になっているんですよ」
「へぇ……そりゃ、攻めにくいな。しかしそんなことばらしていいのか? 」
「えぇ、攻め込む事を躊躇させるのも策のうちと国外にもこの情報は流していますから」
どうやら皇帝陛下と呼ばれている人物は切れ者らしい。
戦いにおいて常に先手を取りあらゆる意味で二重の壁を造っていると知ったナルは胸の内でスイッチを切り替える。
これから会う相手は生半可な覚悟で相対できる者ではない、普段通りの感覚を持って接する事は余計な被害を招くと理解したのだ。
お飾りの国王や、貴族の傀儡となっている王、国民の奴隷となっている王というのは実のところ珍しくない。
しかしこの国の皇帝はそのような雑魚ではないと悟ったからだ。
「グリム、皇帝の前では余計な事は言わないようにしよう」
「ん、当然」
「褒賞で何が欲しいか聞かれたときの注意点は教えたな」
「剣や鎧を求めない、一度は恐れ多いと辞退する、その上で許可を出されたらお金をもらうのが一番、覚えてる」
剣や鎧と言った武具を求めるという事は国への士官を求めるという意味を含んでいる。
傭兵に対してこういった裏の意味が通用しないというのは王族貴族も承知していたが、それを逆手に取り武具を進呈して外堀を埋めようとする例も過去にはある。
一度辞退するのは慣例的な物であり、王の要求に飛びつくような真似は不敬とされているからだ。
こちらも傭兵は気にしない事が多いが、少しでも隙を見せたくないというナルの意向からグリムはその辺りの事を学んでいた。
そして金銭での褒賞というのは、実は一番あとくされがない。
もちろん金銭を払ったのだからいざという時は国の為に尽力しろと言い出す輩もいるが、仕事に対しての後払いという形式だったと言い張ればそれ以上の追及が難しいという点から国仕えを拒む者や王族貴族の間では『お前たちに仕えるつもりはない』という意味を孕んだ隠語として扱われていた。
ちなみに純粋に褒賞として金銭を望む場合は『お気持ち程度いただけたら』という言葉が選ばれ、貴族入りを求める場合は『花』と答える。
暗に貴族の嫁に婿入り、あるいは貴族の次男三男といった者に嫁ぐという意味である。
それ以外にも宝石や椅子と言った隠語も存在したが、どれもグリムがいらないと答えたものばかりだったためナルも深くは説明していなかった。
「そうだ、気を引き締めていこう」
「ん、大一番」
気合いを入れたナル達はそのまま王城へと連れていかれ、数日前まで宿泊していた豪華絢爛な寝室を更にグレードアップさせたような部屋に通された。
警戒心を最大まで引き上げている二人は即座に部屋の気配を探り、そして数人の間者の存在に気付く。
「どうぞ、叙勲式までごゆるりとお過ごしくださいませ。何か必要な物がありましたら言いつけてくだされば用意いたします」
「わかった、少し休ませてもらう事にするよ」
使用人の言葉に敬語を使わず返したナルはグリムの肩に手を置く。
そして二度、人差し指でその肩を叩いた。
事前に決めていた合図で、今夜はナルが警戒しておくという物だった。
グリムは当然、不老不死のナルも疲れが存在する。
数日の間であれば極度の緊張状態でも半眠の上体で周囲を警戒することもできる二人だったが、2人が同時に警戒しても意味が薄い。
野営の際には交代で見張りを行うというのが基本であり、それと同じように日々交代で警戒をするという取り決めをしていた。
「さて……無駄に広いな」
「ん、これなら訓練、できる」
「やめとけ、王城内で剣を振りまわしたなんて話が広まったら厄介だ」
「残念……」
部屋の広さに舌を巻きながらも、監視の位置を探っていく。
一人一人が手練れ、全員が見事なまでに気配を殺している。
(まだ未熟……いや、フライやらなんやらの化物連中と比べる方がおかしいな)
【隠者】のカード保有者だったフライという男、彼は気配を殺すような真似はしていなかった。
むしろ周囲の気配に同化して、自分の存在を民衆に溶け込ませていたのだ。
だからこそ人気の少ない応接室に近づいた際に察知できたともいえるが、王城であれば人の気配があるのは当然の事、近くに人がいてもおかしくはない。
だというのに気配を溶け込ませずに殺している。
気配の中に不自然な穴ができてしまっていた。
だからこそ二人は違和感に気付くことができたのだ。
「……なぁグリム、ちょっと遊んでみないか? 」
「なに……? 」
「かくれんぼ」
ナルの言葉にグリムは一瞬顔をしかめて、それから合点がいったように手を打ち合わせた。
つまり監視をしている人間を探してしまおうというのだ。
いわば先制攻撃である。
「じゃあ俺から、鏡の裏に一人」
「通気口、一人」
「ベッドの天幕越しの天井裏に一人」
「絵画の裏、一人」
「えーとこれは……壁の裏にある空間に一人、抜け道でも作られているのか? 」
「ん、ベッドの下にもある、そこに一人」
「じゃあ最後に」
次々と監視役の居場所を言い当てたナル達はせーのと声を揃えて最後の一人の場所を指摘する。
「俺の下」
「ナルの下」
合計7人の監視を見抜いた二人は面白くなかったと笑いながら各々適当に時間を潰すことにした。
このような状況で平然としている事にも驚嘆したが、それ以上に呼吸をするかのように自分たちの居場所を見抜かれた監視員たちは冷や汗を流していたのだった。
そしてすぐさま上官へと報告に向かうべく、一人の監視員がこの場を後にした。
「あーまだ居座るのか……別にいいけどグリムの着替えの時は席をはずせよ、俺も気を使ってるんだからな」
「……別に、気にしない」
「気にしなさい」
少し顔を赤らめさせたグリムだったが、ナルに見られるのはともかくとして赤の他人に裸体を晒す事については何も感じる事は無かった。
当人さえこの感覚が何なのかいまだに理解できていないが、しかし特に問題が起こるわけでもないだろうと直視することは無かったのである。




